TOHOシネマズ新宿が入っている新宿東宝ビル壁面にあしらわれた『シャン・チー/テン・リングスの伝説』キーヴィジュアル。
原題:“Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings” / 監督:デスティン・ダニエル・クレットン / 脚本:デイヴ・キャラハム、デスティン・ダニエル・クレットン、アンドリュー・ランハム / 製作:ケヴィン・ファイギ、ジョナサン・シュワルツ / 製作総指揮:ヴィクトリア・アロンソ、ルイス・デスポジート、チャールズ・ニューイス / 撮影監督:ビル・ポープ / プロダクション・デザイナー:チャン・スー、クリント・ウォレス / 編集:エリザベット・ロナルズドッター、ナット・サンダース、ハリー・ユーン / 衣装:キム・バレット / キャスティング:サラ・フィン / 音楽:ジョエル・P・ウェスト / 出演:シム・リウ、トニー・レオン、ミシェル・ヨー、オークワフィナ、メンガー・チャン、ファラ・チャン、ユン・ワー、フロリアン・ムンテアヌ、ベネディクト・ウォン、ベン・キングズレー、ティム・ロス、ザック・チェリー、ブリー・ラーソン、マーク・ラファロ / マーヴェル・スタジオ製作 / 配給:Walt Disney Japan
2021年アメリカ作品 / 上映時間:2時間12分 / 日本語字幕:林完治
2021年9月3日日本公開
公式サイト : http://marvel-japan.jp/shangchi/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2021/9/3)
[粗筋]
ホテルマンとして働く青年ショーン(シム・リウ)は、学生時代からの友人ケイティ(オークワフィナ)とともにバスで通勤中、謎の一団に襲われる。ケイティにまで危害を加えようとしたその振る舞いに、ショーンは数年間、隠し続けていた牙を剥かざるを得なかった。
ショーンは本来の名前をシャン・チーと言い、千年に亘って暗躍する秘密組織テン・リングスの創始者にして現在も頭領を務めるウェンウー(トニー・レオン)の長男であった。母リー(ファラ・チャン)の死を境に、その暗殺術を叩き込まれたシャン・チーは、14歳にして初めての任務に赴く。父のためにどんな危険でも冒す覚悟だったが、しかしこのときを最後にシャン・チーは逃亡、サンフランシスコでただの学生としての生活を始めたのである。
どうやらウェンウーは何らかの理由で、シャン・チーが肌身離さず着けていた母の形見であるペンダントを狙っていた。テン・リングスの手下は退けたが、どさくさに紛れてペンダントは奪われてしまっている。シャン・チーは、もうひとりのペンダントの持ち主である妹のシャーリン(メンガー・チャン)が危ない、と考え、数ヶ月前に彼女の名で届けられた奇妙な手紙を手懸かりに、マカオへと飛んだ――強引についてきたケイティとともに。
手紙に記されていた住所にあったのは、《ゴールデン・ダガー》という名のナイトクラブ。そこは地下闘技場となっていて、多くの試合で盛大なギャンブルが行われていた。シャーリンは、シャン・チーが黙って行方をくらましたのち自身も出奔、自らの城であるこのナイトクラブのオーナーとなっていたのだ。
シャン・チーはシャーリンに手紙を送った理由を質すが、置き去りにされた怨みを抱くシャーリンが兄に連絡を取る理由はない。そのとき、テン・リングスの刺客たちが、《ゴールデン・ダガー》を襲撃した――
TOHOシネマズ新宿、IMAXスクリーン入口正面の壁に掲示された『シャン・チー/テン・リングスの伝説』ポスター。
[感想]
日本ではあまり馴染みのない――と言っても、マーヴェル・ヒーローの多くは、アメコミ愛好家でないと知らない傾向にある気はするが――新たなヒーローの映画化だが、本篇の成立には、『ブラックパンサー』の成功が大きく寄与していることは確かだろう。
近年、多様性が叫ばれ、白人中心での作品作りが批判される傾向にある。歴史あるマーヴェル・コミックのヒーローもご多分に漏れず、かつては白人のヒーローがほとんどだったが、次第にアメリカではマイノリティに属するひとびとが混ざるようになった。実際、2018年に製作され高い評価を得たアニメ版の『スパイダーマン:スパイダーバース』におけるスパイダーマンはピーター・パーカーではなく、コミック版で後継者として登場する黒人の少年マイルス・モラレスだった。
『ブラックパンサー』からこの『スパイダーマン:スパイダーバース』の流れを踏襲するように、本篇はメインキャストの多くが中国系を中心とするアジア人で構成され、監督は出身こそハワイだが、日系アメリカ人の血を引いている。これはスタッフ・キャストともに黒人で構成し、物語や世界観作りにも大いに黒人文化を採り入れ、予想外の大成功を収めた『ブラックパンサー』があったからこそ実現した布陣だろう。
その成果は実際、作品にも色濃く窺える。最初の舞台こそサンフランシスコだが、マカオ、そして実在しない秘密の里と、物語が深まるにつれ現れる背景は東洋のムードに満ち満ちている。もちろん、シャン・チー本来の出身地である中国実在の地ではないから、いささか誇張が目立つのも事実だが、それ故に東洋的なファンタジーの要素を遠慮なく詰め込んでいる。終盤、隠れ里で登場する不思議な生き物たちは、中国のみならず、その影響を受けた日本の絵画に描かれる空想上の生き物を彷彿とさせ、文字通り絵空事の世界が現実に飛び出してきたかのような感覚をもたらす。
そしてそれ以上にアジアを感じさせるのは、アクションだ。これまでのマーヴェル作品もアクションは決して妥協していた訳ではないが、ほとんどのヒーロー、ヴィランが人知を超えた能力者であるために、非現実的なテクニックが多かった。しかし本篇のアクションは、香港映画の流れを汲み、アクロバティックだが生身の重量感も備わっている。初めてシャン・チーが戦闘力を示す、暴走する連結バス内での格闘や、ビルの外壁に設けられた脆弱な足場を軸とした立体的なアクションは、まさしくジャッキーやドニー・イェンの血筋を感じさせるものだ。マーヴェルの予算と規模で実現したこれらのシークエンスだけでも、往年の香港アクション愛好家なら興奮を覚えるに違いない。
クライマックスではSF的、空想的な武器や戦い方にも発展するが、それも中国系の“武侠もの”、東洋的なファンタジー・アクションを下敷きにしているのが窺えて、懐かしくもあり新鮮でもある。既に神話の世界から宇宙にまで拡張していったマーヴェルならばこその懐の深さで、香港・中国で発展してきたスタイルを見事に吸収してしまった。
一方でマーヴェルらしいテイストも健在だ。思いのほか優秀だったのがユーモアである。シャン・チー初登場のシーンで軽くスカすくだりから、わりと深刻な展開の中でも、ちょっとした擽り、笑いを挟んでくる。このあたりはマーヴェルのお家芸にもなっているが、正直、歴代の作品でもいちばん笑わされた気がする。笑わせるツボをわきまえたタイカ・ワイティティ監督の『マイティ・ソー バトルロイヤル』に勝るとも劣らないくらい、笑いどころは豊富だった。
もちろん、芯にあるふたつの価値観の相克、親子関係の葛藤といったドラマも巧い。それもまた、従来のマーヴェル作品に通じる要素もありながら、儒教的な価値観の含みもあって、やはり懐かしさと新鮮さが入り混じる。
さながら、“マーヴェル×武侠もの”といった趣がある作品だ。『ブラックパンサー』同様に、題材とした文化に敬意を払っていることが窺える。中国人ならずとも、かの国のエンタテインメントに少なからず接してきた者なら、嬉しくなる出来映えである。
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』あたりまでのMCU作品は、シリーズの先行作を観ていないと理解できない傾向が強かったが、本篇は『アベンジャーズ/エンドゲーム』以降の世界であることがちらほらと仄めかされているだけで、ほぼ単品で話として完結するように作られている。こだわりなく鑑賞しても優秀なエンタテインメント作品だが、ジャッキー・チェンやジェット・リー、ドニー・イェンの出演作に多数接してきたようなひとは、たとえMCUの先行作に触れていなかったとしても観る価値はあるだろう。恐らく、漠然と覚えていた不満や、遠かった希望を叶えてくれる1本となっている。
まあ、例によって、エンドロールの途中と締め括りに、続く作品への引きとなる場面が挿入されているが、あまり深く気にすることはない――とはいえ、最後の最後に示されるひと幕はさすが無視できないので、続くMCUを無理に観たくはない、というひとは、マナー違反ではあるがエンドロールの程よいところで退場するのも一手だろう。そこまで作り手に忖度する必要はない――ただ、退出する場合は、最後まで見届けたい他の観客に配慮は願いたい。
関連作品:
『アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ドクター・ストレンジ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『ブラックパンサー』/『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』/『アントマン&ワスプ』/『キャプテン・マーベル』/『アベンジャーズ/エンドゲーム』/『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』/『ブラック・ウィドウ』
『ワンダーウーマン1984』
『グランド・マスター』/『ソード・オブ・デスティニー』/『オーシャンズ8』/『かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート』/『オデッセイ』/『ザ・ウォーク』/『ダーク・ウォーター』/『キングコング:髑髏島の巨神』/『スポットライト 世紀のスクープ』
『スパイダーマン:スパイダーバース』/『猿の惑星』/『ゴッドファーザー』/『プロジェクトA』/『ポリス・ストーリー/香港国際警察』/『ポリス・ストーリー2/九龍の眼』/『新ポリス・ストーリー』/『サンダーアーム/龍兄虎弟』/『プロジェクト・イーグル』/『酔拳2』/『レッド・ブロンクス』/『マトリックス』/『グリーン・デスティニー』/『カンフーハッスル』/『ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝』/『ナイト・オブ・シャドー 魔法拳』
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