『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム(字幕・Dolby Cinema)』

丸の内ピカデリー、Dolby Cinemaスクリーン、入口前に掲示された『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のDolby Cinema限定ポスター。
丸の内ピカデリー、Dolby Cinemaスクリーン、入口前に掲示された『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のDolby Cinema限定ポスター。

原題:“Spider-Man : No Way Home” / 監督:ジョン・ワッツ / 脚本:クリス・マッケンナ、エリック・ソマーズ / 製作:ケヴィン・ファイギ、エイミー・パスカル / 製作総指揮:ヴィクトリア・アロンソ、ルイス・デスポジート、レイチェル・オコナー、ジョアン・ペリターノ、マット・トルマック / 撮影監督:マウロ・フィオーレ / プロダクション・デザイナー:ダーレン・ギルフォード / 編集:リー・フォルサム・ボイド、ジェフリー・フォード / 衣装:サーニャ・ミルコヴィック・ヘイズ / キャスティング:サラ・ハリー・フィン、クリス・サラゴサ / 音楽:マイケル・ジアッチーノ / 出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ベネディクト・カンバーバッチ、ジェイコブ・バタロン、ジョン・ファヴロー、ジェイミー・フォックス、ウィレム・デフォー、アルフレッド・モリーナ、ベネディクト・ウォン、トニー・レヴォロリ、トーマス・ヘイデン・チャーチ、リス・エヴァンス、マリサ・トメイ、アンドリュー・ガーフィールド、トビー・マグワイア、チャーリー・コックス / マーヴェル・スタジオ/パスカル・ピクチャーズ製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment
2021年アメリカ、インド合作 / 上映時間:2時間23分 / 日本語字幕:林完治
2022年1月7日日本公開
公式サイト : https://www.spiderman-movie.jp/
丸の内ピカデリーにて初見(2022/1/07)


[粗筋]
《スパイダーマン》の正体であることを暴かれたうえ、ロンドンで発生した事件の首謀者である、と報じられてしまったピーター・パーカー(トム・ホランド)の日常は崩壊した。
 ピーターだけでなく、保護者である叔母のメイ(マリサ・トメイ)、恋人のMJ(ゼンデイヤ)、親友のネッド(ジェイコブ・バタロン)までも、事件に関与している可能性ありとして、ダメージ・コントロール局に拘留される。弁護士の尽力もあり、ひとまず解放はされたものの、アパートの場所までも特定され、もはや針の筵だった。
 トニー・スタークの助手として、ピーターの《スパイダーマン》としての活動をサポートしていたハッピー・ホーガン(ジョン・ファヴロー)が自らのアパートに匿ってくれたお陰で、生活の安全は保たれたが、学校はそうはいかない。あらゆる場所で見世物になり、《スパイダーマン》の善悪を巡る対立が繰り返される。
 とりわけ深刻だったのは、進学への影響だった。卒業の年にあたるピーター、ネッド、MJはみな揃ってMITを志望するが、滑り止めまで含め、すべて不合格だった。しかも、MITからの返信には、ピーターたちが他の学生に与える影響の大きさを考慮した旨が記されていた。
 自分はともかく、恋人や親友が苦しむのが耐えられなかったピーターは、思いあまって、ある人物のもとを訪ねる。かつて、サノスとの戦いで共に命を賭した仲間である魔術師、ドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)である。MJたちがMITに入れるようにして欲しい、という頼みには頷かなかったドクター・ストレンジだが、記憶を消す魔法はある、と言った。事件に関与した、という記憶が全世界の人びとから消えれば、MJとネッドは問題なく受験できる。
 さっそく実行してもらおうとしたが、自分が《スパイダーマン》である、という記憶がすべての人から消える、と言われてピーターは動揺する。途中で口を挟んだ結果、制御不能になりかかった術を、ドクター・ストレンジは封印せねばならなかった。
 自分以外の審査を考慮してもらいたいなら大学側に直接掛け合えばいい、とドクター・ストレンジに促されたピーターは、同級生のもとを訪ねていたMITの関係者が空港に行く前に直談判しようとする。辛うじて追いついたそのとき、高速道路を破壊しながら迫る何者かの襲撃を受ける。鋼鉄で出来た複数のアームを操るその男は、《スパイダーマン》に変身したピーターに挑みかかった。しかし、ピーターにはその男に心当たりがなかった。
 それは、ドクター・ストレンジが途中で止めた術の影響だった――不完全に封じられた魔術は、異なる次元とこの世界を結びつけてしまったのだ――


丸の内ピカデリー、Dolby CinemaスクリーンのAVP(オーディオ・ヴィジュアル・パス)に表示された『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』特別映像のひとコマ。
丸の内ピカデリー、Dolby CinemaスクリーンのAVP(オーディオ・ヴィジュアル・パス)に表示された『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』特別映像のひとコマ。


[感想]
 感想に手をつけるまでに1ヶ月近くかかってしまったため、もはやネタばらしに気を遣う必要はない気もするが、それでもあまり詳述はしないよう努めて書きたいと思う――正直、なかなか大変なのだけど。

 そもそも、《スパイダーマン》というシリーズ自体が、映画になるに当たっては複雑な事情を孕んでいた。2000年代に入ってのアメコミ実写映画の魁となって大ヒットを遂げながら、その後始まった《マーヴェル・シネマティック・ユニヴァース》には契約の都合によりなかなか合流できず、2016年の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』からようやく《アベンジャーズ》に加わった。しかしその後も、《スパイダーマン》及び関係作品の映画化権を握るソニーと、マーヴェル・スタジオを擁するディズニーとのあいだで軋轢が生じ、いちどは再離脱という話にもなりかかった。あまりにも大きな反響に、すぐさま離脱は撤回されたが、いつふたたび騒動になるか、ヒヤヒヤしていたひとも少なくないはずだ。その紆余曲折を乗り越え、MCU版《スパイダーマン》3部作の完結篇、という位置づけの本篇に辿り着いた、そのことだけでも充分すぎるほど感慨深い。
 だが、本篇が感慨深い理由はそればかりではない。なんなら、2000年代に入っての《スパイダーマン》映画、ひいてはアメコミ発のヒーロー映画を総括してしまうくらいの要素が本篇には詰めこまれている。そして、そのうえで破綻することなく、作品として成立しているのが凄い。
 これは早い段階から予告されていたことなので書いてしまうが、本篇には《スパイダーマン》がMCUに加わる前に制作されたふたつのシリーズで扱われたヴィランたちが、演じていた俳優もそのままに登場する。世界観が変わったことで、俳優やデザインを一新して登場する、というならそれほど珍しいことではないが、そのまま再登場させるのはたぶん映画では史上初めてのことだろう。
 この趣向に代表される本篇の仕掛けは、そのままやればただのお祭りに過ぎないが、趣向を洗練させて優れたヒーローの物語へと昇華させてきたマーヴェルらしく、見事にドラマとして活かされている。昨今のアメコミ原作映画隆盛の端緒となったサム・ライミ監督『スパイダーマン』から繰り返し反復されたテーマを、まったく同じ悪役を起用することで、一連の物語の重みさえ本篇に取り込んだ。むろん、それを充分に感じるためには、先行する作品それぞれに接している必要があるのだが、細部まで語らない本篇だけで接しても、悪役たちの価値観や業は伝わる。
 そして、これら多くのヴィランの“再登場”が、結果として、《スパイダーマン》というヒーローが自らを救済し、その原点に立ち戻る物語を導いているのが実に熱い。MCU合流からしばらくの《スパイダーマン》=ピーター・パーカーは、特殊な身体能力を得たことを契機に《アベンジャーズ》の一因となることを夢見、そのために藻掻いていた印象のほうが強かった。しかし、本篇での複雑で、哀切極まる戦いの果てに辿り着くのは、“親愛なる隣人”と呼ばれたスパイダーマンの本懐と言っていい。MCU登場以降に彼が体験した悲痛な出来事に、更なる試練をもたらし、そしてより大きな犠牲を求めたエピソードだが、その果てにこのエピソードが着地するところは、まさにスパイダーマンに相応しい。
《スパイダーマン》シリーズは、ほかのMCUと比べ、特に“青春ドラマ”としての性質も色濃いが、その意味でも本篇のストーリーは心を震わせずにおかない。正体が暴かれたことで、本来は気を抜けるはずの高校生活をも侵蝕され、前作で晴れて恋人同士となったMJとのひとときさえろくに得られないさまも辛いが、しかしそこからピーターが抜け出すための藻掻き方も、最終的な決着にも、このシリーズ、この世界観でしか出来ない“青春ドラマ”が醸成されている。文句の付けようがない。
 本篇にも登場するドクター・ストレンジ最初の長篇『ドクター・ストレンジ』から仄めかされてきた“マルチヴァース”という概念があればこそ出来たこの大胆な趣向を、本篇は完璧にコントロールし、まさにこのとき、ここでしか出来ない傑作へと磨き上げた。賞賛するしかない。
 むろん、ほかのMCU作品同様、単品では楽しみづらい、という欠点はある。必要なことは劇中で割合説明されている、とは言い条、せめてMCU版スパイダーマンの先行作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は観ておかねば始まらないし、『ファー・フロム・ホーム』を呑みこむためには、5年のタイムラグを生む原因となった『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』と『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観ておく必要がある。そして、これらの大作にしても、先行するMCU作品を観ておくことが推奨される。しかも本篇はそのうえで、サム・ライミ監督版《スパイダーマン》3部作やマーク・ウェブ監督版2部作にも接しておくのが理想だ――特に後者は、本篇のクライマックスにおける趣向をより劇的に感じさせるので、是非とも観て欲しい、と言いたい。また、MCU作品ではお馴染みの趣向の理解を深めるためにも、《スパイダーマン》に付随するフランチャイズとして、やはりソニーが映画化権を握り、これまでに2作、独立して綴られてきた《ヴェノム》も重要だ。
 予習復習をせずとも、本篇のみでも充分な説明とクオリティを実現しているのは疑いない。しかし、私がいまここに掲げた作品により多く接しておけばおくほどに、本篇の感動、熱さはいや増すはずだ。そして、どうしてこれほどに興奮させる作品なのか、解っていただけるに違いない。
 主題そのものは《スパイダーマン》という作品の原点、そしてその作りは、いままでに制作された《スパイダーマン》及び(MCUさえ含めた)関連作の集大成。本篇を本当に堪能出来るのは、それこそサム・ライミ監督による『スパイダーマン』からの諸作をリアルタイムで追ってきたひとだろう。そういうひとにとって本篇は、間違いなく忘れがたい映画体験になる。たとえあとづけでも、敢えて腹を括って、ひと連なりの作品を順に鑑賞していけば、どうして本篇を“傑作”と呼びたくなるのか痛感できるはずだ。

 なお、本篇に続くMCU作品は、本篇でも重要な役割を果たしたドクター・ストレンジの単独第2作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』である。
 当初、1作目を担当するスコット・デリクソン監督が続投する予定だったが、途中で離脱した。そのあとを継いで完成させたのは、サム・ライミ監督監督である――奇しくも、本篇にも繋がる『スパイダーマン』最初の3部作を手懸けた監督の久々となるマーヴェル映画が、MCUに帰還した《スパイダーマン》の区切りとなる本篇のあとにリリースされるのも、運命の巡り合わせを感じさせずにおかない。恐らくは本篇によって、ピーター・パーカーとは異なるかたちで“因果”を含む結果となったドクター・ストレンジの物語を、一連のムーヴメントに先駆けて《スパイダーマン》を理想のかたちに仕上げたサム・ライミ監督がどのように料理するのか、期待したい。


関連作品:
アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ドクター・ストレンジ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『ブラックパンサー』/『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』/『アントマン&ワスプ』/『キャプテン・マーベル』/『アベンジャーズ/エンドゲーム』/『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』/『ブラック・ウィドウ』/『シャン・チー/テン・リングスの伝説』/『エターナルズ(2021)
スパイダーマン』/『スパイダーマン2』/『スパイダーマン3』/『アメイジング・スパイダーマン』/『アメイジング・スパイダーマン2』/『スパイダーマン:スパイダーバース』/『ヴェノム』/『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ
エジソンズ・ゲーム』/『DUNE/デューン 砂の惑星(2021)』/『ウルフ・オブ・ウォールストリート』/『ジャンゴ 繋がれざる者』/『ライトハウス』/『魔法使いの弟子』/『オデッセイ』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『ヘルボーイ(2019)』/『キングスマン:ファースト・エージェント』/『マネー・ショート 華麗なる大逆転』/『沈黙-サイレンス-(2016)』/『とらわれて夏』/『キング・オブ・シーヴズ
グッドフェローズ』/『デアデビル』/『ダークナイト

コメント

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