TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』チラシ。
原題:“Spider-Man : Across the Spider-Verse” / 監督:ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン / 脚本:フィル・ロード、クリストファー・ミラー、デイヴ・キャラハム / 製作:アヴィ・アラド、エイミー・パスカル、クリス・ロード、クリストファー・ミラー、クリスティーナ・スタインバーグ / 製作総指揮:ボブ・ヘルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン、アディッティア・スード、ブライアン・マイケル・ベンディス / キャラクターアニメーション統括:アラン・ホーキンス / プロダクション・デザイナー:パトリック・オキーフ / 編集:マイク・アンドリュース / 衣装デザイン:ブルックリン・エル=オマー / 視覚効果監修:マイク・ラスカー / 音楽:ダニエル・ペンバートン / 声の出演:シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ルナ・ローレン・ヴェレス、ジェイク・ジョンソン、ジェイソン・シュワルツマン、イッサ・レイ、カラン・ソーニ、シェー・ウィガム、ジャック・クエイド、ヨーマ・タコンヌ、アンディ・サムバーグ、アマンドラ・ステンバーグ、ジョシュ・キートン、ユーリ・ロエンタール、ダニエル・カルーヤ、オスカー・アイザック / 日本語吹替版声の出演:小野賢章、悠木碧、乃村健次、小島幸子、宮野真守、鳥海浩輔、田村睦心、佐藤せつじ、上田燿司、岩中睦樹、飛田展男、江口拓也、高垣彩陽、猪野学、興津和幸、木村昴、関智一 / 配給:Sony Pictures Entertainment
2023年アメリカ作品 / 上映時間:2時間21分 / 日本語字幕:佐藤恵子 / 日本語吹替版翻訳:小寺陽子 / 吹替版監修:杉山すぴ豊
2023年6月16日日本公開
公式サイト : http://www.spider-verse.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2023/6/22)
[粗筋]
次元を超えた共闘のあと、マイルス・モラレス(シャメイク・ムーア/小野賢章)は《スパイダーマン》として街を守り続けている。だがその一方で、ヒーローとしての活動と高校生としての生活の両立には苦しんでいた。
その日も、高校で両親を交えての進路相談の約束があったにも拘わらず、身体中に異空間への穴が開いたスポット(ジェイソン・シュワルツマン/鳥海浩輔)の制圧に手間取り、大幅に遅刻してしまった。夕方からは父ジェファーソン・デイヴィス(ブライアン・タイリー・ヘンリー/乃村健次)の警察署長昇進を祝うパーティが予定されていたが、こちらもスポットの逃走により、またしても大幅に遅れてしまう。
そんな彼を、突如として懐かしい人物が訪ねてきた。グウェン・ステイシー(ヘイリー・スタインフェルド/悠木碧)――別次元の《スパイダーマン》であり、かつてマイルスと共に戦った親友だった。
グウェンはこの数ヶ月、複数の次元に存在する《スパイダーマン》たちが、次元の秩序を破壊するヴィラン達を捕獲し、本来の次元へと戻すために結成した《スパイダー・ソサエティ》の一員として働いている、と告げる。マイルスの次元にいるのも、その任務の一環だという。久々に語り合ったふたりは、どちらも依然として家族関係に悩みを抱いていることを知り、お互いを励まし合った。
マイルスは《スパイダー・ソサエティ》の活動に関心を抱くが、グウェン曰く、メンバーは少数精鋭で、現在空きがないらしい。任務に追われているというグウェンはポータルを通って帰っていったが、好奇心に駆られたマイルスは、閉じかけたポータルをくぐって彼女を追う――
[感想]
近年、映画の世界ですっかり定着した感のある《マルチヴァース》という概念だが、本篇の前作はその先駆けと言っていい。前作の時点ではまだ実写版で展開する《マーヴェル・シネマティック・ユニヴァース》は節目となった『アベンジャーズ/エンドゲーム』を公開しておらず、この概念はようやく仄めかされたに過ぎない段階だった。実写版のスパイダーマンが重大な失敗を犯し、それを打ち消すためドクター・ストレンジの魔術に縋り、多元宇宙の扉を開いてしまうまで、まだ2作品を要するのである。
マーヴェルのライヴァルであるDCも現在はこの《マルチヴァース》という概念を用いた再構築に入っており、更にはアメコミともまったく関係のないところから生まれてこの概念を用い、オスカーさえ獲得してしまった『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』という快作すら誕生してしまった。もはや、ひとつのムーヴメントであり、その先鋒となったこのシリーズはそれだけでも重要な意義がある。
しかし、このシリーズの凄みは、ただ物語に《マルチヴァース》を採り入れたのみならず、それを表現のうえでも意欲的に活用した点にある、と私は思う。
その魅力は今回も踏襲し、更に拡張している。前作は、あくまで基本の世界は主人公マイルス・モラレスが所属する世界で、そこに絵柄もアニメーションとしての技法も異なる、異次元のスパイディたちが現れ、戦いに加わるかたちを採っていたが、本篇は前作でヒロイン的な位置づけだった《スパイダー・グウェン》の世界から始まり、続いて物語の主軸たるマイルス・モラレスの世界に戻って、そこからグウェンの介入を経て、他の次元にも跳躍していく。前作では日本のアニメーションに強い影響を受けた次元の登場に日本人として興奮させられたが、今回はキャラクターのみならず世界全体を見せてくれることに、興奮を禁じ得ない。実写版の世界もちらりと絡んでくるのは、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』の描写から薄々察していたものの、レゴで構成された異次元までちらっと登場するのにはニヤリとさせられた。趣向ゆえの必然とも言えるが、クリエイターにレゴを用いた映画を幾つも手懸けた人物が加わっているがゆえのお遊びと解釈としても面白い。
そしてこの、ひとつの作品でありながらも、《マルチヴァース》という概念を逆手に取って、様々な表現技法を採り入れる、という発想は、本篇をさながらイマジネーションの奔流のような作品にしている。多彩な世界観、単一のキャラクター、ひとつのシーンであっても複数のタッチ、表現手法が絡みあう複雑な作り。内容など考えずとも目を奪われる映像は、もはや現代アートの領域だ。大勢がデザインを担当し、描画するアニメーションという媒体であればこそ、のアートである。
実験的表現と見事に合致した、ヒーロー物語としての完成度の高さも前作から受け継いでいる。台詞の異様な早さゆえに、映像ともども常軌を逸した情報量に置き去りにされそうだが、勢いと熱さが決して観客の心を逸らさない。
いちおうヒーローとしての自覚、地位を確立したかに見えるマイルスだが、だからこそ自身のプライヴェートとの両立に苦しんでいる。悩みを打ち明けられず、鬱屈するマイルスが、《スパイダー・グウェン》と再会する。別の世界にあって同じ立場である、ということを差し引いても、彼女はマイルスにとって、ヒーローであるがゆえの悩みを共有できる貴重な人物だ。別れを惜しむあまりに彼女を追い、様々な次元のスパイディが共闘する組織の存在を知れば、憧れ、自らの参加を望むのも当然だろう。
だがここから事態はこじれていく。そうして展開する物語は、前作以上に《マルチヴァース》という定義を活用したものであり、同時にヒーローとしての自覚、宿命を改めて強く問いかけるものだ。詳述はしないが、本篇で描かれる“宿命”はまさしくこれまで多くのスパイディを締め付けてきたものだ――だからこそ、許容することを選んだ者たちの選択も理解できるし、意地でも拒もうとしたマイルスの心情も理解できる。
私が何よりも唸らされたのは、クライマックスで明かされる“事実”だ。個人的に、ヒーローというものは、スパイディを縛ってきた“宿命”以上に、このジレンマを孕むものだ、と考えていたから、非常に腑に落ちた。この側面があればこそ、ヒーローというものは価値があり、同時に強い自覚が問われる。本篇は、《マルチヴァース》という概念を活用して、フィクションで描かれるスーパーヒーローの本質に、どのヒーロー映画よりも肉迫しようとしているのだ。
予め告知されていた通り、この物語は本篇では完結しない。北米では2024年公開予定の『Spider-Man : Beyond the Spider-Verse』に持ち越されている。物語は出来るだけ結末まで見届けてから評価したい、と考えている私としては、いったん保留にするべきなのだが、そうできないほどに昂揚している。本篇はそれほどにアニメーションという表現の優れた到達点であり、ヒーロー映画の頂点を予感させる作品なのだ――願わくば、極めて厄介な本篇の問題提起を、続く『~Beyond the Spider-Verse』でマイルスが、そしてその物語を紡ぐスタッフたちが乗り越えてくれますように。
関連作品:
『スパイダーマン:スパイダーバース』
『スパイダーマン』/『スパイダーマン2』/『スパイダーマン3』/『アメイジング・スパイダーマン』/『アメイジング・スパイダーマン2』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』/『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』/『ヴェノム』/『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』
『トゥルー・グリット』/『ブレット・トレイン』/『ジュラシック・ワールド』/『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』/『デッドプール2』/『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』/『NOPE/ノープ』/『サバービコン 仮面を被った街』
『泣きたい私は猫をかぶる』/『ヒーリングっど プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!』/『バースデー・ワンダーランド』/『聲の形』/『ボス・ベイビー ファミリー・ミッション』/『雨を告げる漂流団地』/『映画 ゆるキャン△』/『エンジェル ウォーズ』/『任侠学園』/『アイの歌声を聴かせて』/『STAND BY ME ドラえもん』
『アベンジャーズ/エンドゲーム』/『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』/『ベイマックス』/『ウェイキング・ライフ』/『いぬやしき』
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