原題:“Little Women” / 原作:ルイーザ・メイ・オルコット / 監督&脚本:グレタ・ガーウィグ / 製作:エイミー・パスカル、デニース・ディ・ノヴィ、ロビン・スウィコード / 製作総指揮:アダム・メリムズ、エヴリン・オニール、レイチェル・オコナー、アーノン・ミルチャン / 撮影監督:ヨリック・ル・ソー / プロダクション・デザイナー:ジェス・ゴンコール / 編集:ニック・フーイ / 衣装:ジャクリーヌ・デュラン / キャスティング:フランシーヌ・メイズラー、キャシー・ドリスコール=モーラー / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 出演:シアーシャ・ローナン、エマ・ワトソン、エリザ・スカンレン、フローレンス・ピュー、ティモシー・シャラメ、ローラ・ダーン、メリル・ストリープ、ルイ・ガレル、クリス・クーパー、ボブ・オデンカーク、ジェームズ・ノートン、トレイシー・レッツ、ジョイン・ハウディシェル / パスカル・ピクチャーズ製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment
2019年アメリカ作品 / 上映時間:2時間15分 / 日本語字幕:牧野琴子
2020年6月12日日本公開
公式サイト : http://storyofmylife.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/06/13)
[粗筋]
ジョセフィン・“ジョー”・マーチ(シアーシャ・ローナン)はその日、作家としての第一歩を踏み出した。郷里のマサチューセッツ州を離れ、下宿で住み込みの家庭教師を務める傍ら、文筆に手を染めたのは、収入の乏しさ故にギリギリの生活をする家族を手助けしたい一心からだった。
マーチ家の父ロバート(ボブ・オデンカーク)は牧師であり、収入は決して多くない。そのうえ、彼は北軍の従軍牧師として長いこと家を空けており、マーチ家は母のマーミー(ローラ・ダーン)に長女メグ(エマ・ワトソン)、次女のジョー、三女ベス、末娘エイミー(フローレンス・ピュー)と女ばかりで懸命に暮らしを立てていた。
気性の強いジョーとエイミーはしばしば衝突していたが、4姉妹の仲は良かった。ジョーが脚本を書き、女優を夢見ていたメグの主演で、ことあるごとにお芝居を親しい人たちにお披露目したり、貧しいながらも日々は活気に溢れている。
やがて彼らの輪に、ヨーロッパ育ちのセオドア・“ローリー”・ローレンス(シアーシャ・ローナン)が加わった。マーチ家の隣人である寡黙な紳士・老ローレンス(クリス・クーパー)共々親しくなり、お互いに気遣いあうようになっていく。
ロバートのおばにあたり、裕福な未亡人であるマーチおば(メリル・ストリープ)は、いまの時代を生き抜くために女は裕福な男と結婚するべきだ、と姉妹を諭す。しかし、メグはローリーの家庭教師であるジョン・ブルック(ジェームズ・ノートン)と恋に落ち、ジョーは職業作家として自立することを夢見ている。もともと控えめだったベスは、猩紅熱を患ってからというもの、すっかり身体を弱くして縁談どころではない。それ故にマーチおばはエイミーに期待を寄せるようになる。
だが、エイミーはローリーに仄かな恋心を抱いていた。そしてそのローリーは、初対面以来ずっと、ジョーに対する愛を胸に秘めていた――
[感想]
原作は発表以来、150年を超えたいまも版を重ねている多い近代の名著『若草物語』(原題は本篇と同じ)である。日本でもかつてアニメ化されたり、児童向けの抄訳版も繰り返し刊行されており、広範な年齢層にいまなお親しまれており、愛読書に掲げるひとも少なくないはずだ。
設定や内容などはかなり原作に忠実に作られている――はずなのだが、どこか趣の違いを感じるのではなかろうか。
物語はジョーが既に生家を離れ、家庭教師として働くニューヨークで、出版社に手ずから作品を持ち込み掲載に漕ぎつけるところから始まる。『若草物語』といえば、貧しくとも仲睦まじい四姉妹の少女時代のイメージのほうが強いが、そうした場面は厳しい現実に晒される成長後の四姉妹の描写に挟みこむように挿入される。時系列が頻繁に相前後するので、のんびりとした性分のひとだとついて行くのに苦労するかも知れない。
ただ、少女時代と成長後とで対になるエピソードをうまく並べているため、それぞれの時期における彼女たちの境遇の違い、心境の変化が非常に伝わりやすい。かつての幸せといまの悲しみ、かつての苦労といまの喜び、といった具合に、共鳴し合う出来事を並べて描くことで、それぞれの情感を巧みに際立たせている。なかでも終盤のある出来事は、現在と過去でほぼ同じような構図、編集をすることで、その衝撃をより鮮明にした見事な趣向だと思う。
もうひとつ、本篇が従来の『若草物語』と印象を違えている点として、四姉妹がただの“仲好し小好し”に描かれていない点が挙げられるように思う――きっちり過去の作品を検証して比較しているわけではないので断言は避けるが、印象、と断りを入れた上で言わせてもらえれば、こんなに姉妹館に緊張のある四姉妹を見たのは初めて、という気がする。
特に顕著なのがジョーとエイミーだ。ジョーの方では、エイミーのときおり魅せる奔放さに手を焼いているだけ、という感じではあるが、エイミーの態度にはしばしばジョーへの嫉妬、対抗心がちらついている。
エイミーがジョーを意識するのは、ほぼローリーの存在があったから、と言い切っていいだろう。ジョーの方は、ローリーに当初はややいけ好かない印象もあったが、すぐに気心を通じ合わせるが、エイミーは早い段階からローリーに憧れを抱いていることが窺える。ジョーとローリーがふたりで遊びに出かけるのを慌てて追いかけたり、ローリーの前で他の男に気のある素振りを見せるのも、関心を惹きたい一心だったように映る。最初から親友のようであり、そして傍目には解り易いほど明確にジョーへの思慕を抱くローリーを見ていれば、エイミーが姉に反発するのも無理からぬところだろう。
しかしそれは、ジョーとエイミーの決定的な不和を招くことはない。反発したり、意見が食い違ったりはするが、互いに問題が起きれば気遣い、成功には素直な祝福を捧げる。
こうしたジョーとエイミーの関係性に象徴されるように、本篇は姉妹のやり取りが従来以上にリアルだ。監督は、「他の姉妹の台詞を待って発言をするなんてあり得ない」という考えで、四姉妹が集まるシーンでは、全体のリズムを考慮しながら、他の家族が喋っている場合でも声を出させるようにしていたという。そうして描かれた四姉妹の姿は活き活きとして、存在感に満ちあふれている。
そしてもうひとつ、本篇は従来の『若草物語』と比べ、女性達の独立心を極めて現代に寄せた感覚で描いていることも特徴と言えよう。ジョーが作家を志すことも、エイミーが画家志願ながら実際的な思想から裕福な男との縁談を望むことも、ある意味でいちばん王道のロマンスを歩んだメグも、みな明確な意志を持って自らの道を選んでいる。未亡人のまま、新たに連れ合いを求めなかったおばも然り、と言える。ベスだけは特に思うままにならない事情が生じるが、しかし彼女なりの主張は見せている。
、彼女たちの辿る運命は原作どおりではあるのだが、本篇はそこに、彼女たちそれぞれの意志、選択があったことを明示する。困難に遭遇し足踏みしたり方向転換を余儀なくされたりすることはあっても、みな自分の意志で生き方を定める。迷いも覗かせるが、それでも納得のいく道を選んでいく彼女たちの姿はみな清々しい。
『若草物語』、こと本篇の原作となっている第1部、第2部は“女性の物語”という側面が強い(第3部以降はその限りではないらしい)が、本篇は時代的背景、当時の価値観を考慮しながらも、女性たちが積極的に自分の夢や希望に臨む姿勢を押し出すことで、よりポジティヴな作品世界を作り上げた。南北戦争を経て価値観が大きく変わったことで、生活を自分たちなりに築かねばいけなくなった時代に、女性であることに苦しみ悩まされつつも、女性として伸びやかに生きることを選択する彼女たちの姿は、観るものを鼓舞するような活力に満ちている。
原作も、作者を投影したジョーというキャラクターの存在が強いが、本篇においても彼女は極めて重きを置かれている。この時代に、家族を支えるため文筆での自立を志し、結婚は却って自らの未来の妨げになる、と拒んできた。そんなジョーが終盤、耐えられない孤独を告白し、溢れる想いに右往左往するくだりは、どこか滑稽ではあるけれど切なく胸に迫るものがある。そして、ジョーのそんな煩悶そのものが、女性として生きることの難しさも喜びも全力で表現している。
もうひとつ唸らされたのは、結末の描き方である。原作者が自分を投影した、と言われるジョーだが、原作者とジョーとでは大きく異なる点がひとつある。本篇は、このどこかぼかしたような結末に、ジョーと原作者それぞれの選んだ道を同時に落とし込んだ、と考えられる。この映画のジョーが果たしてどちらの道を選んだのか、を観客の判断に委ねたのは、どちらが正解である、と決めたくなかったからだろう。そこには、フィクションの中で完成されたジョーと、現実の世界で傑作を紡ぎ出した作者、双方へのリスペクトを籠めるとともに、観客のそれぞれに異なる生き方、価値観をも肯定しようとする意思が窺える。
グレタ・ガーウィグ監督は長年にわたって親しまれる傑作の魅力を、見事にアップデートしたと思う。まだ監督としてはこれが長篇2作目だが、高く評価された『レディ・バード』同様に彼女の代表作となる、と私は信じる。
関連作品:
『レディ・バード』
『ハンナ』/『ノア 約束の舟』/『ミッドサマー』/『ザ・マスター』/『インターステラー』/『フォードvsフェラーリ』/『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』/『ラッシュ/プライドと友情』/『チェンジング・レーン』/『8月の家族たち』/『メリー・ポピンズ リターンズ』
『メリー・ポピンズ』/『ジュリア』/『細雪(1983)』/『Wの悲劇』/『ワンダーウーマン』/『はいからさんが通る 前編 ~紅緒、花の17歳~』/『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』/『はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~』/『最高の人生の見つけ方(2019)』/『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』/『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』
『つぐない』/『ラ・ラ・ランド
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