TOHOシネマズ上野、スクリーン6入口脇に掲示された『窓ぎわのトットちゃん』チラシ。
英題:“Totto-chan The Little Girl at the Window” / 原作:黒柳徹子(講談社・刊) / 企画&プロデュース:梅澤道彦 / 企画、監督、脚本&絵コンテ:八鍬新之介 / 共同脚本:鈴木洋介 / キャラクターデザイン&総作画監督:金子志津枝 / 撮影監督:峰岸健太郎 / 音楽:野見祐二 / 主題歌:あいみょん『あのね』 / 声の出演:大野りりあな、松野晃士、滝沢カレン、杏、小栗旬、役所広司 / ナレーション:黒柳徹子 / 制作プロダクション:シンエイ動画 / 配給:東宝
2023年日本作品 / 上映時間:1時間54分
2023年12月8日日本公開
公式サイト : https://tottochan-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2024/1/2)
[粗筋]
昭和14年、黒柳徹子、通称トットちゃん(大野りりあな)はママの黒柳朝(杏)に連れられ、自由が丘にあるトモエ学園を訪れた。落ち着きがなく、しばしば他の生徒をも巻き込んで騒ぎを起こすトットちゃんは繰り返し学校を追い出され、ここが最後の望みだった。
トモエ学園の小林宗作校長(役所広司)はママに席を外してもらうと、トットちゃんに関心のあることをすべて話すよう促した。校長先生はたっぷり時間をかけ、本当にトットちゃんが話すことを思いつかなくなるまで耳を傾けると、トットちゃんの入学を認める。
こうして始まったトモエ学園での生活は、トットちゃんにとって新鮮で、刺激に満ちたものだった。教室は払い下げた列車を利用、授業は複数の科目から好きなものを自分の思うとおりに学べばいい。昼食は全生徒が体育館に集まり、それぞれの家で考えた“山のもの”と“海のもの”を詰めた弁当を一緒に食べる。《リトミック》という、音楽を利用した教育法を推進する学園の校風は、トットちゃんにとっても居心地がよく、彼女にとって初めて続けて通える学び舎となった。
他の生徒も個性的な子供ばかりのなかで、ひとり読書に耽る男の子がいた。休み時間、トットちゃんが遊びに泰明ちゃん(松野晃士)を誘うと、泰明ちゃんは自分が小児麻痺で、身体をうまく動かすことが出来ないのだという。
上級生下級生を問わず様々な時間を共にしながら、障害を持つ友達に対しても偏見を持たず、決して劣等感を与えない方針を掲げるこの学校で、トットちゃんは心を育んでいく――
[感想]
日本では極めて知名度の高いベストセラーだが、意外なことに映画化は初めてだという。原作者なりに様々な思いがあったようだが、アニメーションという表現方法、しかも2023年まで待っての実現は、最適の展開だったかも知れない。
物語は原作者・黒柳徹子の幼少時の経験に基づいている。出来事や人物の配置には潤色が施されているはずだが、トモエ学園と校長の小林宗作という人物、その教育方針や手法は実際のものらしい。他にも、トットちゃんの父親が所属する楽団の指揮者も実名で登場しており、名前は明示されていないが、トットちゃんの同窓生のなかにものちの著名人の存在がちらついている。
そうした記録性も本篇の魅力ではあるが、しかし物語としての存在感は、現代にも通じる先進的な教育の様態と、そのなかで生まれた幼くも繊細な交流を描ききった点に拠っている、と思う。
本篇の主な舞台となるトモエ学園は、現代で言うフリースクールに近い。学年を問わず同じ教室で学ぶが、何から始めるかは自由、生徒たちはそれぞれの気分の赴くままに学習を進められる。その代わり遊ぶときや食事のとき、運動のときなどは一緒になり、各々の時間を楽しみ、感性や体力を育てる工夫がなされている。当時として革新的、かどうかは、知識が乏しいので断定は出来ないが、並外れて好奇心が旺盛すぎてこの学園に辿り着くまでにトットちゃんがかなりの紆余曲折を経ていることから、当時でも稀有だったことは窺い知れる。縛られることなく伸び伸びと、自身にとっていちばん無理のない形で学習に臨むことが出来る環境は、現代の人間の目から見てもひとつの理想だ。むろん、理想の通りに行かないのも、誰にとっても理想とは言えないのも教育の難しさだが、トットちゃんという少女にとっては最良の環境だった。
とりわけ彼女にとって大きいのは、泰明ちゃんという同級生の存在だ。小児麻痺によって片手片脚が不自由なため、休み時間でもグラウンドで遊ぶことはなく、教室にある本をすべて読破してしまうほどの読書家である。自分のように活発に行動することは出来ない代わり、異なる目線から世界を見る泰明ちゃんとの交流が、トットちゃんに更なる影響を及ぼす。木登りのシーンは、恐らくトットちゃんが別の学校に通っていたままだったら、なかなか行き着かなかった発想であり、境地なのでは、と思うと、胸に沁みてくる――少々危なっかしくはあるが。
そしてもうひとつ忘れてはいけないのが、戦争の影響だ。本篇は昭和14年から数年程度の出来事を描いているが、序盤は遠くに揺らめく程度であり、多くの大人たちも楽観的だったさまが窺える。しかしそれが、ラジオでの報道を境にして、急速に影を落としていく。別の学校に通う子供たちの無神経な振る舞い、贅沢や華美を排除しようとする空気。トットちゃんの父親が苦渋の決断をする頃には、トットちゃんの無邪気さ、陽気ささえ戒める者が現れるのだ。
ただ、そうして戦争の落とす影は明瞭に描かれているのに、本篇は終始、決して暗いトーンに陥らない。
大きな理由は、トットちゃん決して鬱ぎこまない性格にある。だが映画として捉えるなら、彼女のそういう気質や心象を、最も相応しい映像で表現していることがポイントだろう。
背景こそ丁寧に取材したと思しい、リアリティのあるものだし、人物の表情にも写実的な生々しさがあり、苦手意識を持つひともありそうだが、絵の持つ雰囲気は柔らかく、色彩は明るい。随所で暗い世相が織り込まれていても、それを覆ってしまうほど本篇の映像は明るく軽やかだ。
更に、ときおり挿入されるトットちゃんの妄想や夢を、それぞれ別のタッチで映像にしているのだが、このくだりの芸術性の高さは、それだけで一見の価値がある。水彩画やパステル画に似たタッチのモチーフが自在に変化し、本当に子供の奔放な思考のなかに飛び込んだような感覚をもたらす。原作は1981年に刊行されて以来、多くの映画化のオファーがあったにも拘わらず、著者は許可を出さなかったそうだが、これはアニメーション、それも現代の技術や作品への理解をもって映像にされるべきだったのだろう。
既に発表から40年以上経っているが、そう考えると、表現手法的にも、題材としても、いま改めて問われるに相応しい作品だったのだろう。
関連作品:
『鹿の王 ユナと約束の旅』/『天気の子』/『竜とそばかすの姫』
『この世界の片隅に』/『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』/『日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『ミッドウェイ(2019)』
コメント