新宿バルト9、1階入口脇に掲示された『ベネシアフレニア』ポスター。
原題:“Veneciafrenia” / 監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア / 脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバリア、アレックス・デ・ラ・イグレシア / 製作:カロリーナ・バング、リカルド・マルコ・ブディ、アレックス・デ・ラ・イグレシア、イグナシオ・サラザール=シンプソン / 撮影監督:パブロ・ロッソ / 美術監督:ホセ・ルイス・アリツァバラガ、アルトゥーロ・ガルシア / 編集:ドミンゴ・ゴンザレス / キャスティング:マルガリータ・ロドリゲス、カルメン・ウトリラ / 音楽:ロケ・バニョス / 出演:イングリド・ガルシア・ヨンソン、シルヴィア・アロンソ、ゴイチェ・ブランコ、ニコラス・イローロ、アルベルト・バング、エンリコ・ロ・ヴェルソ、コジモ・ファスコ、カテリーナ・ムリーノ、アルマンド・デ・ラッツァ、ニコ・ロメロ / 配給:KLOCKWORX
2023年日本作品 / 上映時間:1時間39分 / 日本語字幕:北村広子 / R15+
2023年4月21日日本公開
公式サイト : https://klockworx-v.com/veneciafrenia/
新宿バルト9にて初見(2023/5/2)
[粗筋]
アルフォンソ(ニコ・ロメロ)との結婚を間近に控えたイサ(イングリド・ガルシア・ヨンソン)はスサナ(シルヴィア・アロンソ)ら親しい友人たち4人とともに、水の都ヴェネツィアへの旅行に赴いた。イサには仕事で忙しい婚約者への罪悪感はあったが、独身最後の自由な時間を満喫するつもりでいた。
しかし、到着した一行を出迎えたのは、大型クルーズ船によって大挙する観光客を忌み嫌う住民達のデモ隊であった。“オーバーツーリズム”と呼ばれる、観光地の許容範囲を超えた客の来訪や、クルーズ船による潮位上昇で迷惑をこうむる住民が少なからずいるのだ。
出鼻を挫かれた格好になったものの、どうにか予約したホテルに辿り着いたイサ達は、折しも催されているカーニヴァルに加わった。あらかじめホテルに予約してあった、中世風の華やかな衣裳で身を包み、仮装した人々で溢れる街へと繰り出していく。
イサ達は気づかない。彼女たちを見つめる冷たい眼差しのなかに、殺人鬼が潜んでいることを――
[感想]
土地の許容量を超える観光客の来訪がもたらす悪影響は“オーバーツーリズム”と呼ばれ、世界で問題となっているらしい。日本でも、たとえば富士山でのゴミの投棄や一部の観光客がトイレを占拠する、というケースがあり、インバウンドの増加による悪影響は各所で囁かれている。本篇は、そうしたオーバーツーリズムによってヴェネツィアで起きた事件に想を得た作品であるという。
文法的にはスラッシャー映画、ホラー映画の様式に則っている。いささか過剰なほどにはしゃぐ主人公たち、それを迎える不穏な存在、出来事。並行して惨劇が描かれ、ジリジリと主人公たちに脅威が迫っていることを印象づけ、物語は熱量を帯びていく。
ジェイソンのような動機不明の殺人鬼、何らかの悪意を持った死霊などがまかなっていた災厄の源泉を、本篇は害悪をもたらす観光客に憎悪を抱く住民に紛れた殺人鬼に置いている。こういう趣向故に、残虐な手口に慄然とする一方、爽快感も覚えてしまう。何せ実際に観光客たちの奔放で身勝手な振る舞いを見せつけられているのだから、殺人鬼が味わう解放感を、観客も追体験してしまう。恐怖と紙一重のこのカタルシスには、麻薬めいた魅力がある。
本篇を特徴づけているのは、凶行が必ずしも宵闇や、人目を忍ぶ場所で行われてはいない点だ。強烈なのは昼日中、完全なる衆人環視で犯行が繰り広げられるくだりである。詳しくは記さないが、この観光地ならではの状況を利用した大胆極まる犯行は、極めてショッキングであると同時に、その描写に現代社会に対する痛烈な諷刺が含まれている。あの状況で、同じようなことをしてしまう、と感じる人は少なくあるまい。明確な動機のある殺戮には爽快感が伴う一方で、見方によっては、自分が誰かの怒りを買っている、とも捉えられ、多層的な作りだ。スラッシャーとしての鮮やかな表現も含め、本篇の映画としての旨味はこの殺戮シーンに凝縮されていると言っていい。
ただ、この殺戮シーンがもたらす興奮に対して、本篇の終盤はどうも煮え切らない。ある意味では意外とも取れる事実が次第に明らかになり、複雑になっていく展開が、あまり綺麗に収束した印象がない。佳境に入っていくにつれ、それまでの物語の中で起きた異変の背景も明かされていくのだが、あれほど爽快感のあった殺戮シーンに対し、ここで明かされる事実には腑に落ちる感覚が乏しく、むしろ不自然さ、違和感の方が強い。何故あの場面でああいう行動に及んだのか、どうしてここで抑えるべき要素を放置してしまったのか。それらの行為が結びつくラストの出来事次第では強烈なインパクトを残し得たかも知れないが、実際の結末は消化不良を覚えてしまう。
恐らくそこには、監督やキャストなど、作り手のほとんどが基本的にヴェネツィアの“異邦人”であることが絡んでいるように思えてならない。もし本篇が、イタリア国内、更にはヴェネツィア内部のひとびとの主導で企画・制作されていたら、或いは本来辿り着くべき結末に近いものを提示し得たかも知れない――その一方で、ここまで振り切れたスラッシャーにもなり得なかった可能性も強かった、とは思う。あまりにインパクトの強い物語を構築しようとしたがゆえに、どっちつかずの結末に陥るジレンマを予め仕掛けられていた作品なのかも知れない。
過程はなかなかに面白い。振り切れていて、残酷さとユーモアの混在した殺戮描写、そこここに鏤められた諷刺的要素。複数の視点を並行して描くことで物語を複雑かつ動きに満ちたものにする語り口など、アレックス・デ・ラ・イグレシアという映画監督の個性はしっかりと織り込まれている。観終わって消化不良を起こすことだけはどうしても避けようがないが、過程には映画的な充実感の確かに味わえる作品である……殺戮描写にあまり容赦がないこともあって、どうにも人にお薦めしづらいのが困りものだが。
関連作品:
『マカロニウエスタン 800発の銃弾』/『オックスフォード連続殺人』/『刺さった男』/『スガラムルディの魔女』/『グラン・ノーチェ! 最高の大晦日』
『天使と悪魔』/『007/ダイ・アナザー・デイ』
『旅情(1955)』/『ベニスに死す』/『ツーリスト』/『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』/『ARIA the BENEDIZIONE』
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