『復讐するは我にあり』


原作:佐木隆三 / 監督:今村昌平 / 脚本:馬場当、池端俊策 / 製作:井上和夫 / 撮影:姫田真佐久 / 照明:岩木保夫 / 美術:佐谷晃能 / 編集:浦岡敬一 / 録音:吉田庄太郎 / 音楽:池辺晋一郎 / 出演:緒形拳、三國連太郎、ミヤコ蝶々、倍賞美津子、小川真由美、清川虹子、殿山泰司、垂水悟郎、絵沢萌子、白川和子、フランキー堺、浜田寅彦、園田裕久、浜田晃、辻萬長、北村和夫、火野正平、根岸とし江、佐木隆三、河原崎長一郎、金内喜久夫、小野進也、佐野大輔、菅井きん、石堂淑郎、加藤嘉、梅津栄、中村美代子、牧よし子、法月一生 / 配給&映像ソフト発売元:松竹
1979年日本作品 / 上映時間:2時間20分
1979年4月21日日本公開
2015年1月9日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|Amazon Prime Video:amazon]
Amazon Prime Videoにて初見(2020/05/19)


[粗筋]
 1963年、福岡県の山中で専売公社(JTの前身)の集金係2名が他殺体となって発見された。証言などから間もなく容疑者として榎津巌(緒形拳)が浮かび、ほどなく全国に指名手配される。以後、日本各地を逃亡しながら詐欺と新たな殺人を重ね、2ヶ月半ののち遂に捕縛された。
 榎津巌はもともと長崎県五島列島に、カトリックを信仰する漁師であった榎津鎮雄(三國連太郎)とかよ(ミヤコ蝶々)の息子として生まれた。第二次世界大戦に際して、日本軍に船を徴発された榎津家は五島を引き払い、別府の鉄輪温泉で民宿を営むようになる。軍人に打擲され服従する父の姿を目の当たりにして以来、巌の素行は酷くなり、少年院を繰り返し出入りする少年時代を送った。
 長じると巌は弁護士や大学教授と身分を偽り、詐欺を働くようになった。父は家庭を持てば落ち着くだろうと考え縁談を手配するが、その前に巌は加津子(倍賞美津子)を孕ませ、彼女との結婚を選択する。
 しかし、それでも巌の素行は改善しなかった。ふたりの子供をもうけた加津子はいちど離縁、鎮雄の説得により鉄輪に戻るが、巌は自身が詐欺罪で収監されているあいだに加津子が犯した不貞と、前々から感じていた鎮雄と加津子のあいだにある親密な空気に激昂し、ふたたび家に寄りつかなくなる。
 仕事を見つけて腰を落ち着けるようなことも口走っていた巌だったが、通じていた女に千枚通しを突きつけられ別れを受け入れたのち、遂に集金係の殺害に及ぶ。追跡の目を逃れるように日本各地を転々とし、詐欺を働いて資金を工面しながら逃亡を続けた巌は、やがて静岡県浜松市に現れる。路地の奥深くにあるうらぶれた旅館に大学教授として投宿した巌は、ほどなく旅館の女将である浅野ハル(小川真由美)と懇ろになるのだった――


『復讐するは我にあり』本篇映像より引用。
『復讐するは我にあり』本篇映像より引用。


[感想]
 本篇は劇中で描かれているのと同じ1963年、実際に起きた事件をもとにしている。固有名詞や時系列の変更が施され、おそらくは関係者の人間関係なども潤色されていると考えられるが、殺害の舞台や被害者の素性など、大枠は事実をなぞっている。
 近年なら表現に慎重を期する内容だと思うが、本篇はまだ時代がそれを許してくれたのだろう、その描き方は実に大胆だ。犯人に同情される余地など微塵もない一方で、被害者、こと終盤で犠牲となる人物については、彼らのある意味で哀れだが、しかし主人公・榎津巌とどこか相通じた面を容赦なく見せつける。
 しかし本篇でいちばん衝撃を受けるのは、榎津の妻と実の父の関係、そして彼らの心情表現だろう。
 榎津家は、事件当時は別府に実家があったが、もともとは長崎県五島列島の出であり、この地に根付いていたキリスト教を信仰していた。一般的に、敬虔な信徒であればその行いは清廉になりそうなイメージだが、本篇における榎津の父・鎮雄の信仰のありようは清いものとは映らない。カトリックのため離婚をよしとせず、巌が離縁した加津子を自ら呼び戻すが、その実、自身が加津子に過剰な情を寄せている。しかもそのうえで、夫不在の寡婦のような有様を憐れんで、という弁解のもと、加津子に男をあてがうような行動にも及んでいる。欲望のままに人を騙し女を抱き、遂には人命を奪った巌が一種のモンスターであるのに異論を挟む余地もないが、自らの偏った価値観で周囲を振り回す鎮雄もまた怪物めいている。
 しかし、巌や鎮雄によっていいように弄ばれながら、榎津の家に留まる加津子にもまた不気味さがある。いちど巌と離婚したあとは、子供ふたりを連れて別の土地に逃れるが、鎮雄に懇願されて鉄輪の榎津家へと舞い戻る。旅館を手伝う際に、出入りの男に襲われても、鎮雄の手引、という言葉ひとつで受け入れてしまうのも異様だ。奔放に罪を犯す夫に嫌悪を抱く一方で、信仰や善意の名のもとに家族を縛りつける義父に、加津子は何故か心酔しているのが見てとれる。他を圧するような精力に魅せられてしまう業のようなものがある加津子の様子もまた、一種怪物的なのだ。
 前述したように、本篇は実際の事件に基づいており、鎮雄や加津子の立ち位置にあたる人物も実在している。いったいどの程度まで現実をなぞっているのか――事件そのものの順番にも現実と違う部分があるので、彼らの設定も恐らくは大幅な脚色が施されていると推測されるが、それにしても大胆で恐れを知らない表現の仕方だと思う。
 だがそれでいて本篇は、決して特異な人物や家族像を描きだしたわけではない。5人にも及んだ連続殺人を発生させた例しはたぶんこの榎津巌のモデルとなったケースだけだろうが、価値観の歪みが犯罪を生み、屈折した関係性を結ぶことは幾らでもありうる。鎮雄のように歪な倫理観を持ってしまった者も、加津子のように情に絡め取られて泥沼のような生き方をしてしまう者も確かにいる。そして巌のように、突如として立て続けに他人を殺めるところまで駆り立てられずとも、奔放に生き他者の財産や魂を貪らずにいられない者も間違いなく、いる。
 この物語は、そう“ある”ことしか出来なかった者たちの業を綴っている。鎮雄や加津子が理性や倫理の中で己を欺こうとしているのに対し、巌だけが自らの業に正直に生きている。だからこそ清々しく魅力的で――その事実がこの上なく恐ろしい。
 あまりに蠱惑的で、それ故に恐怖すべきドラマである。時代が深々と刻まれているが、その主題のインパクトは40年以上経た今でも衰えていない。


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