田舎の事件

田舎の事件 『田舎の事件』

倉阪鬼一郎

判型:四六判ハード

版元:幻冬舎

発行:1999年8月10日

isbn:487728317X

本体価格:1500円

商品ページ:[bk1amazon]

 ステロタイプな「田舎」を舞台に、13の犯罪の顛末をコミカルに描いた連作短編集。まずは各編の粗筋と所感から。

第一話・村の奇想派 都市生活で「脳をなくした」男が、心酔するチェスタトンをヒントに殺人を企図するが……。

 第一話に相応しく後続作のスタイルを体現している。本気を疑わせるような不条理さは、「笑いと恐怖は紙一重」という著者の弁を最も如実に見せる。

第二話・無上庵崩壊 究極の「そば」を求めて一人スパークを繰り返した男は、いつしか周囲から完全に孤絶する。だが、そんな彼に同情したある人物の行動が、思いもかけぬ悲劇を呼んだ――

 取り敢えず私も話を聞いたら一度ぐらいは訪れるかも知らんが。収録作中最も緻密で論理的な構成。着地も見事。個人的にはベストとして挙げたい――いやそば好きだからではなくて。

第三話・恐怖の二重弁当 甲子園出場を間に対立する、進学校とダメ高校。両校の派閥で二分されるさる地方都市だったが、仕出し弁当によって事態は意外な顛末を見せ始める――

 割と誰でも考えるようなことだからこそ、ブラックジョークとしての趣が効果的になる。深川などはある実際の事件を想起して、ちょっと震えた。

第四話・郷土作家 努力の報われぬ同人作家が友人相手に張った軽い虚勢が、やがて大仰な嘘を堆積させ、遂に同人作家は計画犯罪に乗り出してしまう。

 冒頭の叙述の意図にこちらの興が惹きつけられてしまった所為で、肝心の犯罪が霞んでしまった感があるが、そのロジカルぶりは瞠目に値する。結末の一言も皮肉が利いていて良。

第五話・銀杏散る 「東海林大学」合格を「東大」合格と偽った青年。数年ぶりの才能の登場に歓喜する郷里の人々だったが、やがて嘘が明るみになると、青年は最後の悪あがきに賭けた――

 井の中の蛙パターンといおうか、何処かで聞きそうな話である。終盤の展開や人物の配置に些か強引さはあるが、それが寓話的な面を強調している。

第六話・亀旗山無敵 相撲愛好家が多いにも関わらず関取を輩出しなかった村落に生まれた大食漢。否応なく村民たちの期待は高まり、やがて部屋入りの日がやって来た……

 井の中の蛙パターンその2。だが結末はなかなか意表を突いている――怒る人もあるかも知れぬが。ファルスという意味では一番ストレートな作りであろう。

第七話・頭のなかの鐘 状況が災いして己の実力を過信してきた歌手志願が、「のど自慢」で鐘一つの洗礼を浴びたとき、彼の中で何かが軋みはじめる。

 過程はユーモラスだが結末はSF風味のホラー。最後の展開は蛇足のようだが、この部分がないやはり散漫になるのだろう。人によって好みが分かれそう。

第八話・涙の太陽 まぐれ当たりで村会議員となった青年は、村にとって無意味且つ整合性のない環境保護論を説いて村民の失笑を買った。案の定次期選挙では落選し、とち狂った男は次いで国政に打って出るが……

 犯罪ではなく事件である分、全体から見るとやや異色。結末も崩壊というより着地といった感覚。根底にあるシチュエイションが今年7月前後の騒動をちょっと思い出させるのが面白い。
第九話・赤魔 過剰な完璧主義故に厭われた校正者は、郷里に隠棲して先鋭さを増していく。その完璧主義は、ある日些末な事態を機に暴発した。

 筋を解体してみると、主人公の動向が『無上庵崩壊』の逆パターンだと解る。だがそうしたテクニック的な面よりも、最終的な男の狂気を羨望にも似た筆致で描き出している辺りに、作者の目指すものを透かし見ることもできよう。

第十話・源天狗退散 コンビニ経営に失敗した男が、昨今頻発したコンビニ連続通り魔殺人に託けて、鬱憤を晴らそうと画策するが……

 男の客観性のない策動ぶりは笑わせるが、反面あまりに真実味がありすぎて笑えない部分もあり。「田舎」でなくとも起こりうる事件で、そういう意味では無上に怖い。

第十一話・神洲天誅 それは小さな巣に閉じこもって極右論をがなり立てるだけだった極小の政治結社だったが、一人のボクサー崩れが入会したことで、思いもかけず世間を騒がせることになる。

 個人的に一番感興に乏しかった作品。とは言え終幕に至る伏線は巧妙に張り巡らされ、完成度は高い。

第十二話・文麗堂盛衰記 古書という深甚な迷宮世界に魅せられた男が、自らの虚栄心を満たすためのみに地元に開いた古書店。意外な評判に浮き立つ男を、思いがけない災難が襲う。

 インターネットという小道具を「田舎」という閉鎖的な世界に持ち込むとどうなるか、という命題に軽い鞭を入れるような物語。田舎の文学青年が書痴に変貌していく過程に妙な説得力がある、と感じたのは私だけか。俗な顛末は賛否を分けるだろう。

第十三話・梅の小枝が 同人主宰としての実力を問われ困窮する一人の俳人。煮詰まった彼は、危険な領域に足を踏み入れてしまった――

 創作という行為に興味のある人間なら解るだろう、この狂気の切実さが。或る意味、ものを書く人間は常にこの種の狂気と戦い続け、その到来を怖れていると言っても過言ではない。面白いけれど、私には笑えない。ファルスという看板からすれば否定的見解だが、ホラー作家倉阪氏の本領として評価したい。

 全体としてみると、必ずしも「田舎」である必然性のないエピソードも幾つか見られるが、ある「事件」の顛末を「滑稽に」描くという面で纏まっているため、不満にはならない。事件を、起こす側からのみ描いて解体するという形式だが、その行程が論理的なためにミステリとしてもかなり本格に近い作品として読める。ただ、これは深川が本格ミステリにおいて「論理性」に重きを置く見解の持ち主だから言えるのかも知れない。読み手のスタンスの違いでお気に入りの作品も、全体に対する評価も大幅に食い違ってくる、そういう意味で読書家にとって極めて興味深い一冊であると思う。無論、熱心な読書家でなくとも、辿るだけで充分に面白みのある筋だが、文章読解に読み手として多少の力量を要するだろう。中級者以上向け、としておきたい。

※文庫判も既に発売済です。[bk1amazon]

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