日本怪談集 幽霊篇(上)(下)

日本怪談集 幽霊篇(上)

日本怪談集 幽霊篇(下)

『日本怪談集 幽霊篇(上)(下)』

今野圓輔

判型:文庫判

レーベル:中公文庫BIBLIO

版元:中央公論新社

発行:2004年12月20日

isbn:(上)4122044642

   (下)4122044650

本体価格:各933円

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 古来、人々はいかに“怪異”なるものと接してきたか? 膨大な“体験談”を幾つかの類型に分別・整理し、民俗学的なアプローチから“怪談”というものの秘めた意味を解き明かそうと試みた名著。現代教養文庫の一冊として刊行されていたものを上下巻に分冊のうえ復刻。

“怪談集”と銘打ち、実際“怪談”としか呼びようのない話ばかりが収録されている本書だが、私たちが触れる『新耳袋』や『「超」怖い話』、稲川淳二氏の語りといったものと異なり、本書はその大半が文献から採集している点に特色がある。筆者が体験者、或いは体験者から採取した当人から聞き書きしたものも含まれているが、ほぼ知己に限られており、その点でもよく知る怪談集と一線を画する。

 また、怪談集でありながら怖がらせようとすることはおろか、不思議がらせようとさえ考えていないことも特徴である。それもそのはず、本書は興味本位や読者にひとときの涼を齎すために編まれたのではなく、各地や時代に分布しながら幾つかのパターンが存在する怪談や奇妙な体験談を精査し分類することで、日本人の精神史的な断面を切り出そうという試みとして編集されているのだ。だから、普通の怪談本ではあまり行わない、話の成り行きが酷似したエピソードを立て続けに収録する、割とありがちに考えられるようなエピソードをそのまま収録する、といった構成を普通にやっている。

 それ故に、特に怪談の裏に潜んだ民俗学的な意義や日本人の精神史に繋がる側面などに興味のない、ごく一般的な読者が本書に触れると、かなり退屈に感じられる箇所が多いと思われる。芸能人や著名人が対談や自らの手記のなかで語った奇妙な話は無論のこと、このジャンルのいわば祖でもある『耳袋』、果ては平安後期に編まれた『今昔物語』からも採集した本書は、昨今でも時折体験談としてよく聞くようなエピソードの原型が遥か昔から存在し、それが今なお再生産されていることを証明しており、そのあたりにはたとえ興味が乏しくとも感心させられることは請け合いだし、またエピソード単体としても「幽霊」が原因として記載された新聞記事や複数人が目撃した強烈な心霊事件などは面白く感じるはずだが、全体ではかなり努力を強いられる読書になるだろう。

 だが、「怪異は存在する」という態度に傾斜することもせず、科学主義を標榜して一切合切を幻と主張する頑なさにも陥ることなく、純然たる体験談をそのままの形で受け入れ、丁寧に分類していく姿勢は、怪談愛好家に対しても怪奇現象否定論者に対しても何らかの福音を齎すはずだ。現象ひとつひとつを検証することもひとつの真摯な態度と言えようが、物語をあるがままに受け入れ、それを整理することで人々の精神史を描き出そうという態度もまた必要だろう。

 解説によれば、『新耳袋』著者のひとりである木原浩勝氏は本書に大いなる感銘を受け、そこから「体験者から直接聞き取りを行う」というスタイルを確立させ、過剰に影響されないために一時期は本書に接することを封印さえしたという。その『新耳袋』の厳密な態度が、翻って『新耳袋』ではタブーとされている種類のエピソードにも言及する『「超」怖い話』に影響し、更に同時多発的に多くの類書を生み出すきっかけとなった訳であり、つまりここ数年で増大した(と思われる)怪談読者にとっても原風景となる要素を秘めた書籍である、と言っていい。もし、ただ“恐怖”という観点のみに囚われず“怪談”というものを考察したいと考えているのであれば、一度手にとって損のない一冊である。

 ところで本書、親本である現代教養文庫版はどうやら一巻本であったものを、中公文庫に復刻収録する際に分冊したもののようだ。しかし、その厚みは上下共に200ページ前後――合わせても400ページ程度、わざわざ二冊にするほどの分量ではない。このくらいなら一冊でもいいだろうに。

 一方で、本書は読み物というよりは一種の研究書的な作りをしており、一般に馴染みやすい書籍とはお世辞にも言い難い。それが高い価格設定にも結びついており、これが仮に旧版と同じ一巻本であれば恐らく2000円前後になったはずだ。上巻一冊だけ1000円足らずなら、下巻はまたそのうち、と考えて(やや躊躇いつつも)手を出すかも知れないが、一巻で2000円ではよほどの好事家でない限り手を引くだろう。そう考えていくと、この構成と価格設定は営業的な配慮として致し方なかったところか。

 何にしても、こういう本は買い手がいなければすぐに市場から消えてしまいかねないのが昨今の出版情勢である。ちょっとでも興味がおありの同好の士には、早いうちに入手されることをお薦めしたい。――かくいう私も、先行発売された姉妹編『妖怪篇(上)(下)』をまだ手にしていないのだけど。

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