『ピーナッツバター殺人事件 老人たちの生活と推理』
コリン・ホルト・ソーヤー/中村有希[訳] Corinne Holt Sawyer“The Peanut Butter Murders”/translated by Yuki Nakamura 判型:文庫判 レーベル:創元推理文庫 版元:東京創元社 発行:2005年6月17日 isbn:4488203051 本体価格:940円 |
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カムデンの線路上で、ひとりの老紳士が無惨な死体となって発見された。この紳士、カムデンにやって来てまだあまり日を経ていなかったが、老人ホーム<海の上のカムデン>に暮らすエドナという女性と親しくなり、婚約にまでこぎつけていた。捜査に携わるマーティネス警部補は、幾つかの事件を介して親しくなった<海の上のカムデン>の住人アンジェラ・ベンボウとキャレドニア・ウィンゲイトのふたりに協力を求める。警部補公認で探偵活動が出来る嬉しさにはりきるふたり。エドナを慰めながら相手の人となりを訊ねたり、彼女に構い過ぎる義兄の事務所に潜入したり、とパワフルに動き回るが、やがて第二の殺人が発生して……
シリーズのほかの作品も手許にはあるのだが、諸般事情から最新刊である本書にて初めて触れることになった。だが、それでも問題なく楽しめるあたりがコージー・ミステリの面目躍如かも知れない。 文章はけっこう詰まっているし、あちらの常識や風俗を随所に盛り込んでいるが、こなれた訳文と丁寧な解説のお陰であまり気にならずすらすらと読める――私自身は読み終えるのに一ヶ月強を費やしてしまったが、これは個人的な事情が絡んでいるに過ぎない。主要登場人物の大半が高齢の方々であるだけに少々口やかましい印象はあるが、洒脱な会話と、色気にも偏らず、ミステリだからといって理屈っぽくも、かといって過度にウエットにもならないバランス感覚に富んだ描写には、有無をいわさずこちらを引っ張っていく力があり、いったん乗るとなかなかページを繰る手が止められない。 描写の巧みさもあるが、本編のいちばんの魅力はアンジェラやキャレドニア、成り行きから捜査を手伝うことになるトム・ブライトン翁や、事件とは直接絡まないけれど視野の片隅でアンジェラの気懸かりになる刑事チャールズ・スワンソンとウェイトレスのコンチータ・キャシディとの恋愛模様などなど、存在感ある登場人物たちの右往左往ぶりにある。やもすると事件そっちのけで人の事情に嘴を挟みかねない勢いのアンジェラと、動くのは面倒だといいながらアンジェラをひとりで放り出す危なっかしさに愚痴をこぼしながら動き回るキャレドニアを中心に描かれるドタバタが、下手をするとこっちまで事件そっちのけに楽しい。 基本的に専門家らしい捜査などできるはずがなく、それを弁えた上での行動になるので、舞台の拡がりはあまりない。だが、そんななかにもちゃんと伏線が張ってあり、終盤では意外なほど理詰めに謎が紐解かれていき、着地もかなり綺麗に決まっている。ただ、結末からすると無意味な部分も多々あるように感じられるのがちょっと惜しい。 訳者・中村有希氏のホームページの日記を拝見すると、実はかなり沢山の根本的なバグが存在するようだが、やたらと時間をかけて読んでしまったせいもあるにせよ、思いの外気にならなかったことは申し添えておく。細かい点まで穿鑿する人だと色々と厳しい感想を抱きかねないが、娯楽として小説を読みたいと考える向きには最適の一冊だろう。近頃リアルだ思索だと喧しすぎませんか、と少し疲れている方にお薦めしたい。 |
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