ニコチン・ウォーズ

ニコチン・ウォーズ 『ニコチン・ウォーズ』

クリストファー・バックリー/青木純子[訳]

Christopher Buckley“Thank You for Smoking”/translated by Junko Aoki

判型:文庫判

レーベル:創元推理文庫

版元:東京創元社

発行:2006年9月29日

isbn:4488226027

本体価格:1000円

商品ページ:[bk1amazon]

 タバコ業界の外郭団体“タバコ研究アカデミー”で主任スポークスマンを務めるニコラス・“ニック”・ネイラー。逆境も詭弁ですかさずプラスに変えてしまうディベートの達人である。新しい女性スポークスマンの登用を目論む上司・BRによって降格の危機に晒されるものの、ひょんなことからアカデミーの設立者、通称キャプテンにその才能を見込まれ待遇は好転する。だが、業界に対する怨みを一身に被った結果、とうとう命まで狙われる羽目に。庇護者であるキャプテンは長年の喫煙習慣が祟って命の灯はあと僅か。さて、ニックの明日はいったい如何に……?

 喫煙習慣の悪弊が認知されるようになってからすっかり悪役と化したタバコ業界のロビイストが主人公、というだけで既に表彰もののアイディアだが、そんな彼に、同様に社会からの鼻つまみ者である銃器業界、アルコール業界のロビイストの友人たちによる秘密の会合という設定を付与したり、内部での勢力図や確執も丁寧に盛り込んでいるから、実に読み応えがある。

 またその扱いが終始ユーモラスであるのも、本書のテーマに感じる堅苦しさやわだかまりをいい具合に和らげている。発表当時の1994年、旬であったハリウッド・スターの名前やそのものが登場してしまったり、タバコ業界をはじめとした、社会的には憎まれ役となる業界のスポークスマンを務める面々の苦境を、かなり自嘲的に笑い飛ばしているさまが、こう言っては何だが楽しい。終盤、緊迫した情勢になって、そうした自嘲的な発言が笑えなくなって会話が途絶えるさまでさえ、ここまで行くと笑えてしまうのである。

 勿体ないと思うのは、日本語にしたことでそうしたユーモアの本質がかなり失われてしまっている、と感じてしまうことだ。これは訳文が拙いわけではなく――寧ろ、非常に読みやすく、ニュアンスを巧みに噛み砕いて本来の味を伝えようとしているのが解り、好感を覚えた――やはり英語圏のユーモアは英語でなければ完全には理解しづらいのだろう。たぶん面白いのだろうけれど、いまいちその面白みがぼやけている、と感じることが多かった。

 そしてもうひとつ、謎解き部分がいささかチープであるのも残念だ。焦点は中盤、ニックを誘拐し全身にニコチン・パッチを貼って殺害しようとしたのは何者か、に絞られるのだが、伏線よりも話の流れで読めてしまうため、なかなか解決に至らないのが歯痒い。しかも、実際には伏線や幾つもの根拠から犯人像が割り出せるのに、捜査陣が明らかに間違った線を辿っているのも妙だ。タバコをめぐる論争のリアリティやユーモアにかけては一級だが、ミステリの面では粗雑の誹りを免れまい。

 しかし、判明した真相をめぐる人々の反応や、意外な決着に至るまでの筆運びは絶妙で、最後まで楽しませる筆力は見事。ミステリとしての出来に期待することなく、不利な点の多いタバコ業界をいかにして口先だけで防衛するか、という難しい問題を洒脱に扱ったエンタテインメントとして読めば、頭から終わりまで存分に楽しめる、良質の1冊である。

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