『それぞれのシネマ 〜カンヌ国際映画祭60周年記念製作映画〜』

原題:“CHACUN SON CINEMA OU CE PETIT COUP AU COEUR QUAND LA LUMIERE S’ETEINT ET QUE LE FILM COMMENCE” / 監督:テオ・アンゲロプロス、オリヴィエ・アサヤス、ビレ・アウグストジェーン・カンピオンユーセフ・シャヒーンチェン・カイコーデヴィッド・クローネンバーグジャン=ピエール・ダルデンヌリュック・ダルデンヌマノエル・ド・オリヴェイラ、レイモン・ドパルドン、アトム・エゴヤンアモス・ギタイアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥホウ・シャオシェンアキ・カウリスマキアッバス・キアロスタミ北野武アンドレイ・コンチャロフスキークロード・ルルーシュケン・ローチデヴィッド・リンチナンニ・モレッティロマン・ポランスキーラウル・ルイス、ウォルター・サレス、エリア・スレイマンツァイ・ミンリャンガス・ヴァン・サントラース・フォン・トリアーヴィム・ヴェンダースウォン・カーウァイチャン・イーモウ / 製作:ジル・ジャコブ / 配給:オフィス北野

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間58分 / 日本語字幕:?

2008年05月17日日本公開

2008年07月04日DVD日本盤発売 [amazon]
公式サイト : http://sorezore.asmik-ace.co.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2008/05/28)



[概要]

 世界三大映画祭のひとつ、フランスのリゾート地で催されるカンヌ映画祭が2007年に60周年を迎えた。これを記念して、出品作品の常連監督が“映画館”をテーマとしてそれぞれに3分の尺で撮る、という縛りの元で競作した。『キプールの記憶』のアモス・ギタイ監督が映画館を襲う悪夢を二重写しにした《ハイファの悪霊》、日本の北野武監督が田園にある長閑な映画館の姿を描いた《素晴らしき休日》、『息子の部屋』のナンニ・モレッティが自分や家族の映画に関する記憶を自ら語る《映画ファンの日記》、ラース・フォン・トリアー監督が自作『マンダレイ』の観客を描いた《職業》、『初恋のきた道』のチャン・イーモウ監督が巡回映画の訪れを心待ちにする小村の人々を活き活きと描いた《映画を見る》など、全32本によって構成する。

[感想]

 歴史ある映画祭の名のもとに企画されたからこそ可能であった、豪華な面々が名前を連ねたオムニバスである……が、正直に言えば、出来にはあまり期待していなかった。どれほど名手と呼ばれる監督であったとしても、やはり3分という制約は如何にも厳しい。目の醒めるような作品も多いだろうが、しかしそれでも中盤に退屈することを覚悟のうえ、あくまでいち映画ファンとして、祭に参加する心境で劇場に足を運んだ。

 ……さすがに侮っていた。伊達にカンヌ映画祭常連と呼ばれる監督が集まったわけではなかった。想像以上に面白く、短い尺の積み重ねであることも有利に働き、退屈する暇もない。

 いずれも3分という制約を逆手にとって、極度に純化された表現を試みたり、長篇では邪魔になりかねないネタや仕掛けをきっちりと組み込んでいる。冒頭の《夏の映画館》や《ロミオはどこ?》の如く映画上映の様や観客の姿を淡々と撮したものもあるかと思えば、離れた場所で別の映画を観ているふたりが携帯電話で内容を共有する《アルトー(2本立て)》、闇に乗じて置き引きを行う少年が最後に思いがけぬ事態に遭遇する《暗闇》、映画好きならいちどや二度経験している出来事の意外な顛末を描いた《エロチックな映画》といった具合に、短篇だからこそ可能なシンプルかつ印象的なアイディアを提示した作品がきちんと並んでいる。

 また、ある程度の映画好きであれば馴染みの監督が何人か含まれているが、そうした監督の作品は予備知識が最小限でもすぐに「あの人だ」と解り、その個性の色濃さを再認識できるのも本編の興味深い点だ。イスラエル出身のアモス・ギタイ監督は驚異的な長廻しこそ封印しているもののその語り口から明確に彼だと解るし、長篇でも理解不能なほどに幻想的なヴィジュアルを提示するデヴィッド・リンチ監督の個性は短篇でも明瞭だ。長篇でも労働階級の悲哀を巧みに切り取るアキ・カウリスマキ監督は短篇でもその延長上で物語り、マノエル・ド・オリヴェイラ監督は今回いつもと違う趣向を用いているが配役とそのひたすらに枯れたトーンからすぐに察せられる。もしお気に入りの監督が参加しているのならば、その個性を再発見する役にも立つだろう。

 他方で、思いの外シチュエーションが重なっている作品が多々あるのも興味深いところだ。例えば、現在の日本ではまずあり得ないが、劇場内にて喫煙している光景が繰り返し描かれているかと思うと、闇に乗じての置き引きが2作品で登場し、野外での上映も数本に現れる。特に、盲目の人物が数回現れているのも興味深い。それぞれ切り口は異なっているが、映画を作る側は「目が見えない」状態であっても、その前提次第で何かを感じられることは確信しているように見受けられる。こうした共通点は、国籍や出身年代は異なっていても、意外とそれぞれの監督が抱く原風景に大きな隔たりはない、と語っているようにも受け止められる。それぞれの作品に直接のリンクはなくとも、見方次第で実に様々な発見のある、味わい甲斐のあるオムニバスとなっている。

 それぞれに味があるのだが、個人的にはやはり個性とアイディアとが巧く合致した作品ほど印象に残る。概要でも掲げた《映画ファンの日記》はシンプルながらもユーモアと情愛とが感じられるし、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の《アナ》はその切り口とラストの会話が絶妙だ。《エロチックな映画》は概ね狙いは読めたものの、そこにもうひと要素加えたことでストーリーとしても完成されている。しかし個人的にいちばん痺れたのは、ラース・フォン・トリアー監督の《職業》である。これもアイディア系統のものなので詳しくは記さないが、映画を愛する者ならばあの気持ちは非常によく理解できるに違いない。トリアー監督らしさが横溢しながらも、このオムニバスの主題にきっちりと嵌った快心作である。

 監督各個の個性が強かったり、ストーリーよりも表現に純化した作品も多いので、やはり多かれ少なかれ映画を愛している、と言える人にしかお薦めはしづらいが、以上の文章で一つ二つでもピンと来るところがあったのなら観ておいて損はない。企画上映という位置づけのため劇場での公開はもうあまりされないだろうが、間もなくDVDが発売されるので、興味がおありの方はそちらを御覧いただきたい。

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