『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』

『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』

原題:“Vengeance 復仇” / 監督:ジョニー・トー / 脚本:ワイ・カーファイ / 製作:ミシェル・ペタン、ロラン・ペタン、ピーター・ラム、ジョン・チョン、ジョニー・トー、ワイ・カーファイ / 撮影監督:チェン・シュウキョン / 美術:シルヴァー・チャン / 編集:デヴィッド・リチャードソン / 音楽:ロオ・ターヨウ、バリー・チュン / 出演:ジョニー・アリディ、シルヴィー・テステュー、アンソニー・ウォンラム・カートン、ラム・シュー、サイモン・ヤム、チョン・シウファイ、フェリックス・ウォン、バーグ・ウー、マギー・シュー、ヴィンセント・ズェ、ミシェル・イェ、ン・ティンイップ、フォン・ツーファン / ARP/メディア・アジア/銀河映像(香港)有限公司製作 / 配給:PHANTOM FILM

2009年フランス、香港合作 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:林完治 / R-15+

2010年5月15日日本公開

公式サイト : http://judan-movie.com/

楽天地シネマズ錦糸町にて初見(2010/05/27)



[粗筋]

 マカオで、4人の家族が襲撃され、子供ふたりと父親の3人が死亡する、という事件が起きた。ただひとり生き残った妻アイリーン・トンプソン(シルヴィー・テステュー)も瀕死の重傷を負い、集中治療室に送られる。

 その知らせを受けたアイリーンの父フランシス・コステロ(ジョニー・アリディ)は、娘と家族のために復讐を決意する――彼にとって、それが容易でないことを重々承知しながら。

 滞在中のある晩、コステロは思わぬ出来事に遭遇する。彼の滞在するホテルの一室で、男女ふたりが射殺された。コステロは、現場となった部屋から出て行く3人の男を目撃していたのである。

 事件を担当する女性刑事に請われ、5人の男の面通しを行ったコステロは、その中に“暗殺者”がいたことに気づきながら、女性刑事には嘘をついた。そして、コステロは“暗殺者”を追い、残りの2人が姿を現したところで、彼らに告げた。「頼みがある」と。

 コステロが目をつけたこの3人、クワイ(アンソニー・ウォン)、チュウ(ラム・カートン)、フェイロク(ラム・シュー)は、ジョージ・ファン(サイモン・ヤム)という男の組織の依頼で動くことの多い殺し屋であった。耳を傾けた途端に自分たちの写真を撮り始めたコステロに訝しさを覚えながら、3人は依頼を引き受ける。

 警察の捜査が遅々として進まずとも、殺しのプロである3人が事件現場を見れば、その特徴は明白だった。手懸かりを辿り、ひとりのフランス人と3人の中国人は、香港と赴く――その先に待ち受ける運命を予想も出来ないままに。

[感想]

 監督であるジョニー・トーは本篇を『ザ・ミッション/非情の掟』、『エグザイル/絆』で構成する三部作の完結篇、と位置づけている。いずれもストーリー上は繋がっておらず、単品で鑑賞しても何の差し支えもないが、すべてに接してみると、非常に興味深い組み立てをしているのが解る。

 一連の作品は、さながら先行作の主題や枠組を取り込むような形で、次第に膨らませて製作しているのだ。『ザ・ミッション/非情の掟』で描いた、犯罪組織における冷酷なルールと、それを超えて築きあげた男たちの友情、という内容に、『エグザイル/絆』では周囲の人々の表情と、信義を貫いたが故の報いが付け足された。そして本篇ではそこに、家族と復讐という要素が加えられている。

 この二つの要素については、『エグザイル/絆』でも描かれているが、付け添え程度だった。本篇では主人公のモチベーションとして、徹底的に掘り下げている。冒頭、突然の惨劇を断片的に描いたところから終始、この家族という組織や友情とは異なる軛が物語に影響を及ぼしている。特に、主人公コステロの娘夫婦を殺した実行犯を追い詰めたくだりと、コステロを手助けする殺し屋クワイの身辺の描き方が象徴的だ。このあたりが、男たちの見せる悲愴な覚悟にいっそうの迫力、ダンディズムを加えている。

 だが最大の着眼点は、コステロの記憶に時限装置を設定したことだ。マカオで雇い入れた男たちと同じ仕事をしていた時期のある彼の頭には取り出せない銃弾が埋まっており、その影響で記憶力を損なっており、間もなくもっと多くの過去を失う。新しい口座ではなく友人たちのことは無論、娘たちのことも、彼らを暴力で奪われたことも。

 忘れてしまう記憶、恨みのために行う復讐に意味はあるのか? この問いかけが、極めて有り体な“復讐”というモチーフに、新しい光を当てている。コステロは忘れまいとして、娘たちの無惨な姿を映した写真に“復讐”と記し、雇った男たちの写真に名前を添えて常備する。彼のある意味切ない抵抗を知ったクワイたちも、実行犯を始末するときにはポラロイドカメラを携帯し、敵の骸を撮影していくのだ。

 終盤が迫るにつれて、ドラマ面でのこの設定の貢献ぶりには圧倒されるほどだが、素晴らしいのはこの設定を戦いの場面でも有効に用いていることだ。

 本篇のアクション描写は、率直に言えば先行する『ザ・ミッション/非情の掟』や『エグザイル/絆』と比べて地味な印象を禁じ得ない。但しそれは『エグザイル』で、銃弾の飛び交う中心で倒れた仲間を手繰りよせながら反撃するくだりや、クライマックスの破滅的な戦いぶりを先に観ているから抱く感想であって、本篇で初めてジョニー・トー作品に触れたなら、恐らく終盤、圧縮したゴミのブロックを転がし盾にしながらの銃撃戦のくだりで度肝を抜かれるはずだ。その前の、香港での隠れ家から逃げるくだりでの細かなアイディアも、気づくと唸らされるポイントが多い。

 しかし中でも、記憶が消えていくというコステロの設定を用いた趣向はいずれも秀逸だ。森の中での銃撃戦では、直前の会話とも絡んで絶妙の効果を上げているし、香港の拠点から逃走した際の描写には奇妙な悲しさと清々しささえ漂う。だがやはり出色は最後の戦いである。記憶の保持が難しくなったコステロに“仇”を認識させるための方法、顔を覚え続けることの出来ないコステロが相手を特定するために選んだモチーフ。そうしたアイディアが畳み掛けるように積み重ねられており、先の読めない緊迫感に「そう来たか!」という驚き、カタルシスが入り乱れる様は圧巻である。

 そして、この有り体のようでいてユニークな復讐者に扮したジョニー・アリディが、恐ろしいほどハマっている。どちらかというと感情の起伏をあまり感じさせない、淡々とした演技なのだが、だからこそ渋みを醸し出すとともに、底意の知れない不気味さをも表現している。そういう人物像を確立したうえで臨む最後の決戦は凄惨だが奇妙な高潔さをまとい、そして最後に見せる表情が忘れがたいものになっているのだ。

 繰り返すが、決して先行作品を観ていなければ楽しめない作品ではない。或いは、妙な先入観に囚われずに楽しむことが出来るかもしれない。だが、敢えて先行作品と同じ面子を殺し屋としてふたたび起用したこと、プロローグにボスの情婦を殺す、という仕事の様子を盛り込んでいること、さらにはクライマックスでの戦いの舞台が『エグザイル/絆』でのオープニングに登場するのと同じ場所である、などなど、通して鑑賞すると様々な発見がある。
 単品でも滋味深い趣向に満ち溢れ、先行作に触れれば掘り下げる要素に巡り会える。これほど鑑賞する楽しみに富んだ作品群、そうそうあるものではない。もし本篇に魅せられたのならば、他のジョニー・トー作品を――とりわけ『ザ・ミッション/非情の掟』と『エグザイル/絆』を一度ご覧いただきたい。退屈さとは無縁のマンネリズム、そして貫かれた美学に、きっと強く魅せられるはずであり、本篇がその締めくくりとして相応しい作品であることも理解していただけるはずだ。

関連作品:

ザ・ミッション/非情の掟

エグザイル/絆

フルタイム・キラー

ターンレフト ターンライト

エレクション〜黒社会〜

エレクション〜死の報復〜

PTU

スリ

ピンクパンサー2

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