『小さな命が呼ぶとき』

『小さな命が呼ぶとき』

原題:“Extraordinary Measures” / 原作:ジータ・アナンド(新潮文庫・刊) / 監督:トム・ヴォーン / 脚本:ロバート・ネルソン・ジェイコブス / 製作:マイケル・シャンバーグ、ステイシー・シェア、カーラ・サントス・シャンバーグ / 製作総指揮:ハリソン・フォード、ナン・モラレス / 撮影監督:アンドリュー・ダン,BSC / プロダクション・デザイナー:デレク・R・ヒル / 編集:アン・V・コーツ,A.C.E. / 衣装:ディーナ・アップル / ラボ・テクニカル・アドヴァイザー:フン・ドゥ博士 / ポンペ病テクニカル・アドヴァイザー:メラニー・サンダース / キャスティング:マージェリー・シムキン / 音楽:アンドレア・グエラ / 出演:ブレンダン・フレイザーハリソン・フォードケリー・ラッセルメレディス・ドローガー、ディエゴ・ヴェラスケス、サム・H・ホール、ジャレッド・ハリス、パトリック・ボーショー、アラン・ラック、デヴィッド・クレノン、ディー・ウォーレス、コートニー・B・ヴァンス / ダブル・フィーチャー・フィルムズ製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment

2010年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / 字幕監修:東京慈恵会医科大学遺伝病研究講座教授 衛藤義勝

2010年7月24日日本公開

公式サイト : http://www.papa-okusuri.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2010/09/08)



[粗筋]

 製薬会社の営業として出世街道を歩んでいたジョン・クラウリー(ブレンダン・フレイザー)は、だが日々苦悩と共にあった。彼の子供のうちふたり、メーガン(メレディス・ドローガー)とパトリック(ディエゴ・ヴェラスケス)が、ポンペ病という難病を患っているのだ。通常分解されるグリコーゲンが筋肉の中に残留し、筋力の低下を招くこの病気は、発症すれば寿命は9年と言われている。メーガンは既に8歳、残された時間は限られていた。

 医師は最期の日々を出来るだけ一緒に過ごすことを薦めたが、ある日、重篤な発作に見舞われながらも辛うじて生き延びた娘の顔を見たジョンは、決意を抱いてネブラスカに飛んだ。治療困難なポンペ病だが、症状を抑え患者の生活を改善することの出来る先進的な理論を発表した研究者が、ネブラスカ大学生化学研究所に籍を置いていたのだ。

 その研究者、ロバート・ストーンヒル博士(ハリソン・フォード)は非常な変わり者で、当初はジョンからの呼びかけにまるで応えようとしなかったが、バーにまで追いすがってきた熱意に屈して、ようやくジョンの話に耳を傾ける。ストーンヒル博士は自らの理論を説くが、自分はあくまで頭の中で理論を構築しているに過ぎず、実用のためには実験が必要であり、そのためにはどれほど金があっても足りないと言い、医師と同じ慰めの言葉を口にした。だが、ジョンはこう言葉を返す。

 資金は私が調達する、と。

 ストーンヒル博士の要求額は50万ドル、出世コースを歩んでいたジョンにとっても集めるのが容易な額ではなかったが、ジョンはポンペ病に苦しむ子供たちを救済するための財団を創設、支援金を募ってストーンヒル博士の研究費用に充てることにした。

 1ヶ月後、ポートアイランドにあるジョンの自宅を訪ねたストーンヒル博士に対して手渡すことの出来た小切手の額面は、およそ9万ドル。それでもどうにか実験を始めて欲しい、と懇願するジョンに、ストーンヒル博士は逆に提案を持ちかける。大学で研究を重ねたところでこれ以上の資金調達は望めず、治療薬の開発に成功したとしても特許は奪われる。それなら、自ら製薬会社を興して、ポンペ病の特効薬開発に全力を傾けるべきだ。

 収入は激減し、職場もポートアイランドからネブラスカに移すことになる。だが、ジョンはこの提案に乗った。わが子を救いたい、その一心からジョンは自ら製薬会社の経営を始めたのだ――

[感想]

 この作品は、実話に基づいている。新薬開発に携わった研究者は多く、ストーンヒル博士という人物はそうして関係した人々の役割を凝縮した架空のものになっているというが、ジョン・クラウリーという人物が我が子の治療のために製薬会社を興したことも、その後に辿った紆余曲折も事実に添っている。

 粗筋は製薬会社を立ち上げたところで終わらせているが、ジョンの前にはこれ以降も無数の障害が立ち塞がる。資金難から大手の製薬会社へ身売りを行い、移籍した企業では立場の都合から開発の計画に立ち会えなくなる……詳しくご存知でない方のためにこれ以上は伏せるが、とにかくあとからあとから困難に見舞われる。しかし、迷い苦しみながらも最後には敢然と立ち上がり、冷淡で非情な決断を行う。それらの行為の是非はさておき、“わが子を救いたい”という想いにひたすら突き進んでいく姿は充分に驚きであり、感動的だ。

 スタッフもそれを承知で、肝を抽出し誠実に明瞭に配置することだけに務めているのが窺える。だから、言い方は悪いが、本篇の雰囲気は幾分贅沢に、映画的に作りあげた“再現VTR”と呼ぶのがしっくり来る。実話をもとにしているからこそのリアリティと力強さは否定すべくもないが、映画としての感興を齎すにはいまひとつコクに乏しい、と感じられた。

 それでも、脚本の圧縮の丁寧さは賞賛したい。特に、実在する人物の要素を凝縮させたストーンヒル博士の使い方が絶妙だ。コクが足りない、と言ったが、そのなかでも彼の立ち位置は終盤での感動を増幅している。全般にいささかあざとい伏線の張り巡らせ方ではあるが、彼の人物像の描写とポンペ病に苦しむ子供たちの姿とをオーバーラップさせたクライマックスの趣向は秀でている。

 そのストーンヒル博士を演じているのは、題材となった実話に驚き、自ら製作総指揮にも携わったハリソン・フォードであるが、ベテランならではの風格でこの鬱陶しくも妙に憎めない人物像に見事な説得力を付与している。

 だがやはり特筆すべきはブレンダン・フレイザーだろう。エリートではあるが決して薬品の開発には精通していない、どちらかと言えば凡庸な父親だった男が、我が子の助けを求める眼差しを契機に、目的へ向かって突き進む姿は、終始感情の決壊しそうな表情をしているから、実に印象的で感動を誘う。

 ジョンとストーンヒル博士とで明確な差が出るよう務めた、という発言があるわりにはいまひとつ映像的なメリハリに欠き、堅実だが個性やユニークな工夫の乏しい脚色ゆえに、あとに残るものがあまりないのは惜しまれるが、勇気づけられるものはあるし、実際にあった驚くべきドラマを平易に伝える、という意味では見事な仕上がりだ。観たあとで、もし同じ立場ならどうしただろう、と考えさせる点でも、本来の役割は完璧に果たしている作品と言えよう。

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