『捜査官X』

『捜査官X』2012年4月21日、新宿ピカデリーにて再鑑賞。

原題:“武侠” / 英題:“Wu Xia” / 監督&製作:ピーター・チャン / 脚本:オーブリー・ラム / アクション監督:ドニー・イェン / 撮影監督:ジェイク・ポロック、ライ・イウファイ / 美術:イー・チュンマン / 編集:デレク・ホイ / 衣装:ドラ・ン / 音楽:コンフォート・チャン、ピーター・カム / 出演:金城武ドニー・イェンタン・ウェイジミー・ウォング、クララ・ウェイ、リー・シャオラン、谷垣健治 / 配給:Broadmedia Studios

2011年香港、中国合作 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:伊東武司 / PG12

2012年4月21日日本公開

公式サイト : http://sousakan-x.com/

東商ホールにて初見(2012/04/11) ※試写会



[粗筋]

 1917年、山奥の長閑な村で、事件は起きた。

 犠牲となったのは、両替商の店に強盗に入った2人組である。街まで襲撃に赴く途中、行きがけの駄賃に踏み込んだふたりは、凶暴極まりない武術の達人であったが、ちょうど店にいた紙職人のリウ・ジンシー(ドニー・イェン)の反撃によって、ふたりとも亡き者となった。

 知事を筆頭に、ほとんどの者はジンシーを英雄扱いしたが、ただひとり、シュウ捜査官(金城武)だけは違和感を抱く。あれだけの猛者が、果たして偶然にでも、ふたり揃ってあっさりと殺されることなどあり得るだろうか……?

 現場を調査し、ジンシーが驚異的な武術の達人であると勘づいたシュウ捜査官は、周囲の人々が訝るのにも構わず、ジンシーという男の身辺を調査する。彼の善良さは誰しも認めるところだが、実は10年前に村に現れ、当時夫が突如家を出てしまい独り身となっていたアユー(タン・ウェイ)と所帯を持ってリウ姓となる以前の素性について、詳しいことを知る者は少なかった。そして、ジンシー自身が周囲に語った過去の話にも、不自然なところがある。

 仮に、正当防衛ではなく、意識して強盗を殺害したのだとしたら、法で裁くべきだ――自らの過去の教訓に従い、情よりも法を重んじるシュウ捜査官は、次第に冷たくなる周囲の視線にも屈せずジンシーを追求し続けたが、彼のその執念は、思いも寄らぬ事態を招いてしまうのだった……

[感想]

 非常に贅沢な作品、という印象である。20世紀初頭を舞台にした時代劇ならではの異世界感が味わえると同時に、そこで繰り広げられる実に個性的な謎解き。そして、そのきっかけとクライマックスとを飾るのは、当代きってのマーシャルアーツ俳優ドニー・イェン自らが構成した壮絶かつ華麗なアクションだ。そのうえで背景に、歴史の闇が横たわり、“家族”というものを巡るドラマまで組み込まれているのだから。

 だが恐らく本篇を観た人のなかには、「詰めこみすぎてまとまりが悪い」という印象を受ける人もいるだろう。特に、クライマックス手前で作品の空気が一気に静から動へと切り替わる急激さと、終盤のドラマの展開がところどころ唐突に感じられるのが引っかかる人がいても不思議はない。しかし、観終わったあと丹念に検証していくと、いずれも極めて明瞭な演出意図があることに気づくはずだ。

 序盤、観ていて少々奇異に感じられるのは、冒頭で描かれた事件の一部始終と、シュウ捜査官が奇想天外な推理によって導き出した犯行の流れとが、必ずしも一致しないことである。多くは確かに、観客が“目撃”した事実を見事に言い当てている、と思われる一方で、ところどころ飛躍が過ぎているようにも見えるのだ。ひとつのアクション・シークエンスを多彩に魅せる手法として評価は出来ても、物語やそれに対する観客の判断をブレさせる一因として、ネガティヴに捉えることも出来そうだ。

 だが、こういう表現も、決して意図せざるものではなかった、と考えられる。ポイントは、ジンシーという人物の背景と、その推移だ。あまり詳しくは述べないが、本篇の最大の狙いは偽りが真実に変わる瞬間を描くことにある、と言える。終盤で訪れるその大きな変化を、シュウ捜査官の荒唐無稽とさえ言える極端な推理方法とその展開が先行することで、物語のルールとして観客に印象づける役割を果たしているのだ。

 こういう部分にまで踏み込まずとも、本篇におけるミステリーとアクション、ドラマ性との融合はかなり高いレベルで成功している。序盤の、ふたりの無法者が死んだ現場での捜査は、常人離れしたアクションの過程を推理で炙り出す、という実にユニークな趣向を成立させるとともに、ひと繋がりのアクションを多面的に表現する、という荒技も成立させ、アクション映画としても出色の見せ場となっている。そして、その場で判明した事実、新しい疑問が、謎多き男・ジンシーの過去のみならず、その影を追うシュウ捜査官自身の過去をも観客の前に晒し、両者を対比させることでドラマを膨らませている。

 推理、とひとくちに言っても、本篇は当時の医療の知識をベースにしたもので、たとえば『羊たちの沈黙』のような、近代科学に根ざしたものとは趣が異なる。いまの価値観からすれば荒唐無稽にも思えるが、聞き慣れない専門用語に基づき、次から次へと導き出される推理は、それ自体がスリリングで魅力的だ。小説含むミステリに多く触れてきた人ほど、この謎解きには魅了されるのではなかろうか。特異な論理で一気に真相へと詰め寄るシュウ捜査官の特徴的なキャラクターも、金城武の飄々として奥行きのある演技とあいまって際立っている。

 ドニー・イェンを軸とするアクション・シーンの魅力も素晴らしい。敢えてクラシックな、仇討ちもののカンフー映画を意識したような派手な動き、印象的な見栄を随所に盛り込み、見た目の華麗さと同時に重量感もきちんと表現している。冒頭における、ひとつの場面でのアクションを多面的に描くくだりもさることながら、終盤に近づいて繰り広げられる、3人の達人との、関係性をもきちんと感じさせる格闘は、単純にカンフー・アクション映画として捉えても出色の出来映えだ。

 そのうえで、最後の敵にジミー・ウォングを配する、という、香港映画に知識のある者をニヤリとさせるサーヴィスまで組み込んでいるのだから憎い。彼の名前にピンと来るような人であれば、クライマックスのお膳立て自体にも、ちょっとした感激を禁じ得ないだろう。そもそも題材や設定そのものに、往年のカンフー映画へのオマージュが色濃く感じられるが、このドニー・イェンジミー・ウォングとの死闘は最たるものだろう。

 そして、その死闘の締め括り、エピローグにしても、決して安易に到達したものではない。振り返ってみれば、伏線をきちんと用意し、巧みに対比させた表現を据えていることに気づくはずだ。

 仮に、こんなふうに掘り下げて鑑賞するつもりがなくとも、目まぐるしく変化を繰り返し、緊張と緩和、そして圧倒的な昂揚をもたらす、優秀な娯楽映画であることは確かだ。だが、そのうえで本篇には堅牢な芯が通っている。いちど観て惹かれたなら、きっと2度、3度と観ずにいられなくなる――現に、試写で鑑賞した私は、本公開されたあとで最低でももう1回は劇場に赴く気満々なのだから。

関連作品:

ウォーロード/男たちの誓い

K−20 怪人二十面相・伝

導火線 FLASH POINT

ファイナル・ドラゴン

ラスト、コーション

ウォッチメン

コメント

タイトルとURLをコピーしました