TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『騙し絵の牙』チラシ。
原作:塩田武士 / 監督:吉田大八 / 脚本:吉田大八、楠野一郎 / 企画&プロデュース:新垣弘隆 / 撮影:町田博 / 照明:渡邊孝一 / 美術:富田麻友美 / VFXスーパーヴァイザー:白石哲也 / 編集:小池義幸 / 衣装:小里幸子、石原徳子 / 録音:鶴牧仁 / 整音:矢野正人 / 音響効果:伊藤瑞樹 / 音楽:LITE / 出演:大泉洋、松岡茉優、佐藤浩市、佐野史郎、木村佳乃、小林聡美、國村隼、宮沢氷魚、池田エライザ、斎藤工、中村倫也、塚本晋也、リリー・フランキー、坪倉由幸(我が家)、和田聰宏、石橋けい、森優作、後藤剛範、中野英樹、赤間麻里子、山本學 / 配給:松竹
2021年日本作品 / 上映時間:1時間53分
2021年3月26日日本公開
公式サイト : https://movies.shochiku.co.jp/damashienokiba/
TOHOシネマズ上野にて初見(2021/4/6)
[粗筋]
文芸誌《薫風》を主力とする出版社・薫風社の社長・伊庭喜之助が急逝した。
本来であれば経営は子息である惟高(中村倫也)が引き継ぐが、まだ若く経験が浅いため、留学の名目でアメリカへと発つことになった。惟高が戻るまでのあいだ、という条件付きで、専務・東松龍司(佐藤浩市)が社長に就任する。
だが、薫風社においては、発展の礎となった《小説薫風》の流れを汲む文芸部が幅を利かせており、そちらの派閥を束ねる常務・宮藤和生(佐野史郎)の目がある。東松は経営態勢にメスを入れるつもりだが、決して思うようにならなかった。
そんななか、にわかに活発に動き始めた男がいる。薫風社のなかでは傍流であり、部数減少で廃刊の危機に立たされたカルチャー誌《トリニティ》の編集長に就任した速水輝(大泉洋)である。
速水はまず、意見の対立により《小説薫風》の編集部を外された新人編集者・高野恵(松岡茉優)を引き抜く。速水は彼女を経由して、作家歴40年のヴェテラン・二階堂大作(國村隼)に接触した。《トリニティ》への作品提供を求める交渉だったが、《小説薫風》でも連載を抱えている二階堂の承諾を得るのは難しい。だが速水は、“既存作のコミック化”という作で、二階堂の取り込みに成功する。
一方で速水は高野たち他の編集部員にも、積極的に自分の求める記事を作るように推奨した。サブカルチャーにまで触手を伸ばし活気づくなか、速水は更なる奇策を繰り出してきた。
人気ファッションモデル・城島咲(池田エライザ)の起用と共に速水が打ち出してきたアイディアに、しかし高野は愕然とする。彼が持ちだしたのは、ある無名の新人作家による小説の連載だったが、その原稿は、高野が《小説薫風》在籍当時に公募に投じられ、高野がその先進性を高く評価したにも拘わらず、候補作のバランスを重視する編集長・江波百合子(木村佳乃)によって弾かれたものだったのだ――
[感想]
本篇は映画化が決まるより前、原作小説が出版された時点で、カバーを大泉洋が飾っている。もともと大泉のキャラクターを意識して執筆する、という企画だったそうで、将来的な映像化も見据えていた、ということだから、映画化は既定路線であり、大泉洋が主演したのも必然の流れだったらしい。
そして劇場公開を前にした広告や予告篇では、“この男に騙されるな”と大泉洋の笑顔に添え、他の登場人物もクセ者ばかり、と謳っていた。否応なしに、騙し騙される駆け引きが展開し、観客をも罠にかけるような知的スリルに富んだ作品を期待してしまう。
だから、いざ公開された本篇を鑑賞した際、私が何よりも感じたのは“失望”だった。作品成立の前提や予告篇での煽りを知っていると、本篇の内容、仕上がりには納得しがたい。
大泉洋本人が公式の場でぼやいていたようだが、実質、アテ書きで執筆されたはずの原作に基づいているわりには、本篇の主人公に大泉洋のイメージはない。人を食った振る舞いや随所に覗く愛嬌には確かにタレントとしての大泉洋の魅力が細かに鏤められているが、見るからにアドリブの入り込む余地のない本篇の人物像は、総じて大泉洋の姿が重なりにくい。役者として充分に腕はあるので、キャラクターとしての魅力も説得力も表現出来てはいるが、“大泉洋をイメージした主人公”という謳い文句に、彼のファンが期待する像とは恐らく一致しない。
また予告篇の“この男に騙されるな”とか“クセ者ばかり”という惹句から期待されるほど、本篇の仕掛けは複雑とは言いがたい。きちんと布石があって施される仕掛けは僅かで、ある程度フィクションに親しんでいるひとなら、その布石の一手目で察しがつくだろう。かく言う私がそうで、あまりにも安易に振り回されるひとびとの姿に、どちらかと言えば苦笑いしていたほどだった。
確かに登場人物は個性的で、アクの強い者たちばかりだが、それが騙し合いをしている、というレベルではなく、出版業界というシチュエーションの上で、いくぶんシリアスにコントを演じている、程度の印象でしかない。いちおう策略を巡らせる人物は大泉洋演じる速水以外にもいるのだが、深慮遠謀と言うには軽すぎて、そこを読み解く知的スリルところか、駆け引きの面白さにも乏しい。
さすがに取材は行っているようで、出版業界を巡る実情は生々しさを感じさせる。文芸誌の売上げの低下、大御所作家を優遇する一方、取材や接待の経費と売上の兼ね合いが取り沙汰されたり、多少なりとも出版業界に関心のあるひとなら気になるような設定、描写が鏤められている。
しかし、それゆえに速水が打ち出す様々な策や、終盤の展開が腑に落ちない。全般に、「それで売上が改善するなら世話はない」と思うようなレベルで、ある程度巧く転がっていくのが御都合主義的に見える。また、作品の焦点となる仕掛けについても、途中までは当事者に都合よく展開したとしても、本篇のような締め括りでは恐らく世間からの追求、批判を免れず、その後の展開に大きな支障を来すと考えられる。脳天気に次の段階に進めるはずがない。そして、詳述は避けるが、そのあとの展開は更に荒唐無稽だ。言っていることの意義は認めるが、劇中でやったことはあまりに非現実的すぎるし、それが無批判に受けいられるのもどうにも腑に落ちない。
基本的に、過程は面白いのだ。現実の出版業界を想起させる設定や、社内で繰り広げられる駆け引き、魑魅魍魎が跋扈するような業界を強かに渡っていく速水の、魅力的だが食わせ物と思わせる振る舞い。いささか空想的とは言い条、編集部員たちの凝り固まった発想に風穴を開けて変革していくさまに爽快感があるのも確かだ。
また作品全体のテンポもよく、決して特殊な場所でロケをしているわけではないのに絵として鑑賞していられる映像は、作り手のセンスを感じさせる。少なくとも観ていて退屈することはまず、ない。
だが、それだけに、リアリティと裏腹な楽観的すぎる仕掛け、決着に居心地の悪さを覚えてしまう。多分にこれは好みの問題も大きく、素直に楽しめるひとも多いと思うが、個人的には残念ながらしっくり来なかった。
関連作品:
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