『ブラックパンサー(字幕・3D・IMAX)』

TOHOシネマズ新宿、エントランスに向かうエスカレーター手前に掲示された『ブラックパンサー』ポスター。
TOHOシネマズ新宿、エントランスに向かうエスカレーター手前に掲示された『ブラックパンサー』ポスター。

原題:“Black Panther” / 監督:ライアン・クーグラー / 脚本:ライアン・クーグラー&ジョン・ロバート・コール / 製作:ケヴィン・ファイギ / 製作総指揮:ルイス・デスポジート、ヴィクトリア・アロンソ、ネイト・ムーア、ジェフリー・チャーノフ、スタン・リー / 共同製作:デヴィッド・J・グラント / 撮影監督:レイチェル・モリソン / プロダクション・デザイナー:ハナー・ビーチラー / 編集:マイケル・P・ショーヴァー、デビー・バーマン / 衣装:ルース・カーター / 視覚効果&アニメーション:インダストリアル・ライト&マジック / 視覚効果監修:ジェフリー・バウマン / ヴィジュアル開発主任:ライアン・メイナーディング / キャスティング:サラ・ハリー・フィン / 音楽:ルドウィグ・ゴランソン / 音楽監修:デイヴ・ジョーダン / 出演:チャドウィック・ボーズマン、マイケル・B・ジョーダン、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、マーティン・フリーマン、ダニエル・カルーヤ、レティーシャ・ライト、ウィンストン・デューク、アンジェラ・バセット、フォレスト・ウィテカー、アンディ・サーキス / マーヴェル・スタジオ製作 / 配給&映像ソフト発売元:Walt Disney Japan
2018年アメリカ作品 / 上映時間:2時間15分 / 日本語字幕:チオキ真理
第91回アカデミー賞美術、衣裳、音楽部門受賞(作品、主題歌、録音、音響編集部門候補)作品
2018年3月1日日本公開
2013年9月4日映像ソフト日本最新盤発売 [MOVIE-NEX]
公式サイト : http://marvel-japan.jp/blackpanther/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2018/03/12)


[粗筋]
 はるか昔、アフリカ大陸に宇宙から飛来した巨大隕石が、この地に究極の鉱石“ヴィブラニウム”と、驚異の科学技術とをもたらした。だが、この地の民は、悪用されることを恐れ、他国との交流を断つ。現代に至ってもなお、狩猟と農耕で成り立つ途上国を装い、その“秘密”を隠し続けていた。その国の名を、ワカンダと言う。
 その国王ティ・チャカが、外遊のさなかにテロリストの襲撃を受け、一命を落とす。儀式を経て、国王の座はティ・チャカの息子ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)が受け継いだ。
 ワカンダ国王は代々、国民の安全と秘密とを守るべく、漆黒のマスクとスーツに身を包んだ“ブラックパンサー”というもう一つの顔も継承する。王座とともに“ブラックパンサー”の能力も受け継いだティ・チャラ最初の任務は、ロンドンの博物館から盗み出された、民族の武器に偽装されたヴィブラニウムを取り戻すことだった。
 ヴィブラニウムを強奪した男、ユリシーズ・クロウ(アンディ・サーキス)は、ワカンダの地に足を踏み入れた数少ない異国人であり、テロを計画して先王を死に至らしめた敵でもある。クロウが韓国のカジノで取引を行う、という情報を得たティ・チャラは、難民救出のために各地を飛び回っていた元恋人のナキア(ルピタ・ニョンゴ)、側近の戦士オコエ(ダナイ・グリラ)を伴って潜入する。内偵中だったCIA捜査官エヴェレット・ロス(マーティン・フリーマン)まで絡んだ混戦状態に陥るが、辛うじてクロウの確保に成功する。
 だが、CIA主導で尋問を行っているさなか、クロウの仲間たちが大胆な手段で襲撃、クロウを連れ去ってしまう。こんどは取り逃がしてしまったティ・チャラだが、彼はそのとき、追っ手のひとりが嵌めている指輪に衝撃を受ける。それは、彼の祖父と同じ指輪だったのだ。
 その男の名はエリック・キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)――ティ・チャラの祖父が、アメリカ人女性とのあいだに設けた子供を父に持つ、彼もまた、王位継承権を持つひとりだった――


[感想]
 この作品がまず注目されたのは、ヒーローが黒人であり、監督はじめ主要スタッフ、キャストに至るまで、黒人を中心にした、“ブラック・ムーヴィー”さながらの編成で製作された点だ。それまで白人中心で制作されていたマーヴェル作品、いや、ハリウッドのエンタテインメント大作でも例のない布陣であった。公開当時、単純に大ヒットしたばかりではなく、観客層でも有色人種が多かった、というのは、そうした挑戦に注目が集まったからに他ならない。
 ただ、個人的な印象を言わせてもらえれば、本篇の世評はそうした背景によって下駄を履かされた感がある。率直に言って、他の作品を押しのけて賞レースに名乗りを上げるほど圧倒的に出来がよかった、とは思わない。
 とはいえ、それはあくまであまりにも祭りあげられていることへの疑問であって、作品の出来が悪い、というわけではない。
 監督は、初の長篇『フルートベール駅で』にて才能を示したあと、『ロッキー』の衣鉢を継ぐ『クリード チャンプを継ぐ男』で高い評価を受け抜擢されたライアン・クーグラー。一足飛びのステップアップだったが、本篇ひとつを取ってもその優れたセンス、指揮能力は窺える。なにせ、ヒーローものと言い条、主人公が国王であり、部下や敵対する人物が多いだけでなく、高度な政治的判断を迫られる要素もある、厄介な設定だ。にも拘わらず、観ていてさほど混乱しないのは、その語り口が洗練されている証拠だろう。
 ……まあ、文句なく解りやすい、とまでは言いにくい。本篇は前後するマーヴェル作品と比較しても、あまり他のヒーローや、そこで語られたエピソードが絡むことはないが、ストーリー的に『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』に地続きであるため、やはり困惑は拭えないし、誰もがご存じの、といった体裁で登場する序盤のキーマン、ユリシーズ・クロウも、よほど記憶力があるか、MCU作品を折に触れ反芻しているようなひとでなければたぶんピンと来ない。私も咄嗟に思い出せないので改めて調べてみたが、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』にて既に、特殊な鉱物ヴィブラニウムに絡んで姿を現していた。その段階ではブラックパンサーやワカンダとの関係性は解らない(或いはファンくらいにしか解らない程度の仄めかしだった)ので、必ずしも観ている必要はないが、語り口にはMCU独特の空気感があって、やはりいくぶん間口が狭い。
 だが、そういう前提条件を踏まえている、或いは不明の部分を行間として推測しながら読み解くことに慣れているなら、本篇はヒーロー映画としても、SFとしても、興味深い観点を多数備えた、奥行きのある作品と感じるはずだ。
 スタッフ・キャストに黒人が多いからこそだろう、意識的にアフリカの民族文化やブラック・ミュージックを採り入れていることもさりながら、マーヴェル作品では例がないほどに女性の戦士が多い。科学技術だけでなく人材登用においても先進的、という表現とも解釈出来る。他方で、禍根として現れてくる敵が王族、つまりは歴代の《ブラックパンサー》の振るまいによってもたらされたものである、というのも興味深い。ヒーローとヴィランが同じ根から誕生する、というテーマもそれ自体は珍しいものではないが、本篇のようにそれが王位、国家の主導権にも絡んでくると、事態はより大きく、そして他のヒーローものとは違う影響の仕方をする。ヒーロー映画としての一線を保ちながらも本篇は、ヒーローが地球上にある国家の王だ、ということから、国家間のパワーバランスまでもが懸案として浮上してくる。
 大人の鑑賞に足るヒーロー映画として開発を重ねてきたマーヴェル映画は、意識的に複雑なドラマを取り込む構造になっているが、状況を巧みに整理し、クライマックスでの争点を絞ることが多い。だが本篇は、クライマックスこそ一点に絞ってくるが、そこに至る困難や考慮すべき問題が多岐に亘る。そして、決してヴィランを倒したところで、すべてが丸く収まるわけではない。本篇の場合、事態が決着したあとにティ・チャラが下す決断もまた興味深いものだ――王がヒーローであればこそ可能な方法で、もう一段階上の平和を求める、というスタンスは、“与えられた能力に責任を持つ”というマーヴェル作品の多くに共通するテーマを踏まえながら、あまりにも美しい幻想を観るものにもたらす。国際会議の場でティ・チャラと、ある人物とが浮かべる笑みに、観るものも思わず共鳴してしまうはずである。
 話題性によって過大評価されている、というのは私の偽らざる評価だが、しかし一方で、本篇が単純なエンタテインメントの領域を超えたテーマ性を備え、豊かなメッセージを発していることは否定しない。そしてそれが、本篇の成功を導くとともに、続くマーヴェル映画のラインナップに、アジア人中心で制作された『シャン・チー/テン・リングスの伝説』への布石にもなっている。
 本篇は間違いなく、ここ数年のマーヴェル作品が指向しているヒーロー映画の優秀な結実であり、新たな里程標でもある。本篇のあと、MCUは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『アベンジャーズ/エンドゲーム』2部作という大きな区切りを迎えることになるが、創作物としての転換点は、本篇だった、と見るべきなのかも知れない。

 本篇の成功により、《ブラックパンサー》は早々と、続篇の製作が決定した。
 だが、まだ撮影の始まらない2020年、肝心のブラックパンサー=ティ・チャラを演じるチャドウィック・ボーズマンの死去、という、多くの人が想像もしなかった悲劇が起きてしまった。
 報道によれば、ボーズマンは本篇の撮影時点で大腸がんの宣告を受けていたらしい。闘病しながらもそれをひた隠しにし、精力的に新作の撮影にも臨んでいた。どのあたりで自らの死を覚悟していたのか、私には解らないが、死と同年に発表された『マ・レイニーのブラックボトム』での演技は鬼気迫るものがあった。
 果たして、肝心要たる主演俳優を失って、続篇はどうなるのか。ほどなく監督や製作陣が発表したのは、“代役を起用せず、CGによる再現も行わない”というものだった。
 この項を記している現時点で、続篇はまだ予告篇すら提示されていない。顔を失った『Black Panther : Wakanda Forever』がどのような物語を紡ぐのか、現時点では推測も困難だ。
 しかし、そこまでチャドウィック・ボーズマンが演じたブラックパンサーに敬意を表したスタッフたちが、彼の存在をないがしろにはするまい。ヒーローがスクリーンに登場しないまま形作られるヒーロー映画は、もしかしたら或いはふたたびマーヴェル映画、ひいてはDCなども含めたヒーロー映画に多大な影響を及ぼすものになるかも知れない。


関連作品:
アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ドクター・ストレンジ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『マイティ・ソー バトルロイヤル
21ブリッジ』/『マ・レイニーのブラックボトム』/『クロニクル』/『フライト・ゲーム』/『扉をたたく人』/『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』/『ボーダーライン』/『スペンサー・コンフィデンシャル』/『Black & White/ブラック & ホワイト』/『96時間 レクイエム』/『猿の惑星:新世紀(ライジング)
オズの魔法使』/『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』/『ダークナイト
ワンダーウーマン』/『アクアマン

コメント

  1. […] 関連作品: 『アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ドクター・ストレンジ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『ブラックパンサー』/『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』/『アントマン&ワスプ』/『キャプテン・マーベル』/『アベンジャーズ/エンドゲーム』 […]

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