『時計じかけのオレンジ』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン6入口脇に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭10-FINAL』当時)

原題:“A Clockwork Orange” / 原作:アンソニー・バージェス / 監督、脚本&製作:スタンリー・キューブリック / 製作総指揮:シー・リトヴィノフ、マックス・L・ラーブ / 撮影監督:ジョン・オルコット / プロダクション・デザイナー:ジョン・バリー / 編集:ビル・バトラー / 衣裳:ミレーナ・カノネロ / キャスティング:ジミー・リガット / 音楽:ウォルター・カルロス / 出演:マルコム・マクダウェル、ウォーレン・クラーク、ジェームズ・マーカス、ポール・ファレル、リチャード・コンノート、パトリック・マギー、エイドリアン・コリ、ミリアム・カーリン、オーブリー・モリス、スティーヴン・バーコフ、マイケル・ベイツ、ゴッドフリー・クイグリー、マッジ・ライアン、フィリップ・ストーン、アンソニー・シャープ、ポーリーン・テイラー / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.
1971年イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:2時間17分 / 日本語字幕:原田眞人 / R-18+
1972年4月29日日本公開
午前十時の映画祭10-FINAL(2019/04/05~2020/03/26開催)上映作品
午前十時の映画祭15(2025/04/04~2026/03/26開催)上映作品
2021年10月20日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|aK ULTRA HD & ブルーレイセット:amazon]
TOHOシネマズ新宿にて初見(2019/10/24)
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2026/02/19)


[粗筋]
 アレックス(マルコム・マクダウェル)は夜ごと、揃いの白いユニフォームに身を包んだ仲間たちと共に街を徘徊しては、暴力沙汰に勤しんでいる。
 その晩は特に刺激的だった。浮浪者を4人がかりで袋叩きしたのに始まり、女を弄ぼうとしていた別グループと抗争になって打ち負かし、乗用車で暴走して対向車を何台も薙ぎ倒した。挙句、事故を起こした、と偽って豪邸に上がりこむと、主人である作家(パトリック・マギー)を打擲し、妻(エイドリアン・コリ)をレイプした。
 夜も明ける頃に家に帰ったアレックスは、一眠りのあと、頭痛がする、と親に嘘をついて学校をサボり、赴いたレコードショップで出会った女2人と繰り返し身体を重ねる。
 ふたたび白いユニフォームを纏ったアレックスが団地のロビーに降りると、珍しく仲間たちが待っていた。日頃、独裁的に振る舞っていたアレックスに安萬を抱いてた仲間たちは造反し、ディム(ウォーレン・クラーク)をリーダーにしようとするが、アレックスはすぐさま反撃に転じ、ディムたちを屈服させる。
 その晩は、ディムたちが得た情報を手懸かりに、たくさんの猫を飼う女(ミリアム・カーリン)の家を襲撃する計画を立てた。前夜、作家の家を襲撃したときと同じように、事故を起こした、と偽ってドアを開けさせようとしたが、前夜の出来事を新聞で読んでいた女は応じない。そこでアレックスは単独で窓から侵入、ドアを開けて仲間たちを引き入れようと考える。
 だが、十人の女と鉢合わせたアレックスは、挑発に臆さない女を殺してしまった。更に、パトカーのサイレンに慌てて逃げようとしたところ、外で待っていた仲間に殴打され昏倒する。
 こうして逮捕されたアレックスは、裁判により禁錮15年の刑を受けた。刑務所に収容され、2年を経てなおも、凶暴な妄想に耽るアレックスに、ある日、転機が訪れた――


TOHOシネマズ日本橋、スクリーン5入口脇に掲示された『時計じかけのオレンジ』午前十時の映画祭15版の紹介記事。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン5入口脇に掲示された『時計じかけのオレンジ』午前十時の映画祭15版の紹介記事。


[感想]
 公開当時の1972年、本篇は社会に強い衝撃を与えた。影響を受けた者による浮浪者の襲撃、大統領候補に対する襲撃事件が起き、結果として多数の脅迫状を送られるようになったスタンリーキューブリック監督は、家族の安全のために本篇の上映を禁止したという。上映が認められるようになったのは、監督の死後だった。
 賛否両論ではあるが最初の公開時から評価は高く、近年は間違いなくキューブリック監督の代表作のひとつに数えられている。その背景には、時代が変わり、世間の過激な表現に対する姿勢に肝要さが生まれたこともあると考えられるが、そうして世間が変わってもなお衰えることのない、表現としての完成度とインパクトを備えていることが何より大きいのだろう。
 冒頭、アレックスのアップから始まり、挑発的にカメラを睨み続ける彼からズームアウトしていくと、煽情的な調度で彩られた酒場の姿が露わになる。そこから奇妙な単語を無数にちりばめたモノローグとともに描かれるアレックスと仲間たちの放縦な振る舞いは、嫌悪を覚える人も少なくないだろう。“自由”という言葉をはき違え、他人を尊重しない行動は、様々な場面で人の目が光る、という感覚を味わい続ける現代からすると、それこそ隔世の趣がある。
 結果的に、視点人物であるアレックスは報いを受けることになるが、そのきっかけが仲間、というのは、非情ながらもある意味必然ではある。しかし、本篇の恐るべき側面は、むしろそのあとの展開にこそあるように思う。
 刑務所に収容されて、いちおうは反省の素振りを見せるものの、彼を含め囚人たちの意識はそう簡単に改まるものではない。そこで考案された矯正術の被験者になることで、アレックスは減刑されるのだが、この手法が、アレックスたちの悪行に増して、逸脱している。
 劇中での描写は想像力によって生み出された独創的なもので、現実にそのまま適用は出来ないが、方法論自体は昔からあるもので、想定通りの反応を得られれば実際に効果はあるだろう。しかし、当人の意思、思考を無理矢理にねじ曲げるようなやり方は一種の拷問に等しく、それ自体が暴力的だ。治安維持のため、という発想に立つと正しいもののように思えてしまうが、そこにはアレックスたちと通底する考えがある。
 物語はここで終わらない。そうして塀の外に出ながらも弄ばれるアレックスを、自らの目的に利用する者が現れる。アレックスと因縁のある者が、復讐も意図して利用している部分もあるが、ほとんどは自身の思想や欲望、或いは野次馬的な好奇心を満たす意味合いでしかない。序盤のアレックスの行動も醜悪だが、この中盤以降の、彼を取り巻く人々、そして社会の反応も嫌悪感を催すものだ。
 一連の描写は独特の美的感覚で誇張され、戯画化しているが、本篇で描かれる事象はすべて現実社会にも繋がっている。特徴的なメイクや衣裳、エキセントリックな芝居によって、洗練された魅力的な雰囲気を纏っているけれど、そこから溢れるのは、人間社会が逃れがたく孕む凶暴性そのものだ。
 映画としては完結しているが、アレックスの物語は終わっていないし、本篇の貫いた人間の凶暴性もまた果てる気配はない。この項を記している時点で製作から55年を経過しているが、本篇のメッセージ性は色褪せるどころか、更に色濃くなっているように感じる――とりわけ、アレックスが刑務所に収監されたのちの出来事は、むしろ現代にこそ深く突き刺さる。
 表現に対する寛容さは増した、とは言い条、それでもなお本篇は作中の暴力や性、挑発的な内容ゆえに、レーティングはR18+と、最も高いハードルが設けられている。BS・CSでも早い時間に放送されることはまずないし、昨今の映像視聴の中心である配信サービスでも、私の調べた範囲では見放題の扱いとなっているところは見当たらず、どこも有料レンタルの扱いで、鑑賞のハードルは高い。
 だがそれでも、鑑賞する意義はある作品である――もちろん、それ相応の覚悟は必要だし、安易に影響されないだけのモラルを要求される、厄介な代物だ。しかし、だからこそ向き合う価値を備え続ける、恐るべき傑作である。
 監督のキューブリック自身がその反響の大きさ故にいちどは封印したものの、そのことが却って伝説的な魔力を補強してしまった、一種“呪われた”作品だ、恐らくこれからも本作の存在は語り継がれ、いつまでも観客を挑発し続けるに違いない。


関連作品:
博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか』/『2001年宇宙の旅』/『シャイニング 北米公開版〈デジタル・リマスター版〉』/『フルメタル・ジャケット
アイ・スパイ』/『ファイヤーフォックス』/『ドクトル・ジバゴ』/『耳に残るは君の歌声』/『スティール
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