『ベイビー・ブローカー(字幕・TCX)』

TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町2、入口脇に掲示された『ベイビー・ブローカー』ポスター。
TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町2、入口脇に掲示された『ベイビー・ブローカー』ポスター。

英題:“Broker” / 監督、脚本&編集:是枝裕和 / 製作:ソン・デチャン、福間美由紀 / 製作総指揮:イ・ユジン / 共同製作:ユン・ヘジュン / 撮影監督:ホン・ギョンピョ / 美術:イ・モグォン / 照明:パク・ジョンウ / 衣装:チェ・セヨン / 音楽:チョン・チェイル / 出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジョヨン、イム・スンス / 制作:ZIP CINEMA / 配給:GAGA
2022年韓国作品 / 上映時間:2時間10分 / 日本語字幕:根本理恵
2022年6月24日日本公開
公式サイト : https://gaga.ne.jp/babybroker/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2022/6/25)


[粗筋]
 韓国には《ベイビー・ボックス》という、母親が育てられない赤ちゃんを託すためのポストが各所に設置されている。
 雨の夜、釜山家族教会に設置された《ベイビー・ボックス》の前に、ひとりの若い女性が現れた。彼女は何故か、ボックスの中にではなく、その前に赤ん坊を寝かせて去っていった。離れた場所で《ベイビー・ボックス》を見張っていた刑事のアン・スジン(ペ・ドゥナ)は、女性を同僚のイ刑事(イ・ジョヨン)に追わせると、自分は赤ん坊を《ベイビー・ボックス》の中に移した。
 家族教会で宿直のアルバイトをしているユン・ドンス(カン・ドンウォン)は、密かに引き入れたハ・サンヒョン(ソン・ガンホ)がボックスの中から赤ん坊を取り出すと、内部に仕掛けられた防犯カメラの映像から赤ん坊が入れられる瞬間を消去した。
 サンヒョンとドンスはこうして《ベイビー・ボックス》から連れ出した赤ん坊を、裕福だが何らかの事情で養子縁組の許可を得られない家庭に売る、いわば赤ん坊のブローカーとして大きな収入を得ていた。サンヒョンは大きな借金を抱えており、5日後までに稼がないと店を奪われところまで追い込まれている。添えられていたメモによれば《ウソン》と名付けられたこの赤ん坊を、早く売却しなければならなかった。
 一方、赤ん坊を《ベイビー・ボックス》に入れたムン・ソヨン(イ・ジウン)は、ふたたび教会を訪ねていた。だが、教会には記録が残っていない、と言われ、耳を疑う。ソヨンは昨夜、宿直だったドンスが赤ん坊を盗んでいった、と嗅ぎつけ、ドンスを追求した。赤ん坊を譲る代わりに得る謝礼を自分にも回すよう要求するソヨンを、「母親がいれば話に説得力が生まれる」と考えたサンヒョンは、彼女も伴って移動することにした。
 しかし、ヨンドクの漁港で面会した譲渡相手は、赤ん坊が写真ほど可愛くない、とクレームをつけ、値切った上に分割払いを求めてきた。ソヨンは腹を立て、もっとまともな人間に譲渡するよう訴える。サンヒョンも、決して儲けばかりのためではなく、譲った赤ん坊が幸せになることを望んでいた。
 こうして、取引相手を探す3人と、取引を現行犯で押さえるために尾行するスジンたちの、奇妙な道行きが始まった――


[感想]
 自身のスタンス、作風を確立していれば、たとえ舞台が日本を離れても、海外のスタッフやキャストとともに撮ったとしても、一貫性の取れた作品になる。他ならぬ是枝裕和監督自身が、カトリーヌ・ドヌーヴらを招いてフランスで撮影した『真実』で証明したことだが、本篇は更に是枝作品のカラーがくっきりと焼き付けられている。
 是枝作品は犯罪と家族、というモチーフがしばしば登場する。その頂点とも言うべきものが『万引き家族』だが、本篇は犯罪との関わり、家族としての“繋がり”のかたちがこの代表作に近い。もちろん、まったく同一のアプローチではなく、この人物設定だからこその関係性、韓国ならではの社会事情を組み込んでいるため、趣は異なる。主題や演出で監督としての作家性を打ち出しながらも、独立した作品、しかも“韓国映画”として成立させている。
 物語は、教会に設けられた《ベイビー・ボックス》に一人の赤ん坊が運び込まれたことから始まる。日本でも《赤ちゃんポスト》という似たような施策が一部で行われているが、韓国ではもっと以前から実施され、より多くの窓口が設けられているという。本篇には冒頭で《ベイビー・ボックス》に運び込まれた赤ん坊だけではなく、施設で育ったあとの子供たちの姿も織り込まれている。それゆえに、日本人としても、《赤ちゃんポスト》がより多数設置され、長期間運用された場合のシミュレーションとして興味深い内容だ。捨てられた側の境遇、成長のなかで覚える感情もさりながら、赤ん坊を置いていく側の胸中にもスポットを当てており、ドラマのなかでそれらが交錯していく際の繊細な描写が巧みだ。
 本篇はさながらロードムーヴィーのように展開していく。はじめは、ただ新たな保護者に引き渡し仲介手数料を得るだけのはずだったが、当の赤ん坊を産んだソヨンが介入したことで、思わぬ長旅に発展していく。赤ん坊の引き取り手を探すサンヒョンたちと、彼らを追うスジンたち刑事ふたりの思わぬ追いかけっこが、サスペンス的な妙味も添えつつ、ドラマを予測不能に転がしていく――サンヒョンたちは追われていることなどほぼ考慮していないので、行き着く先はほぼ見えているのだが、それでも観る側を引っ張っていく構成の巧みさ、という点では、『万引き家族』にも劣らない仕上がりだ。詳しくは記さないが、恐らく簡単に予想できる通りの着地をしている、という点は書き添えておきたい。
 そして、これも『万引き家族』にも共通することだが、メインの登場人物のほとんどが本質的に悪人ではないことが、物語を身近なものに感じさせる。サンヒョンたちのしていることは決して正しくないが、随所で垣間見える心情、自らの行動に託した想いには、少なからず共感させられる。だから、一種救いのない旅路の奇妙な和やかさ、温かさが仄かに痛ましく、切ない。そして、苦みを残しながらも優しい幕引きが快い。
 本篇は近年、国際的に成果を残している是枝裕和監督が、いまや韓国を代表する“顔面”と言えそうなくらい突出した国際的知名度と存在感を誇るソン・ガンホのコラボレーションという点でも興味深い。しばしばクセの強いキャラクターを、その顔の驚異的な説得力で体現するソン・ガンホだが、本篇における彼は、決して個性的には突出していない。犯罪行為に手を染めているとは言え、本心に置き去りにされた赤ん坊への優しさがある、むしろ穏やかな人柄だ。劇中、カメラの前で激昂するくだりの一切ないキャラクターにある闇の面さえもその佇まいに織り込み、行動に説得力を持たせた演技は、アカデミー賞に輝いた『パラサイト 半地下の家族』以上だった、とさえ思う。ソン・ガンホに限らず、メインキャストはみな秀逸だ。それぞれに心情を覗かせる繊細なシーンが、ひとつは記憶に残るはずである。
 題材はセンセーショナル、そして優しさがあるとは言え、この決着には議論の余地はある。ただそれでも、劇中で描かれた主要登場人物たちの心情には真実を感じさせる。あえて議論を招くような結末にしたことまで含めて、緻密に練り上げられた名品である。『万引き家族』と同一線上にある構想、という意味では、停滞している、という意地の悪い受け止め方もあるが、小津安二郎もそうしてきたように、同じ題材やスタンスを掘り下げていくのも方法論のひとつだ。舞台に選んだ韓国の文化も取り込みながら、そこに普遍的なものを感じさせる本篇は、確実に『万引き家族』の先に届いている。


関連作品:
誰も知らない Nobody Knows』/『そして父になる』/『万引き家族
パラサイト 半地下の家族』/『クラウド アトラス
汚れなき祈り』/『永遠のこどもたち』/『スラムドッグ$ミリオネア』/『エスター』/『ヒューゴの不思議な発明』/『くるみ割り人形と秘密の王国』/『ある優しき殺人者の記録

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