鮎川哲也『人を呑む家 三番館全集第3巻』

『人を呑む家 三番館全集第3巻』
鮎川哲也
判型:文庫判
レーベル:光文社文庫
版元:光文社
発行:2022年12月20日
isbn:9784334794576
本体価格:1100円
商品ページ:[amazon楽天BOOK☆WALKER(電子書籍)]
2023年10月12日読了

 著者がキャリア終盤に多く著した、バー・三番館のバーテンダーが探偵の持ち込む難事件を鮮やかに解き明かしていくシリーズの光文社文庫版全集第3巻。
 著名人を脅迫していた雑誌記者が殺害された謎を解く『棄てられた男』、中間小説誌の新人賞に応募された小説にかけられた盗作疑惑と、それを巡り発生した死の謎『ブロンズの使者』、かつて第三者が見守るなかで人が消えた、という家でふたたび起きる怪異を描いた表題作など9篇に、収録作の原型となった2篇をボーナストラックとして収録。

 前巻あたりと比べると、この頃から執筆の間隔は少しずつ開き始めるが、相変わらず本格推理としての熱意と工夫は健在。ページ数は更に減り、本書の文字組みで50ページ前後にまで狭まるが、だからこそ研ぎ澄まされた感がある。著者一流のアリバイ崩しの仕掛けや、ある人物に怨みを抱く者が一堂に会する推理劇、更には表題作と『塔の女』のような“人間消失”まで、定番のシチュエーションに耽溺させてくれる。
 だがその一方、これまでは“安楽椅子探偵”よろしく、カウンターの向こうでシェイカーを振りながら探偵の話に耳を傾け、そこからバーテンが謎を解く、というのが基本パターンだったが、本書に収録されたエピソードになると、バーテンが探偵を外に呼び出し実地に謎解きを見せる『秋色軽井沢』のようなエピソードがあったり、とやや自由になっている。それは翻ると、三番館シリーズである意味が薄れている、とも取れる。
 一面としてそれは事実だと思う。ただ、当時はそのくらいに三番館シリーズという世界観とキャラクターが気に入っていたのだろう。実際、無粋な肉体派を自覚している探偵は相変わらず行動力豊かで、欲望剥き出しの地の文で物語を軽快にしているし、バーテンダーは不動の知性とユーモアを誇り、三番館の常連も出番は少ないがちょこちょこ顔を出してはいい味を添えてくる。謎解きの工夫に呻吟しながら、シリーズならではの描写を楽しんでいるように思え、読者としても心地よい。
 事件との関わり方が変わってきたことで、各篇の仕掛けはますます長篇に近くなり、著者の密室ものやアリバイ崩しの作法に則ったものが増えてきた。それを短い尺のなかに押し込んでいるので、窮屈さ、不自然さもあるにはあるが、それを収めてしまう老練振りが窺えるのも、本巻に収録されたエピソードの興味深い点だ。
 しかしこの巻のもっとも興味深い点は、三番館シリーズ本篇の他に、『棄てられた男』及び『ブロンズの使者』の原型となった短篇を収録している点だ。
『棄てられた男』は、厳密に言えば、テレビ番組『私だけが知っている』の謎解き問題として執筆した脚本を、同番組の関連書籍のために短篇小説の体裁で改めた『茜荘事件』が収録されているので、この時点で既に一段階の改作を経ているが、トリックはほぼ一緒でも、映像として見せることを意識した独白主体の表現と、客観的な描写から探偵の一人称視点を介した表現ではまるで趣が異なるのが実感できる。一般読者にとっても興味を惹かれるところだろうが、創作者にとってはなおさら参考になるところが多い。
 発表タイトルが同じ『ブロンズの使者』は、仕掛けの骨子こそ共通しているし、紐解かれる経緯も似通っているが、旧稿ではじわじわと悟るような解決篇でいまひとつ腑に落ちにくかったのに、三番館シリーズ版ではシンプルな要素に凝縮して、解決の切れ味を鋭くしている――結果として、解明のためわざわざ熊本県人吉にまで赴いた探偵が悔しい思いをしているが、まあこの人はいつものことだし、それもまたこの形に変えてこその味である。
 全体のクオリティとしては前巻に劣る印象ながら、当時も衰えなかった創作意欲と工夫の巧みさが窺える1冊である。最近著者の作品に惹かれたのなら必読、往年の読者であっても、1冊の中で『棄てられた男』と『ブロンズの使者』を初出版と比較して楽しめる点で、手許に置いておく価値はあると思う。


コメント

タイトルとURLをコピーしました