イモトアヤコ『棚からつぶ貝』

『棚からつぶ貝』
イモトアヤコ
判型:文庫判
レーベル:文春文庫
版元:文藝春秋
発行:2023年12月10日
isbn:9784167921484
本体価格:690円
商品ページ:[amazon楽天BOOK☆WALKER(電子書籍)]
2024年4月6日読了

 大学在学中に養成所を経て芸人デビュー、2007年に『世界の果てまでイッテQ!』の番組内オーディションに合格し、《珍獣ハンターイモト》としてデビューしたことを契機にブレイク、以来お笑いだけでなく女優としても挑戦を重ねている著者初めてのエッセイ集。雑誌『CREA』に『旅は道づれ 世はWOW!』の題名で2017年から2020年にかけて掲載されたものを収録、文庫化に際して、各記事のエピソードに後日談を添えている。
『世界の果てまでイッテQ!』の“世界の果てまで”がつく以前からの視聴者として、彼女の成長はなかなかに感慨深い。なにせこっちは、のちに夫となるディレクター石﨑史郎が、ADとしてたしか高温の間欠泉で悲鳴を上げながらしゃぶしゃぶに挑んでいるところも見ていたのだ。
 時系列に添ってはいないが、本書はそんな著者のデビュー以前はもちろん、デビュー以降に視聴者や観客の目に触れる出来事の背景についても綴られている。そりゃあ、そういう視聴者の一人として感慨深いのは当然だろう。
 しかも語り口は、画面で観る彼女らしく、不器用でときどき姑息だが真面目だ。自身の未熟さや、しばしば失敗を糊塗してしまうクセを嘆き、身近なひとの尊敬すべきところを熱く語る。のちに夫となる石﨑Dはもちろん、各地のロケをサポートするコーディネーター、『~イッテQ!』メンバーのいとうあさこに宮川大輔、周囲の人に対する素直で誠実な表現は、読んでいて心地好い。
 平易な文章で親しみやすいが、他方で立て続けに読むにはややテンポが悪い、という印象を受ける。ただそのぶん、1日2、3章くらいをちょっとずつ読んでいくのがちょうどよく楽しい。
 だが、本篇に奥行きを齎しているのは、結果的に、ではあるが、連載終盤がいよゆるコロナ禍と重なったことと無縁ではない。それまで世界各地を飛び回っていた著者が突如として国内での活動を余儀なくされ、その息苦しさが文章の端々から滲んでくる。意識してポジティヴであろうとしているからこそ、何が辛いのかが透け見えてくるのも皮肉なところだ。
 とりわけ印象的なのは《わたしの大好きな人》だ。ここで著者は、言及するその人に起きた出来事を最後まで語らない。後日談でもその人への想いを添えるだけで、事情を知らない人にはただの、尊敬する先輩で親しい友達への一途な想いを伝えたラブレターだ。こういう書き方を選んだことに、もどかしさややるせなさが滲んで、胸に迫る一文である。そのあとに収録されたのが、結婚によって出来た新しい家族の姿いを語る文章であるのも、そこに籠めたメッセージを感じずにはいられない。
 予備知識があれば、何より芸人、タレントとしての著者のファンであればあるほど読み応えがあるのは間違いないが、ちょっと風変わりな二十代を経験した著者の一端に触れられるエッセイとして、著者の他の活動に一切接していなくても興味深い1冊だと思う。


コメント

タイトルとURLをコピーしました