伝説のデビュー作と、現代版『藪の中』のハシゴ。

 このところ月末のたび作業に汲々としているせいで、観たい映画を色々取りこぼしてます。昨日もいくつか封切られていて、のんびりしていてはどんどん機会を失ってしまう。まだ気分的に余裕のある今日は、思い切ってハシゴをすることにしました。
 お出かけは夕方近く。透析を休む土曜日はわりと長めに仮眠を取ってしまいがちですが、無理矢理いい頃合いに起き出し、電車にて日比谷に赴く。雨は降ってないし降りそうもありませんが、バイクは使いません。ハシゴをすると、最安値の駐車場を確保しても割高感が出るうえ、休日なので、混んでいると駐車場探しに奔走した挙句に割高になってしまう。
 劇場はTOHOシネマズシャンテ。まず鑑賞した1本目は、最新作『オッペンハイマー』のアカデミー賞受賞、日本公開に合わせて復活、クリストファー・ノーラン監督伝説の第1長篇で、小説のネタを求めて他人の備考を続けていた男が思いがけない展開を迎えるサスペンスフォロウィング 25周年/4Kレストア版』(AMGエンタテインメント配給)
メメント』は話題に乗じて観にいきましたが、本篇の日本初公開時はまだ映画道楽にハマっていなかったため、映画館では観ていない。その後、たぶん『メメント』がDVDでリリースされた際に本篇とセットになったヴァージョンが販売されていたか何かで、そのときいちおう鑑賞した……と思う。買ったはずのディスクについて、記録が見つからないので断定できないのです。観たことだけは覚えてるけど、内容はほぼ失念している。
 シーンの断片だけはなんとなく記憶にありましたが、お陰でけっこう驚きを味わえました……まあ、しっかり作ってあるから、わりと序盤から“あれ?”という疑問からゆっくり甦ってきて、飲み込めるのは初見の人より早かったのは間違いない。
 このあと『メメント』も別劇場で再上映される予定ですが、いまこの2作をかけるのは必然でした、確かに。構成に『オッペンハイマー』に繋がる技が既に光っている。たぶんストレートに見せたら、背景の乱暴さが際立ってしまい、センスはあるけどもうひとつ、というイメージに留まっていたでしょうが、時系列の描写に細かく未来の出来事を鏤めることで、謎めいた雰囲気、サスペンスを増している。ときどきピースが填まる快感をもたらしながら、なおも全体像は明白にならず、クライマックスで一気に繋がっていくカタルシス。
 今観ると、語り口もそうですが、人物像にのちの映画の主人公がちらつくのも興味深い。特に、ある部屋の玄関プレートにバットマンのシンボルが飾ってあるのがなんだかたまらない。こうしてみると、撮りたかったし、あの傑作に至るモチーフも既にあったのだ、と解ります。
 尺が短いので、ミニシアター向けの小品であることには違いありませんが、既にノーラン監督は確固たる作家性を築きつつあったことが解る1本。

 次の映画までのあいだ、その辺のカフェにでも入って時間を潰そう、と思ったのですが、さすが土曜日、どこも混んでいる。探せば座れないこともない印象ですが、探し回るよりは散歩した方がいいや、と思いなおし、日比谷公園をひたすらうろうろしてきた。
 野音でストリート・スライダースが演奏しているかと思えば、どうやら披露宴の準備をしているところもあって、実に賑やか。ただここも人がいっぱいで、あんまりゆっくりしている雰囲気ではなく、本当に小一時間ばかりひたすら歩いて、映画館に戻るのでした。

 戻る、と記した通り、2本目もTOHOシネマズシャンテです。鑑賞したのは、本年度アカデミー賞オリジナル脚本部門受賞作、夫を殺害した疑いをかけられた作家を巡る緊迫の法廷劇落下の解剖学』(GAGA配給)。アカデミー賞は作品賞よりも脚本部門賞のほうが面白さでは間違いなし、と考えている私としては是が非でも観たかった――まあ、候補だったときから気になってはいたのだが。
 そして見事に期待通り、圧巻のミステリでした。しかもこれは現代の『藪の中』、というか黒澤明の『羅生門』だと思う。
 見せ方が圧倒的に巧いのです。事件当日の断片を観客に示してから、その後の発言の随所に違和感をちりばめて観客を惹きつけていく。やがてほとんどの出来事を法廷の上で描きながらも、果たして妻は夫を殺したのか、視覚障害のある子供は何を知っているのか、そこを中心に置き、しかしそこにまとわりつく醜聞や愛憎も垣間見せる。最終的に法廷劇そのものは決着するのですが、観る者の心には言いようのない淀みが生まれている。
 障害やマイノリティにも掠め、重層的なテーマを孕んで、出来事としては居心地の悪さを残しているのに、奇妙な満足感もある。第三者がどう思おうが関係なく、中心人物は自らの結論に辿り着いているからなのでしょう。『羅生門』めいたテーマながら、本篇はもう少し先に踏み込んでいる気がします。
 表現の仕方が少々奔放であるがゆえに、やや統一感を欠いた印象がありますが、そんなことはあまり気にならない。心の底から見応えのある作品でした。作業だなんだで公開からだいぶ時間が経ってしまいましたが、映画館で観られて良かった。

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