背筋『穢れた聖地巡礼について』

背筋『穢れた聖地巡礼について』(Amazon.co.jp商品ページにリンク) 『穢れた聖地巡礼について』
背筋
判型:四六判ソフト
版元:KADOKAWA
発行:2024年9月3日
isbn:9784047380448
価格:1430円
商品ページ:[amazon楽天BOOK☆WALKER(電子書籍)]
2025年1月21日読了

 オカルト雑誌を中心に手がけてきたフリーライターの小林は、心霊スポットへの潜入動画で人気を博するYouTuberチャンイケのファンブックを企画する。チャンイケこと小池が、これまでの動画で採り上げたスポットの中から数点を深掘りする、という趣旨だが、老練な小林は、実際にはまったく幽霊を信じていない小池と結託して、それらしい裏話をでっち上げて内容を膨らませることを提案する。小林の旧知のオカルトライター・宝条も加えて、様々なネット情報や過去の記事を探索し、こじつけていくが――
『近畿地方のある場所について』により鮮烈なデビューを飾った著者の第2長篇。
 前作同様、出版業界に携わる人物が中心となり、過去から現在、紙媒体から動画媒体まで、様々に散らばった情報を束ねて物語を構築していくスタイルだが、前作よりも中心となる人物たちに焦点が当てられおり、フェイクドキュメンタリーの手触りが強かった前作よりも小説らしさを増した。多くは三人の主要登場人物の会話のみで組み立てられているが、細かな短い挿話のお陰もあって、より登場人物の意識の奥にある闇を垣間見ることの出来る構造だ。
 しかし個人的には、序盤はあまり惹き込まれなかった、というのが正直なところである。1篇1篇が読み応えがあり惹きつける内容だった前作と比較すると、会話主体になっているのが散漫な印象をもたらしているのと、中心人物にあまり共感出来ないのが大きな問題なのだろう。読み進めていけば、そこにも意味があるのは解ってくるが、それが実感になるまでがもどかしい。前作は小説投稿サイト《カクヨム》にて、多数の記事が一斉にアップされるかたちで発表されており、その各々が薄気味の悪い魅力を放っていたが、著者が本作を同様の形で発表しなかったのは、小説、それも1冊にまとまったかたちでないと、序盤で読者を掴みきれないことを承知していたからかも知れない。
 序盤がもどかしい分、隠されていた思惑が少しずつ露わになっていく中盤以降は読み応えがある。序盤で見せていた極端すぎる主義思想が、中心人物たちの背景に基づくものであり、それが歪に結実していったのがこの物語である、と感じ始めるあたりがこの作品の本懐だろう。
 ただし、本篇は最後まで辿り着いたところで、本当の意思、理由を明白にしていない。その居心地の悪さ、そして改めてページを戻ってみることで淡く結びついていくものが、底冷えのような感覚をもたらす。
 怪異が身近にまで迫ってくるような恐怖をもたらす前作と比較すると、本書にはまだ“他人事”で済ませられるぶん、怖さは乏しい、とも言える。ただ、近い出発点から、前作とは異なる語り口で新たな恐怖を紡ぎ出した著者の想像力は確かに感じられる。2完成度としては前作の方を高く評価したいが、024年に話題となったテレビ番組『イシナガキクエを探しています』にも露出していたり、異なる媒体でもホラーを探求しているらしい著者が、文章だからこそ表現できる薄気味悪さ、恐怖を掘り下げた作品としても注目すべき1冊だろう。


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