言い伝えを含む昔話や、超常的な要素を含むお伽話とも異なり、いまを生きる人々のあいだから生まれる“都市伝説”。乗り込んだあとに忽然と消えるヒッチハイカーや、車中で秘め事に臨むカップルを襲う“ザ・フック”、文明の利器に用いてはならないものを用いて起きる惨劇“電子レンジに入れられたペット(あるいは赤ん坊)”の物語はどのように語り継がれ、変化し、拡散していったのか。民俗学者としてこの題材に取り組んできた著者が1981年に発表され、のちに日本で拡がる“都市伝説”という言葉を齎すこととなった名著が、新訳で復活。
東京創元社の刊行予定ラインナップに最初に挙がったのは数年前。私としては刊行をず~~~~っと待ちわびていた1冊である。
個人的には、昨今の日本で振りかざされる“都市伝説”にはずっと違和感を抱いていた。イルミナティの陰謀や、宇宙人の暗躍といったモチーフも好きは好きだが、これらはあくまで“オカルト”や“陰謀論”であって、“都市伝説”でまとめていいものではない、と疑問に思っていた。
いちおう、何故そう思うのか、は知識と照らし合わせて、自分なりに説明が出来るつもりでいたが、本書を読んで改めてその構造を理解して、捉え直すことが出来たように思う。
本書の著者は民俗学者であり、本書で定義する“都市伝説”に該当する、都市で新たに生み出され、土地や時期によってローカライズされ、独自に盛り付けられた、出所の判然としない話を、決して特定することを目的とするのではなく、発生時期や構成要素を紐解くことで、その土地や時代の意識を紐解こうとするものだ。しばし、期せずして、原型となった事実に行き着くこともあるが、それはあくまで副産物に過ぎない。
著者自身は地域性や時代性の反映に注目する一方、採集されたエピソードを参照した論文などを手懸けた研究者による別の見方にも言及していて、情報の多角的な見方、解釈を教えてくれる。
既に45年も前の著作ゆえ、採り上げられているエピソードは、多少“都市伝説”、或いはいわゆる“怖い噂”に興味がある人なら知っているものばかりだ。故に本書の読みどころは、こうしたお馴染みのエピソードが、様々な類型を生み出し、拡散されていくことと、その変化が炙り出す“何か”を読み解く面白さを実感させてくれることだろう。
“都市伝説”は私たちの生活の中から生まれる。一時的に限られた範囲で語られ、やがて泡沫のように呆気なく消え失せてしまうものも少なからず存在するだろうが、そこにある普遍的な要素であったり、土地や時代を変えても聴き手に訴えかける何かがあれば、語り継がれていく。そしてその過程で行われる変化にも、ちゃんと意味があり、価値がある。本書は“都市伝説”をそうして捉え、考えながら読み解く道筋をつけてくれる。
前述したように、“都市伝説”はもはやオカルトと融合したことで、もはやただの“怖い噂”程度の、消費される娯楽と化している。それを今更、かつてのような、文化民俗の資料として蒐集し読み解く、という道筋に戻すのは難しいだろう。
しかし、こうして名前が付けられた最初の意義を知っていれば、変容する不審な噂に接したとき、冷静に捉え解釈する意識が生まれる。もはや“都市伝説”という当初の呼称はそぐわなく感じるだろうけれど、そうして生まれた意識は間違いなく、研究の出発点となる。
原著の刊行から半世紀近くを経て、情報伝達の速度も質も大きく変わってしまった。しかしそれでも、出所の定かでない噂話、同じような要素で構成された怪しい話は未だ絶えることなく飛び交っている。そうした情報の奔流に惑わされることなく、冷静に向き合うための指針となり得る本書は、未だその価値を失っていない。2026年に新訳復刊される意味のある1冊だと思う。
……と、なんか堅苦しいことばかり書き連ねてしまったが、決して難しく考えずに読んでもたぶん本書は面白い、と思う。
原著刊行までの間にアメリカの各地で広まり、採集された“都市伝説”を、整理し類型によって分類し、しばしば採集者の考察も含めて引用する。同じような話が、環境が違うことで変質していく、その様だけでも充分に興味深い。
とりわけタイトルにも用いられている“消えるヒッチハイカー”の拡散と変化は、日本人ならば多くの人が関心を抱くはずである。本邦でこのパターンは主にタクシーで繰り広げられ、乗り込んだ人物は墓地の前で姿を消したり、暮らしていた家に帰ったりする。
しかしこのパターン、本書では言及されていないが、日本では人力車を道具として語られている。明治時代、文化人による百物語の会が流行し、泉鏡花や柳田國男が参加した会で披露された、という記録があるので、明治期には既に存在していたことが窺える。
個人的には、この人力車から消える客、というモチーフが現代に至って、タクシーから消える客の原型となった、と思っていたが、本書には1954年に青木晴夫という人物(調べると同名の言語学者がいるようだが、そちらは1958年渡米とあり時期が若干ズレているので別人と思われる)が、1941年に聞いた話として朝鮮における同系統のエピソードを記録している。この時代の朝鮮半島は日本の占領下にあったため、既に日本の口承伝承が変化して広まった可能性もあるが、むしろ逆に朝鮮側、或いはユーラシア大陸のどこかから伝播してきた可能性もちらつく。
他の“都市伝説”についても、昨今耳にする噂に似たようなパターンがあるように思える。決して研究としての“都市伝説”に興味のない人でも、充分に刺激を受けられる内容のはずだ。
|
コメント