『神在月のこども』

ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン11入口脇に掲示された『キャッシュトラック』ポスター。
ユナイテッド・シネマ豊洲、スクリーン11入口脇に掲示された『キャッシュトラック』ポスター。

英題:“Child of Kamiari Month” / アニメーション監督&ストーリーコンセプト:白井孝奈 / 原作&コミュニケーション監督:四戸俊成 / 脚本:瀧本哲郎、四戸俊成、三宅隆太 / 脚本協力:白井孝奈、坂本一也、葦澤恒 / プロデューサー&ロケーション監督:三島鉄平 / プロデューサー:吉田佳弘 / キャラクターデザイン&総作画監督:佐川遥 / 神様デザイン:小川裕康(スタジオもがな) / プロップデザイン:荒木一成 / 色彩設計:垣田由紀子 / 美術監督:佐藤豪志 / CG監督:伊藤仁美 / 撮影監督:高津純平 / 編集:長谷川舞 / クリエーション監督:坂本一也 / 音響監督:岩浪美和 / 音楽:市川淳、NAOKI-T / 声の出演:蒔田彩珠、坂本真綾、入野自由、柴咲コウ、井浦新、神谷明、茶風林、高木渉、新津りせ、永瀬莉子、上田まりえ / 企画:クリティカ・ユニバーサル / アニメーション制作:ライデンフィルム / 配給:AEON ENTERTAINMENT
2021年日本作品 / 上映時間:1時間39分
2021年10月8日日本公開
公式サイト : https://kamiari-kodomo.jp/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2021/10/12)


[粗筋]
 今年も11月恒例の校内マラソン大会が近づいていた。かつては走るのが大好きだったはがの葉山カンナ(蒔田彩珠)だが、今年はその日が近づくほどに憂鬱が募っている。
 1年前のその日、カンナの母・弥生(柴咲コウ)は亡くなった。病身をおして応援に駆けつけてくれた弥生は、ゴールしたカンナを出迎えた直後に倒れ、そのまま息を引き取ってしまう。走るのが速かった弥生への憧れの強かったカンナにとって、トラウマになるには充分すぎる出来事だった。
 父・典正(井浦新)ヤ友達のミキ(永瀬莉子)には強がって見せたが、マラソン大会当日、カンナはゴール直前で過呼吸を引き起こして脚を止めてしまう。典正は「お母さんも褒めてくれる」といたわったが、カンナは反発して、学校を飛び出してしまう。
 知らずのうちに牛島神社へと駆け込んだカンナは、母の形見である勾玉の腕輪に手を通す。その途端、不思議なことが起きた――降っていた雨が空中で止まったのだ。
 そこへ、カンナが学校で可愛がっている白うさぎの《シロ》が駆けつけてくる。シロが言うには、弥生は《韋駄天神》の末裔であり、毎年旧暦10月に出雲で催される、八百万の神々の会合に供する食事を運ぶ役割を担っていたという。もし食事が運ばれなければ、神々が様々な縁を取り計らう《神議》が執り行えず、様々なことに差し障りが出てくるという。使命を果たすべき弥生がいないいま、その血を引くカンナに役目を替わってもらうほかない。
 その意義を理解できないカンナは乗り気ではなかったが、出雲は黄泉の国とも繋がっており、もしかしたら弥生と会えるかも知れない、というシロの言葉に心を動かされる。神具である勾玉を身につけているあいだ、すべての時間はゆっくりと進み、疲労も感じにくい。カンナは出雲に向かって走り始めた――


日比谷しまね館のデジタルサイネージに表示されていた『神在月のこども』予告篇とキーヴィジュアル。
日比谷しまね館のデジタルサイネージに表示されていた『神在月のこども』予告篇とキーヴィジュアル。


[感想]
 企画や原作を担当した主要スタッフはほとんどアニメーション未体験、監督もまた、初めての大役であったらしい。そういう布陣であることを思えば、非常に健闘した作品である。
 率直に言えば、人物のデザインや序盤の絵はあまり魅力的ではない。少々古臭く、動きも全体に野暮ったさがある。
 ただ、展開はなかなかに上手い。何やら走ることに対して葛藤があるらしきカンナの、少し特殊な環境を説明的にはせず物語の中で見せていく手管は洗練されており、気づけば“八百万の神”の世界へと自然に誘われる。
 劇中には日本各地の神社と、まつられる神々が登場するが、そのヴィジュアルが本来の設定やイメージをきちんと踏まえたうえで、キャラクター性を膨らませているのも好感が持てる。ひとつひとつを挙げることはしないが、神社の名称や各々の伝承に基づいているので、知識的にも日本の神々の世界に親しめるのは、物語にとっても、またこれから知見を広げていく小さな観客層にとっても有用なアプローチだ。
 そして個人的に本篇で高く評価したいのは、主人公のカンナが最後まで安易に“大義のため”動くキャラクターにしなかった点だ。
 序盤、カンナが抱えている鬱屈はすべて1年前の母・弥生の死に起因している。そのときの辛い経験が文字通りにカンナの足を引っ張り、前に進めずにいる。そんな彼女が、シロの誘いに乗った理由も、それが本来、弥生が果たすべき使命であり、やり遂げることで弥生と会えるかも知れない、という淡い期待を抱いたが故だ。そもそも、まだ幼いカンナが、自分が走らなければ神々の会合が開かれず、来年の縁結びが果たせないから、と言われたところで、その意味を充分理解できるはずもなく、積極的に動く理由になるはずがない。自分自身の願望のために行動するのはごく自然なことだ――仮に主人公がもっと大人だったとしても、大義を果たす原動力は自身の願望充足に過ぎないわけで、そこを表面的にも繕うことをしなかったのは潔い。
 そしてそのうえで、“使命”を通して、自らを縛るトラウマから脱却していくカンナの姿がとても清々しい。実態に触れたことのない八百万の神々のためではなく、弥生との想い出と、その頃の自分の気持ちに正直であるために、絶望的な状況からラストスパートに臨むくだりの昂揚感は、カンナとともに物語に向き合ってきた観客ならば共鳴せずにいられない。
 厳しいだけでなく寛容でもあり、そして何より、結ばれた縁を生かすも殺すも人間次第、と、本篇の神々は語りかける。そのために、カンナに“走る”という極めてシンプルで伝わりやすい課題を用意したのは絶妙だ。本篇を観たあとだと、カンナのようなトラウマを持たずとも、壁の前で立ち往生するような気持ちに鞭を入れられた心地がする。
 出雲神話のモチーフを細やかにちりばめながら、普遍的で共感しやすいテーマを心地好く完遂した、愛すべきジュヴナイルである。前述した通り、スタッフの経験不足が随所にぎこちなさとして垣間見えるが、それでもここまでまとめ上げた意欲と誠意は間違いなく賞賛に値する。


関連作品:
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