『コリーニ事件』

YEBISU GARDEN CINEMA、入口脇に掲示された『コリーニ事件』ポスター。
YEBISU GARDEN CINEMA、入口脇に掲示された『コリーニ事件』ポスター。

原題:“Der Fall Collini” / 英題:“The Collini Case” / 原作:フェルディナント・フォン・シーラッハ(創元推理文庫・刊) / 監督:マルコ・クロイツパイントナー / 脚本:クリスティアン・ツバート、ローベルト・ゴルト、イェンス=フレドリク・オットー / 製作:クリストフ・ムーラー、マルセル・ハルトゲス、カースティン・シュミットバウアー / 製作総指揮:マルティン・モスコヴィッツ / ラインプロデューサー:クリスティーネ・ローテ / 撮影:ヤクブ・ベイナロヴィッチュ / プロダクション・デザイナー:ヨーゼフ・ザンクティオハンザー / 編集:ヨハネス・フーブリヒ / 音楽:ベン・ルーカス・ボイセン / 出演:エリアス・ムバレク、アレクサンドラ・マリア・ララ、ハイナー・ラウターバッハ、フランコ・ネロ、ピア・シュトゥッツェンシュタイン、マンフレート・ザパトカ、ザビーネ・ティモテオ、ライナー・ボック、ペーター・プラガー、カトリン・シュトリーベック、サンドロ・ディ・ステファノ、レオナルド・オルソリーニ、ヤニス・ニーヴーナー / コンスタンティン・フィルム製作 / 配給:KLOCKWORX
2019年ドイツ作品 / 上映時間:2時間3分 / 日本語字幕:吉川美奈子
2020年6月12日日本公開
公式サイト : https://collini-movie.com/
YEBISU GARDEN CINEMAにて初見(2020/06/16)


[粗筋]
 2001年、ベルリンにあるホテルのスイートルームに滞在していた実業家ジョン・B・マイヤー(マンフレート・ザパトカ)が殺害された。容疑者は犯行直後、従業員に対して殺害を告白し、そのまま逮捕された。
 つい3ヶ月前に弁護士資格を得たばかりのカスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)が容疑者ファブリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)の国選弁護人に選任された。初めて扱う大きな事件に意気込むライネンだったが、調書にジョン・B・マイヤーと記されていた被害者のドイツ名がハンス・マイヤーであることを知って愕然とする。彼は、父が蒸発して不遇を託っていたライネンを実質的な保護者として見守っていた恩人だった。
 久しぶりに再会したハンスの孫娘ヨハナ(アレクサンドラ・マリア・ララ)にも不人情を責められたライネンは、弁護人を辞任することも考えるが、大学の恩師であり、公訴側代理人として着任したリヒャルト・マッティンガー(ハイナー・ラウターバッハ)に「法廷に私情が入り込む余地はない。弁護士になりたいなら、そのつもりで振る舞え」と諭され、改めてコリーニの弁護を決意する。
“低劣な犯罪”は、ドイツの法においては厳しく処罰される。やむを得ない動機があったと認められれば刑期を短縮できるが、コリーニが黙秘を貫く現状のままでは終身刑は免れなかった。
 マッティンガーから、コリーニの自供を引き出せば刑期を短縮する、という取引を持ちかけられたライネンは、面談に際して改めてコリーニに告白を促す。それでも沈黙を通すコリーニに、ライネンはいちどは型どおりの弁護で済ませる、と宣言した。しかし、ライネンがふと口にした、自身の父との確執にコリーニが反応したことで、手がかりが“過去”にある可能性を察知した。
 ハンスとコリーニとのあいだには、何らかの繋がりがあるのではないか? そんなライネンにひらめきをもたらしたのは、科学捜査班の担当者の供述だった。コリーニが犯行に用いた拳銃は、現在闇ルートでもおいそれと入手できない古いモデルだった。ライネンにはその拳銃に見覚えがあった。かつて、ヨハナの弟と遊んでいた際、ハンスの書斎で見つけた拳銃と、まったく同じモデルだったのだ――


[感想]
 原作は、日本でも早くから紹介され読書家から人気の高いフェルディナント・フォン・シーラッハが、初めて発表した長篇小説である。もともと短篇作品で頭角を顕したひとらしく、長篇としては短めだが、短篇がそうであったように、その尺のなかに簡潔な表現で深遠なテーマを奥行きのある描写で詰めこみ、読後の充実感が著しい。かく言う私も、翻訳書が刊行された直後に読んでいたため、映画版の公開を――いささかの不安を抱きつつも心待ちにしていた。
 その簡潔だが濃密な文章故に、小説は優れた情感がまず印象に残るシーラッハ作品だが、その映画版である本篇は思いのほかサスペンス色が色濃い。
 主人公が弁護士であるだけに、本篇は法廷を中心に展開している。恐らく原作に添って描くと背景が限定され、絵的な広がりを欠いてしまう可能性があったと思われるが、主人公と被害者の関係性を強めたり、被告の過去を探るべくイタリアに向かうくだりを加えたりすることで、物語的にも絵的にも広がりを持たせようとした。それが奏功して、原作よりもはるかに動的でドラマティックな印象を与える作りになっている。
 そして、そうした脚色も構成も、原作において最も重要な主題、それがもたらす驚きを最大限に引き出すよう、丁寧な工夫が施されている。
 どう丁寧なのか、を詳細に解決すると、中盤以降に連続する驚きや逆転の面白さが損なわれてしまうのでなるべく控えたいが、ざっくりと説明すれば、本篇は終盤で明かされる事実のインパクトを上げるために、関係者の距離を縮めている。主人公であるライネンと被害者ハンス・マイヤーが極めて近しい関係になっていることもそうだが、様々な事実や出来事が、主人公と事件の距離を近く感じるように組みなおされている。そのせいで“嘘くささ”が強まってしまった、と感じる向きもあるかも知れないが、よりドラマティックに、記憶に残る作りになったことも確かだろう。こういう設定であればこそ、本篇は主人公の最後の奮闘ぶりに感情移入し、鮮やかなクライマックスにカタルシスを味わう。また、ある人物が選んだ結末に、構内に溢れる苦みとともに納得も覚えるのだ。
 しかし私が本篇を高く評価するのは何よりも、文章だからこその詩情、含蓄に富んだ原作に、映像的な見せ場をきちんと加えて“映画”として昇華した点にある。法廷の真下に拘置所がある、という風変わりなセットを組むことで限定された舞台を象徴として活かす発想、中盤、ライネンが仲間とともに訊ねるイタリアの風景を捉えたカメラワークが、のちに別の場面で反復される構成の巧さ、他にもいくつかあるが、特筆すべきはやはりラストシーンだろう。達成感はあれどある意味では報われない結末に、あの極めて短いひと幕がこの上ない救いをもたらす。文章であの趣向をやるといくぶんあざとく感じられたかも知れないが、映画として、これほど丹念に構成したうえで出されると脱帽するほかない。
 どうしても原作との比較で語ってしまうが、原作の基本的な構成、主題を守り、より説得力をもたらす形で、映画らしく脚色した本篇は、理想的な映画化と言っていい。原作に思い入れのあるひとでも満足できるはずだが、それ故に、原作を知らない、触れる機会のなかったひとにこそ是非ご覧いただきたい。この作品は、これまで幾度も取り扱われてきたある題材との、現代的な対峙であり、ひとつの福音をもたらす傑作でもある。


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