『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス(字幕・3D・Dolby CINEMA)』

丸の内ピカデリー、Dolby CINEMAスクリーン入口脇に掲示された『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』dolby CINEMA限定ポスター。
丸の内ピカデリー、Dolby CINEMAスクリーン入口脇に掲示された『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』dolby CINEMA限定ポスター。

原題:“Doctor Strange in The Multiverse of Madness” / 原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ / 監督:サム・ライミ / 脚本:マイケル・ウォルドロン / 製作:ケヴィン・ファイギ / 製作総指揮:ヴィクトリア・アロンソ、エリック・ホイサーマン・キャロル、ジェイミー・クリストファー、ルイス・デスポジート、スコット・デリクソン / 撮影監督:ジョン・マシソン / プロダクション・デザイナー:チャールズ・ウッド / 編集:ボブ・ムロウスキー、ティア・ノーラン / 衣装:グラハム・チャーチヤード / 特殊効果監修:クリス・コーボールド / 視覚効果監修:ジャネク・サーズ / キャスティング:サラ・ハリー・フィン / 音楽:ダニー・エルフマン / 出演:ベネディクト・カンバーバッチ、エリザベス・オルセン、ソーチー・ゴメス、キウェテル・イジョフォー、ベネディクト・ウォン、マイケル・スタールバーグ、レイチェル・マクアダムス、パトリック・スチュワート、ブルース・キャンベル、ヘイリー・アトウェル、ラシャーナ・リンチ、ジョン・クラシンスキー、アンソン・マウント、シャーリーズ・セロン、ジュリアン・ヒリアード、ジェット・クライン / マーヴェル・スタジオ製作 / 配給:Walt Disney Japan
2022年アメリカ作品 / 上映時間:2時間6分 / 日本語字幕:林完治
2022年5月4日日本公開
公式サイト : http://marvel-japan.jp/dr-strange2/
丸の内ピカデリーにて初見(2022/5/7)


[粗筋]
 かつての恋人クリスティーン・パーマー(レイチェル・マクアダムス)の結婚式に参列したドクター・スティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、会場の外で暴れ回る巨大なヒトデのような怪物と、それに追われる少女に遭遇する。その少女は、前夜にストレンジが夢の中で、異次元空間を共に彷徨っていた少女と同じ姿をしていた。
 盟友である魔術師ウォン(ベネディクト・ウォン)の協力を得て辛うじて怪物を倒したストレンジは、何故追われていたのか、少女に事情を訊ねる。アメリカ・チャベス(ソーチー・ゴメス)というその少女は、異なるタイムラインを辿る並行世界――《マルチヴァース》を渡る特殊能力を持っていた。だが、その特殊能力を狙う悪霊に追われ、スペイン語を解する別世界のドクター・ストレンジとともに、悪霊に対抗しうる魔道書《ヴィシャンティの書》を求めてマルチヴァースを旅していた。しかし、書を手にする直前で最大の窮地を迎え、同行していたストレンジは死亡、アメリカはその遺体と共にこの世界に逃げこんだ。
 アメリカ曰く、夢はマルチヴァースの自分の体験を共有している、という説を、彼女の相棒だったストレンジは唱えていた。つまりこの世界のストレンジが前夜、夢に見たのは、マルチヴァースの彼が命を落とす瞬間だったのだ。
 悪霊を倒すためには、この世界ではお伽噺と捉えられていた《ヴィシャンティの書》が要る。アメリカは自身の力をコントロール出来ず、恐怖を感じたとき、ランダムに次元を越えてしまうので、自らの意思で《ヴィシャンティの書》がある次元に戻ることは出来ない。ストレンジは、かつて《アベンジャーズ》として共に世界を守った面々のなかでも、同じ魔術の世界に通ずる能力を持つワンダ・マキシモフ(エリザベス・オルセン)の協力を仰ぐことを考えた。
 ワンダは愛する者を立て続けに失ったあと、人里を離れ隠遁生活を送っていた。彼女に会いに行ったストレンジは、一連の悲劇が、彼の予測を超えて深刻な影響を及ぼしていたことを初めて知る――


[感想]
 本篇で長篇としては28作に達し、ドラマシリーズとしても作品世界を拡張する《マーヴェル・シネマティック・ユニヴァース》に属する作品は、次第に粗筋が書きにくくなってきた。先行作をある程度観ていないと把握しづらい事実があるばかりか、そこに絡めたサプライズも少なからず組み込まれるようになっている。初見の驚きを出来る限り削ぎたくない、と思っている私としては、どこまで書いていいのか非常に悩むのである。既にご覧になった方は、ここで粗筋を区切った心情をご理解いただけると思う。
 MCUとしての先行作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』によって開かれた《マルチヴァース》の扉は、そろそろ閉塞感に囚われつつあった作品世界に新たな可能性をもたらした。本篇は、“多元宇宙”というその発想が持つポテンシャルを存分に感じさせる、理想的な仕上がりだった。
 冒頭からいきなり、これまでのシリーズとは若干雰囲気の異なるドクター・ストレンジが登場し、橋渡しとなる異能力者アメリカ・チャベスの力によって、更に異なる世界のストレンジや仲間たちが現れる。MCU初体験で本篇を観ると、ひたすらに目まぐるしい展開に翻弄されるかも知れないが、ある程度接しているのであれば、既知のキャラクターの新しい顔、思いがけない姿に幾度も驚き、興奮を味わうはずだ。興を削ぎたくないので詳述は避けるが、中盤で登場する一団は、変化ばかりではなく、そのチョイス自体に注目していただきたい。これこそ、『ノー・ウェイ・ホーム』で開かれた《マルチヴァース》の扉の厄介さであり、魅力の真骨頂だろう。
 しかし本篇は、こうした趣向を安易なお遊びに留めることなく、『ノー・ウェイ・ホーム』とはまた異なるかたちで奥行きのあるドラマを構築している。やはり細かいことは触れないが、本篇でこの事態を招いた張本人が抱く感情の出所も、そして物語としての落とし所もまた、《マルチヴァース》という概念が成立させている。あの人物にこういう振る舞いをさせたことに不満を抱く向きがあるようだが、強すぎる力を持つ者は、しばしば闇に陥りやすく、そうした弱さとの対峙を描くこともヒーロー映画の1つの醍醐味だ。また他方で、いささか悲しい本篇の顛末も、《マルチヴァース》という概念があればこそ、の救いを留めている。可能性の無限の広がり、それ自体をMCUならではのヒーローたちのドラマとして昇華させたプロットは高く評価されるべきだろう。
《マルチヴァース》への深い干渉が出来るのも、ドクター・ストレンジが次元の壁を越える魔術の力を幾度も証明してきたからだが、この“魔術師”というモチーフは、ホラー的な表現との相性がいい。初の単独作『ドクター・ストレンジ』の監督を担当したスコット・デリクソンもホラー映画の演出で評価され抜擢されているが、あとを受けて本篇に起用されたサム・ライミも、20年前の『スパイダーマン』をヒットさせ、その後のヒーロー映画隆盛のきっかけを作った人物である以前に、『死霊のはらわた』で映画界に参入し、監督のみならずプロデューサーとしても継続的にホラー映画をリリースしてきた“申し子”のようなクリエイターだ。スコット・デリクソン監督以上に濃厚なホラー映画の作家性が、本篇では遺憾なく――というよりむしろ露骨なまでに発揮されている。
 たとえば、異世界における、《マルチヴァース》の事情を知らないある人物に訪れる恐怖の描き方など、まるっきりホラー映画だ。あからさまなまでの緊張感と様式美の濃厚なカメラワークにも興奮するが、圧巻はクライマックスのとある趣向だろう。なにせ明確な伏線が用意されているために、その意図が明確となった瞬間、往年のサム・ライミ作品に触れているひとなら確実にニヤリとしてしまうはずである。その後の描写も含め、まさにサム・ライミ監督の独壇場の趣さえある。これらがサム・ライミ監督が起用されたのちに彼自身の提案で採用されたのか、或いはその前、当初予定されていたスコット・デリクソン監督の準備段階で用意されていたのか、は謎だが、本篇を観たあとだと、いずれにせよ、これはサム・ライミ監督が撮るべき作品だった、と感じるはずである――それを是とするか非とするか、はひとによって意見は違うだろうけれど。
 マーヴェル作品は前々からわりあい作家性を尊重する傾向にあったが、ここ数年の作品は更にそれぞれの監督の個性が濃厚に反映されているように感じる。その最右翼はこれまで、『マイティ・ソー バトルロイヤル』のタイカ・ワイティティ監督だったが、本篇はもともとキャリアの豊かなサム・ライミが独創性を発揮した、という点でも、これからのMCU作品にとって大きな意味を持つ作品になるのではなかろうか。《マルチヴァース》の本格的な活用が始まった、というだけでなく、今後のシリーズにおける人材起用にも大きな変化を齎す1本なのかも知れない。
 なお、サム・ライミ作品のお約束とも言えるブルース・キャンベルもしっかり登場する。それも、物語に直接は関わらないくせにやたら印象が鮮烈な美味しい位置づけである。

 ところで本篇は、一部のハイスペック・スクリーンで3D版が上映されている。最近、個人的にお気に入りのDolby CINEMAでもこちらの3D方式を採用していたので、私もこちらのヴァージョンで鑑賞した。
 コントラストの表現力豊かなDolby CINEMAは、ホラー風味の強い本篇とも相性がいいようだ。咥えてサム・ライミ監督は、そのキャリアの中で3D作品の経験もある。決して過剰に3D効果をひけらかさず、自然に作品世界へと引き込む手段として活用しているのもまたさすがだ。
 一時期は海賊版対策としても持てはやされた3D版は、配信サーヴィスの普及によってめっきりと数を減らした。しかし、未だ家庭での3D作品鑑賞のハードルが高いなか、“映画館ならではの体験”としての付加価値はある。どうしても製作費が膨張するので、今後もそう頻繁にはお目にかかれないだろうが、マーヴェルやDCなど、一定の興収が望める規模の大きな作品には、積極的に3Dに取り組んで欲しい――供給されなければ、いずれ廃れてしまうから。


関連作品:
ドクター・ストレンジ
アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『ブラックパンサー』/『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』/『アントマン&ワスプ』/『キャプテン・マーベル』/『アベンジャーズ/エンドゲーム』/『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』/『ブラック・ウィドウ』/『シャン・チー/テン・リングスの伝説』/『エターナルズ(2021)』/『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム
スパイダーマン』/『スパイダーマン2』/『スパイダーマン3』/『死霊のはらわた 20周年アニバーサリー』/『スペル』/『オズ はじまりの戦い
1917 命をかけた伝令』/『GODZILLA ゴジラ(2014)』/『オデッセイ』/『シェイプ・オブ・ウォーター』/『スポットライト 世紀のスクープ』/『X-MEN:フューチャー&パスト』/『死霊のはらわた(2013)』/『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』/『かけひきは、恋のはじまり』/『フライト・ゲーム』/『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』/『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。
THE ONE』/『ドニー・ダーコ』/『スパイダーマン:スパイダーバース』/『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ

コメント

タイトルとURLをコピーしました