TOHOシネマズ新宿、入口のエスカレーター前に掲示された『ダンケルク』ポスター。
原題:“Dunkirk” / 監督&脚本:クリストファー・ノーラン / 製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン / 製作総指揮:ジェイク・マイヤーズ / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ / プロダクション・デザイナー:ネイサン・クロウリー / 編集:リー・スミス / 衣装:ジェフリー・カーランド / 音楽:ハンス・ジマー / 出演:フィオン・ホワイトヘッド、トム・グリン=カーニー、ジャック・ロウデン、ハリー・スタイルズ、アナイリン・バーナード、ジェームズ・ダーシー、バリー・コーガン、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィ、マーク・ライランス、トム・ハーディ / 声の出演:マイケル・ケイン / シンコピー製作 / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.
2017年アメリカ作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:アンゼたかし
2017年9月9日日本公開
2019年12月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|4K ULTRA HD & Blu-ray セット:amazon]
公式サイト : http://dunkirk.jp/
TOHOシネマズ新宿にて初見(IMAX版)(2017/09/20)
丸の内ピカデリーにて再鑑賞(Dolby Cinema版)(2020/08/13)
[粗筋]
1940年5月、フランス北部の港町ダンケルクで、トミー(フィオン・ホワイトヘッド)は懸命に走っていた。
ドイツ軍はダンケルクに後退したイギリス軍とフランス軍を包囲、全滅の窮地にある。フランス軍が懸命に防衛戦を張るなか、イギリス軍は撤退のために海岸に殺到していた。
地理的にはイギリスはドーヴァー海峡を挟んだ目と鼻の先、しかし大挙した兵士をいちどに収容する船舶を遅れない。辛うじて辿り着いた救難船も空襲を受け、桟橋を巻き込んで沈没してしまった。
策を弄して何とか船に乗り込んだトミーも、陸に戻らざるを得なかった。一緒に船に乗り込もうとした見知らぬ兵士(アナイリン・バーナード)と助け合いながらも、イギリス期間への道は見いだせずに居た。
6月4日、イギリス政府は遂に、フランスとの国境に面する港の民間船を接収し、イギリス兵の救出に向かう決断を下した。ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)も息子のピーター(トム・グリン=カーニー)と共に不要の荷物を港に下ろす作業をしていたが、イギリス軍が訪れる直前に翻意し、ダンケルクに向けて自ら出航した。居合わせていたジョージ(バリー・コーガン)という青年も飛び乗り、3人は救出へと赴く。
着々と進められる大規模な救出計画を支援するべく、イギリス空軍は3機の戦闘機スピットファイアを派遣する。だが、早い段階で隊長機が墜落、ファリア(トム・ハーディ)の機体も計器に損傷が生じてしまう。
そうしているあいだにも、ドイツ軍はフランス軍を圧倒、着々と包囲網を狭めつつある。果たして、何人がこの地獄の戦場を逃れられるのか――?
丸の内ピカデリー Dolby Cinmaスクリーン前のロビーにある大型モニターで上映されていた『ダンケルク』予告編映像。
[感想]
いわゆる《ダークナイト・トリロジー》で揺るぎのない地位を築き、『インセプション』に『インターステラー』と込み入ったSF的趣向と、CGに依存しないリアルな映像、そして心を震わせるサスペンスを盛り込んだオリジナル作品をヒットさせ、もはや唯一無二の存在になった感のあるクリストファー・ノーラン監督が、初めて史実をベースに撮った戦争映画である。
ノーラン監督の作品は、狙いを定めるとそこをストイックに突き詰めていくのがひとつの特徴だが、本篇においては、個人の過去や背景を掘り下げることを敢えて避け、1940年のダンケルクという、一歩間違えればあっさりと死の縁に落ちていく環境の緊迫感を描くことに徹している。
それ故に、おおまかに3つに分けられた視点のいずれも、誰がメインなのか、そしてどんな人物なのか、がしばし把握しにくい。特に、大勢が救援を待つ海岸で右往左往するトミーの物語は、その大勢にしばしば存在が紛れ込み、どこにいるのか解らなくなるほどだ。
もし人物像を掘り下げ、それらが事件と関わり他者と交わることで生まれるドラマに焦点を当てた作品と捉えれば間違いなく失敗だが、前述の通り本篇の狙いはそこにはない。むしろ、極限状況で露わになる人間のエゴ、平常時ならばあり得ないような言動が飛び出すところに注目しており、その意味ではリアルかつ独創的だ。
それが特によく解るのは、海岸で救援を待つ部隊がそれぞれに列を形成しているところに、メッサーシュミットが爆撃を仕掛けるくだりだ。接近する轟音が近づくのに会わせて順々に兵士たちが顔を上げていき、やがて悲鳴を挙げて無秩序に走り出す。投下された爆弾によって大勢が瞬く間に吹き飛ばされるが、戦闘機が飛び去ると、兵士たちは物言わぬ骸となった仲間たちに目もくれず、ふたたび海岸に向かって列を為すのだ。仲間の死より、一刻も早くこの地を去りたい、という剥き出しの欲求が、軍隊ならではの秩序のなかに示されるこの場面、観ていて戦慄が走る。
希望が見えては目前で崩壊、という過程が繰り返される絶望もさることながら、随所で垣間見える仲間意識やそこから派生する差別的な思考に、しばしばハッとさせられる。他の状況であれば、他者に対して思いやりを示し、自分よりも他人を優先すべき立場であるはずの軍人も、この場では民間人や他国の人間に対し冷淡になるのが恐ろしくも興味深い。自分が助かる選択肢を優先せざるを得ない、そんな状況のリアルが本篇には克明に織り込まれている。そのザラザラとした、鬼気迫る生命の躍動感は、好む好まざるとに関わらず、本篇の特筆すべき点であることは間違いない。
この、他者よりも自分を優先せざるを得ない状況、は運命のときの1日前に出航しダンケルクへと救援に向かったミスター・ドーソンの遊覧船の視点にも訪れる。漂流しているところをミスター・ドーソンたちに救われた英国兵(キリアン・マーフィ)は、砲弾を間近に浴びたショックで恐怖に駆られるあまり、非武装のままダンケルクへ向かおうとするミスター・ドーソンに引き返すよう要求する。彼の存在がきっかけとなって船内で演じられるドラマも、またこういう戦場ならではの不条理が強い印象を残す。
一方で、ある種の“癒やし”を与えてくれるのもこの遊覧船のパートだ。彼らもまた悲劇に見舞われるが、しかしそれでも戦地を目指し、救助に加わる姿が、興奮とカタルシスを増す。余裕のない陸上の兵士たちがエゴを剥き出しにするのに対し、この船内にいるひとびとがギリギリのところで示す心遣いや優しさが、じんわりと沁みてくる。
そしてそこに、空中から脱出を援護するスピットファイアのパートが更なるカタルシスを加味する。リアリティのある戦闘機の描写はそれだけでワクワクさせるものがあるが、いきなりの隊長機の喪失やこのパートの中心となるファリアの機体に生じた計器の故障、そしてコリンズ(ジャック・ロウデン)離脱のくだりなど、様々なピンチを迎えつつも、救出のため海岸へと殺到する船舶にすら攻撃の手を緩めないドイツ軍を倒していく様の爽快感は強烈だ。
ひとつ気懸かりなのは、特にこの空戦のパートに顕著だが、敵を倒していく快感が強すぎるが故に、観ようによっては戦争礼賛とも読み取れてしまうことだ――ただ、もし本気で本篇が戦争を肯定しているように映るなら、それはダンケルク陸上での過酷な描写を軽視しすぎている。あのパートは空戦の爽快感とは裏腹に、戦争という状況が人間の心に及ぼす醜い影響を着実に浮き彫りにしている。この作品を観たあとで戦争に希望を見出すひとは、たぶんあまりにも周りが見えていない。
ノーラン監督は撮影時のこだわりの強さと、映画ならではの独自性に満ちたアイディアで緊迫感のある作品をリリースしてきた。そんな彼としては史実に基づく本篇は異色とも言えるが、しかしその実、精神性は一貫している。特定の、実在の人物に寄り添うことで、ドラマとしての起伏を豊かにする、というのも一手だが、そこに留まることなく、敢えて人物像の個性を抑え、描写も最小限にすることで、圧倒的な臨場感を生み出そうとした。こういう作りが好みに合わない、というひとももちろんいるだろうが、そうした狙いから読み解く限り、やはり本篇もまたノーラン監督らしいこだわり、美学の貫かれた傑作なのである。
関連作品:
『メメント』/『インソムニア(2002)』/『バットマン・ビギンズ』/『ダークナイト』/『インセプション』/『ダークナイト ライジング』/『インターステラー』
『ヒッチコック』/『ワルキューレ』/『トランセンデンス』/『もうひとりのシェイクスピア』/『Black & White/ブラック & ホワイト』/『キングスマン』
『プライベート・ライアン』/『セントアンナの奇跡』/『フューリー』/『地獄の黙示録 ファイナル・カット』/『プラトーン』/『キプールの記憶』/『1917 命をかけた伝令』
コメント
[…] 先週土曜日、当初はハシゴする予定でしたが、スケジュールの確認ミスで2本目の開始が1本目の終了前になっており、既に1本目を押さえていたため断念せざるを得なかった。 […]
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