『地下室のヘンな穴』

ヒューマントラストシネマ有楽町、チケットカウンター手前に掲示された『地下室のヘンな穴』ポスター。
ヒューマントラストシネマ有楽町、チケットカウンター手前に掲示された『地下室のヘンな穴』ポスター。

原題:“Incroyable mais vrai” / 英題:“Incredible But True” / 監督、脚本、撮影&編集:カンタン・デュピュー / 製作:トマ・ヴェルアエジュ、マチュー・ヴェルアエジュ / プロダクション・デザイナー:ジョアン・ル・ボル / 衣装:イザベル・パネッティエ / 音楽:ジョン・サント / 出演:アラン・シャバ、レア・ドリュッケール、ブノワ・マジメル、アナイス・ドゥームスティエ、ロクサーヌ・アルナル / 配給:Longride
2022年フランス、ベルギー合作 / 上映時間:1時間74分 / 日本語字幕:高部義之
2022年9月2日日本公開
公式サイト : https://longride.jp/incredible-but-true/
ヒューマントラストシネマ有楽町にて初見(2022/9/8)


[粗筋]
 家探しをしていたアラン(アラン・シャバ)とマリー(レア・ドリュッケール)の夫妻は、郊外にある1軒の住宅を紹介される。ふたり暮らしにはいささか広すぎるし、庭に残されたボロボロの車が気になったが、ふたりは好印象を受けた。
 不動産業者はそんなふたりに駄目押しとばかり、この住宅最大の売りを得意げに紹介した。それは、地下室にある穴。蓋を閉めて、そこから梯子を下りると、何故か住宅の2階の穴から出られる。それだけではなく、穴を抜けるだけで12時間経過するが、その代わりに3日分だけ若返ることが出来る、という。
 住宅を購入し、引っ越してきても、当初アランは地下室に関心を持たないようにした。一方でマリーは心惹かれ、盛んにアランを誘って穴を通ろうとした。いつしかその穴の存在は、夫妻の生活を蝕んでいった――


[感想]
 とにかく本篇、粗筋が書きづらい。本筋だけで整理するとごくシンプルで、簡単に書き上がってしまう。だがその一方で、起きたことを時系列に添って記述しようとすると、様々なモチーフが絡んで厄介になってしまう。
 とりわけ困るのが、アランの上司で友人でもあるジェラール(ブノワ・マジメル)の《電子ペニス》の話である。本来のペニスを切除し、スイッチで硬さも太さも自由自在にコントロール出来る《電子ペニス》に変えた、という謎のエピソードが、本筋に毒々しい華を添えている。途中で起きるトラブルのためにアランに思わぬしわ寄せが来る展開があるとは言い条、ほとんど本筋と関連性のないこのエピソードは、随所で観る者をニヤニヤとさせるが、物語としての必然性を感じにくい。
 他方で肝心の、通ると12時間経過するが代わりに3日若返る穴、という設定も、充分に掘り下げている印象はない。なにせ、この穴を積極的に利用するのはマリーだけ、アランは若返りに興味がなく、マリーに促されても穴に入ろうとはしない。もし他の作り手が手懸けるなら、他に穴の特性に興味を抱く者、過去のエピソードを創出し、膨らませる、或いは掘り下げていくだろう。
 しかし、絞り込んでいるがゆえに、マリーが“穴”の魅力に取り憑かれていくさまが浮き彫りになる。なまじ、最も近くにいて、普通に生活する夫のアランがいればこそ、マリーの没頭ぶりは如実だ。最初は、腐ったリンゴを持ち込み、腐敗が元に戻るのにはしゃいだりする姿が描かれるが、やがて入り浸りになり、いつしか、同じ家にいながらアランの生活に登場しなくなる。滑稽だが、奇妙な哀愁の漂う光景だ。
 こうしたすれ違いは、詳細をぼかしながらも時間経過を積み重ね、気づくとアランとマリーの時間ははるかに隔たっていく。相変わらず自らの電子ペニスに翻弄される上司の問題とも相俟って、アランの人生はより哀感に満ちていく。一方で、必死に若返りを重ねるマリーも、しかしそれが自らの望み通りの結果を出さないことに苛立ち、次第に取り乱していく。
 たったひとつの家、そして奇妙な穴のもたらす影響が、喜劇と悲劇をないまぜにする。その異様な味わいと余韻は、ひとくちで表現するのが難しい。また、そこから明白な教訓やメッセージを読み取ることも容易ではない。しかし、無理にそうやって読み解く必要もないのだろう。この、他の物語では描きようのない奇妙な感覚と余韻こそが、本篇の魅力であり、唯一無二の娯楽性だ。
 一般的な観客が求めるような明快なオチ、腑に落ちるクライマックスはない。そのやたらとクセの強い内容は好き嫌いが大きく分かれそうだが、突出した個性と面白さに溢れた、不思議な魅力のある作品である。


関連作品:
ムード・インディゴ ~うたかたの日々~』/『陰獣
ファウンテン 永遠につづく愛』/『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』/『ディセント』/『テルマエ・ロマエ

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