新宿ピカデリー、エスカレーター脇の一画に展示された『神々の山嶺(いただき)』大型パネル。
原題:“Le Sommet Des Dieux” / 原作:夢枕獏[作]、谷口ジロー[作画](集英社・刊) / 監督:パトリック・インバート / 脚本:マガリ・プゾル、パトリック・インバート、ジャン=シャルル・オストレロ / 製作:ジャン=シャルル・オストレロ、ディディエ・ブリュネール、ダミアン・ブリュネール、ステファン・ローランツ / 共同製作:ティボー・ルビー / 美術監督:ダヴィッド・コカール=ダッソー、ミカエル・ロベール / 編集:カミーユルヴィス・テリ、ベンジャミン・マソーブル / 音楽:アミン・ブハファ / 日本語吹替版声の出演:堀内賢雄、大塚明夫、逢坂良太、今井麻美、山本兼平、亀山雄慈、新川愛実、喜多田悠、時永ヨウ、中村太志、藤田幹彦、MAKIKO、桝谷尚樹、松田悠人、満山祥吾、本橋隼、渡邉允瑠 / 配給:Longride×東京テアトル
2021年フランス、ルクセンブルク合作 / 上映時間:1時間34分 / 吹替翻訳:光瀬憲子
2022年7月15日日本公開
公式サイト : https://longride.jp/kamigami/
新宿ピカデリーにて初見(2022/7/26)
[粗筋]
雑誌で自然写真を寄稿しているカメラマン、深町誠(堀内賢雄)は。取材で訪れていたネパールのカトマンズで、登山家の羽生丈二(大塚明夫)を目撃する。彼は、深町に伝説の登山家ジョージ・マロリーのカメラと称するものを売りつけようとしていた男から、そのカメラを取り返していた。深町は呼びかけたが、羽生は逃げるように去っていった。
ジョージ・マロリーは1924年、エヴェレストへの挑戦のさなかに消息不明となった。記録された写真ではその胸許に、確かに男から深町が見せられたベスト・ポケット・コダックがぶら下がっていた。記録上、人類が初めてエヴェレストの頂に達したのは1953年だが、もし問題のカメラにマロリーが登頂した証拠が残っていれば、山岳史は塗り替えられる。もはや過去の人となっていたが、エヴェレストを攻略する実力を備えた羽生が手にしていたことで、深町は歴史的発見の可能性を見出す。編集部の許可を得て、深町は羽生の行方を捜し始めた。
羽生はかつて、黒内の難所を次々に踏破していった、注目の登山家だった。初期はチームで活動していたが、経験の少ないメンバーとの連繋を嫌い、いつしか孤立して、単独行が中心となっていった。
最後に羽生がパートナーを伴ったのは、北アルプス穂高連峰の屏風岩に臨んだときだった。チームではもはや唯一、羽生を慕っていた若手の岸文太郎(逢坂良太)に懇願され、急遽同行を許した。登攀は順調だったが、途中で文太郎は滑落、羽生がザイルで辛うじて吊していたが、既に足場まで登りきる力を失っていた文太郎は自らザイルを切り、断崖の底へと消えていった。
この1件により完全に孤立した羽生は、世界を代表する難所であっても単独で臨むようになる。稼ぎのなかから一部を文太郎の姉・涼子(今井麻美)に送金しながら、彼より遅れて頭角を顕した登山家・長谷常雄(亀山雄慈)と競い合って、世界の難所を攻略し続けた――
[感想]
国際的に人気の高い漫画家谷口ジローは、精密繊細な表現に特徴がある。漫画的な要素を残しながら、行き届いた観察に基づく画面はもはや真似しがたい。その作風故に決して執筆のペースは速くなく、そして神経を削りすぎたせいか、早く亡くなったことが惜しまれる。
ことフランスでの評価が高く、夢枕獏による原作小説は現地で訳出されていないにも拘わらず、谷口ジローによる漫画版は翻訳され、熱狂的に支持されていたらしい。そうして、谷口ジローのタッチを用いたアニメ版が、遠くフランスにて製作されたわけだ。
むろん完璧にその通りの絵ではない。しかし、その作品を知る人なら感激するくらいに、谷口ジローの絵が動いている、と思える作りである。原作よりも確実に線は省略されているが、それでもトーンは確実に踏襲し、それを自然に動かしている。こちらもあえて描線を過剰にせず、水彩画のように描いた背景と巧みに一体化しており、全篇が優れた美術の様相を呈している。物語など無視しても、この映像だけで一見の価値はある、と言い切れるほどだ。
しかしドラマとしても間違いなく優れている。視点人物となるカメラマン・深町がエヴェレスト登頂の拠点となる街で偶然見かけた、かつての名アルピニスト・羽生の奇妙な行動、その背後に疑われる、山岳史を変えるかも知れない証拠の存在。自身も登山家である深町が特ダネを狙い、行方をくらましている羽生の過去から手繰っていく。
発端の謎はひとつの特ダネだが、この辺りから物語は、羽生が失踪するに至る背景を巡る謎解きの様相を呈していく。はじめから独善的な一面のあった男が、他者との関わりを断って消えた理由は何か? 彼が、深町の追い求める証拠と遭遇した謎を遠くに揺らめかせながら、物語はひとりのアルピニストの孤独な葛藤を、記録や関係者の言葉から紐解いていく。
そうして浮かび上がるのは、登山家に対して誰もが普通に抱く疑問であり、それに対する、普遍的とも言える答だ。実体としてそこに答はない、と捉えて居心地の悪さを味わうひともあるだろうが、多くの観客は羽生、やがては深町が辿り着く結末が腑に落ちるはずだ。冒険の中での謎解きを主題としながら、むしろその謎を謎のままに内包していく終焉は、登山家特有の境地を的確に描きながら、登山に興味のなかったものさえ呑みこんでいく。
一種哲学的でさえあるこの結論が頷けるのは、省略しながらも雄壮な映像が備える説得力があればこそ、だろう。広大で懐が深く、根源的な恐怖をもたらすと同時に、強烈にひとを魅了する山々の数々を、それこそが主役なのだ、と言わんばかりのクオリティで描き出したから、本篇は共感を呼び、観る者をも惹きつける――自分でも山を登りたくなるくらいに。
関連作品:
『陰陽師』/『陰陽師II』
『アイの歌声を聴かせて』/『映画大好きポンポさん』/『青鬼 THE ANIMATION』
『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』/『アイガー・サンクション』/『劔岳 点の記』/『クライマーズ(2019)』/『映画 ゆるキャン△』
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