『メグレと若い女の死』

新宿武蔵野館、エレベーター正面に掲示された『メグレと若い女の死』ポスター。
新宿武蔵野館、エレベーター正面に掲示された『メグレと若い女の死』ポスター。

原題:“Maigret” / 原作:ジョルジュ・シムノン(早川書房・刊) / 監督:パトリス・ルコント / 脚本:パトリス・ルコント、ジェローム・トネール / 製作:ジャン=ルイ・リヴィ / 撮影監督:イヴ・アンジェロ / 美術:ローク・シャヴァノン / 編集:ジョール・ハシェ / 衣装:アニー・ピエール / 音楽:ブリュノ・クレ / 出演:ジェラール・ドパルデュー、ジャド・ラベスト、メラニー・ベルニエ、オーロール・クレマン、ピエール・モウレ、アンドレ・ウィルム、クララ・アントーン / 配給:Unplugged
2022年フランス作品 / 上映時間:1時間29分 / 日本語字幕:手塚雅美
2023年3月17日日本公開
公式サイト : https://unpfilm.com/maigret/
新宿武蔵野館にて初見(2023/3/23)


[粗筋]
 1953年のフランス、パリ。モンマルトルにあるヴァンティミーユ広場で、若い女性の屍体が発見される。5つもの刺創により血にまみれたイヴニングドレスはシルクの上質なものだが、アクセサリーは紛い物か安物、バッグの中にも僅かなものしか入っておらず、靴はほぼ履きつぶされている。そのいでたちはアンバランスだった。
 パリ警視庁の捜査官・メグレ警視(ジェラール・ドパルデュー)は部下たちを聴き込みに駆り立てながら、自らも歩き回り、死者の身許を調査した。
 死者が着ていたドレスは数年前、オーダーメイドで仕立てられた高級品だったが、その後、貸衣装店に持ち主が変わっていた。貸衣装店の店主は同情から被害者にドレスを貸し、服装を整えてやったが、素性は確認していないという。
 非力で怯え、都会に居場所のない女、という、この時代のパリには決して珍しくなかった被害者の心情を、メグレ警視は僅かな手懸かりから感知し、その足跡を辿っていく。果たして彼女はどのように生き、なぜ殺されなければならなかったのか……?


新宿武蔵野館ロビーに展示された『メグレと若い女の死』イメージ。
新宿武蔵野館ロビーに展示された新宿武蔵野館ロビーに展示された『メグレと若い女の死』イメージ。


[感想]
《メグレ警視》シリーズはフランス文学界の伝説、ジョルジュ・シムノンが著したミステリ小説である。長篇短篇合わせると100篇に及ぶエピソードが存在し、幾度となく映像化もなされている。本邦においても多くの作品が訳出されているが、近年は現役で市場に並ぶ作品が少ないので、名前しか知らない、そもそも聞いたこともない、という方も珍しくないだろう。《名探偵コナン》に登場する目暮警部の名前の元ネタ、と言ったほうが伝わりやすいかも知れない。本篇もまた、映画の日本公開に合わせて新訳版が刊行されるまでは、一般書店では眼にしなかったタイトルだ。
 私は律儀にこの新訳版を予習してから映画本篇に臨んだのだが、実のところ、原作とこの映画とでは、犯行手段も犯人も動機もすべて異なっている――それではまるで別物ではないか、とツッコまれるかも知れないが、しかし私自身、原作を読んだあとに感じたことだが、そういう脚色の仕方が許される作品だ、と思った。実際の映画本篇を観たあとでも、その印象は変わっていない。
 事実、犯罪そのものの本質は変わっても、主人公であるメグレ警視の捜査における眼差しは原作から一貫している。物証や、犯行現場付近での目撃から犯人を追うのではなく、被害者がどのような人物であるのか、にひたすら注目しているのだ。
 映画においては、プロローグ部分でのちの被害者となる女性が亡くなる直前までの断片的な映像が示されるので、既に観客のなかにぼんやりとしたイメージが出来るようになっているが、そういう手懸かりのないメグレは、服装や所持品から被害者の行動を遡っていく。そうしてじわじわと、しかし確かに被害者の人物像が浮かび上がっていくさまは、れっきとしたミステリ、それも貫禄を感じさせる佇まいだ。
 1953年のまだ古い手法で捜査されているせいもあるだろうが、この貫禄、風格には、メグレという個性的な風貌と、重みのある人物像が寄与するところも大きい。原作の描写では身長は180cm以上、体重は100kg以上、という堂々たる体格で、咄嗟にイメージされる風貌はまさにジェラール・ドパルデューそのものだ。そして自身も俳優として優れたキャリアを積み重ねてきたドパルデューの、決して感情を荒立てず、静かに被害者の痕跡を辿る姿の堂々たる存在感が素晴らしい。決して派手なことは起きていないのに、見応えがある。
 それにしても、本篇で次第に浮き彫りになっていく被害者の人物像は、実に儚く切ない。不自然に立派なイヴニングドレスと、やたらみすぼらしい所持品とのコントラストが既に、恵まれた境遇でないことを物語っているが、メグレの捜査というかたちで間接的に描き出される被害者の素顔は、息苦しくなるほどだ。
 映画における出色のひと工夫は、ここにベティ(ジャド・ラベスト)というオリジナルキャラクターを加えた点だ。関係者としてではなく、捜査の途中でたまたま万引きしているところを目撃してしまったメグレがそれを止める、という格好で登場する彼女は、そこまでで既に描かれた被害者の人物像に重なる点が多い。その後の言動には、被害者と違う逞しさも窺えるが、だが彼女の存在、その視点を通すことで、被害者の置かれていた過酷な境遇、どうしようもない孤独感が更に明瞭になっていくのである。
 タイトルが『メグレと若い女の死』となっているのは伊達ではない。本篇は、身許不明の被害者を、既に亡くなっているにも拘わらず明瞭に描き出していく過程こそに関心を置いている。そして彼女やベティ、捜査の過程で登場する他の登場人物たちの言動を通して、この当時のパリ――都会を目指す若い女性達の、象徴的な人物像を描き出しているのだ。そして、そうして明瞭になった彼女たちの姿には、時代が変わったとは言え、未だにある種の“幻想”に縛られ続ける現代の女性の苦しさ、生きづらささえも垣間見える。そういう見方をしていくと、原作から大きく変更された犯人像も象徴的に機能しているのだからそつがない。
 正直に言えば、犯人像やクライマックスの追求の仕方には不満があるのも事実だ。本篇の描写ではまだ“詰め”が足りていないし、メグレが切札として用いた手段は、現代ならむろん、当時でもだいぶ危険の高いものだろう。映画の見せ場としては効いているし、思慮めいた台詞もちりばめられているが、それでも引っかかりを覚える観客は少なくないのではなかろうか。何よりも気になるのは――と、これは完全にネタばらしになってしまうのでさすがに控えるが、私はこの点について、映画を観ながら小声でツッコんでいた、とだけは申し添えておく。
 だが、前述したように、本篇の主眼は決して謎解きや犯人像、犯行の特異性ではなく、当人の露出を最小限に被害者の人物像を炙り出し、その向こう側に当時の、“都会”に夢を見る女性の孤独や苦悩を描き出した点にこそある。そして、そこに威厳と節度のある足取りで踏み込んでいき、自らも悲しい過去や健康上の不安を覗かせながらも寄り添い、手を差し伸べていくメグレの、人間味溢れる“探偵”の存在があることで、他とは異なりながらも確かなミステリ映画の妙味を堪能させてくれるのだ。
 どうしても細かな違和感がつきまとうため、傑作と呼んで多くの人に躊躇なく薦める、ということはしづらいのだが、間違いなく見応えのある、滋味に溢れたミステリ映画である。


関連作品:
ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』/『ヴィドック』/『あるいは裏切りという名の犬』/『いずれ絶望という名の闇』/『ガーゴイル
ティファニーで朝食を』/『アメリ』/『灼熱の魂』/『ガールフレンド・エクスペリエンス

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