TOHOシネマズ上野、スクリーン6入口脇に掲示された『ナイトメア・アリー』チラシ。
原題:“Nightmare Alley” / 原作:ウィリアム・リンゼイ・グレシャム(早川書房・刊) / 監督:ギレルモ・デル・トロ / 脚本:ギレルモ・デル・トロ、キム・モーガン / 製作:ギレルモ・デル・トロ、J・マイルズ・デイル、ブラッドリー・クーパー / 撮影監督:ダン・ローストセン / プロダクション・デザイナー:タマラ・デヴェレル / 編集:キャメロン・マクラクリン / 衣装:ルイス・セケイラ / キャスティング:ロビン・D・クック / 音楽:ネイサン・ジョンソン / 出演:ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、デヴィッド・ストラザーン、ロン・パールマン、マーク・ポヴィネッリ、ピーター・マクネイル、リチャード・ジェンキンス、ホルト・マッキャラニー、ポール・アンダーソン / ダブル・デア・ユー製作 / 配給&映像ソフト発売元:Walt Disney Japan
2021年アメリカ、メキシコ、カナダ合作 / 上映時間:2時間30分 / 日本語字幕:松浦美奈
2022年3月25日日本公開
2022年6月22日映像ソフト日本最新盤発売 [Blu-Ray + DVD Video|4K ULTRA UHD + Blu-ray Disc]
公式サイト : https://searchlightpictures.jp/movie/nightmare_alley.html
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/4/14)
[粗筋]
父が死に、天涯孤独となったスタントン・“スタン”・カーライル(ブラッドリー・クーパー)は家を離れ、長距離バスで旅に出た。終点で降りたスタンは、同じくバスを降りた小人症の男を尾行するうちに、カーニヴァルの会場に辿り着く。そこでは大型の遊具と共に多くの見世物が披露されており、スタンは好奇心から、《獣人》と呼ばれるショーを観覧する。
成り行きから会場の撤収を手伝ったスタンは、興行主のクレム・ホートリー(ウィレム・デフォー)に誘われ、キャラヴァンに同行した。
最初は雑用をしていたスタンは、ジーナ(トニ・コレット)と親しくなったことで、彼女が担当する読心術のショーを手伝うことになった。トリックを手伝うジーナの夫・ピート(デヴィッド・ストラザーン)もかつては一流ホテルにも招かれてショーを催すほど凄腕の読心術使いだったが、いまや酒に溺れ、見る影もない。ピートが大切に携える、往時の技のからくりをまとめたノートにスタンは関心を抱くが、ピートは決してすべてを披露しようとはしなかった。
それでもピートとジーナから教えられた技を用いたスタンは、自分に読心術のショーの才能がある、と感じ、やがて大きなショーに立つ、という野望を抱きはじめる。
ある日、ピートが急逝した。それを機に、スタンは以前から惹かれ合っていたモリー(ルーニー・マーラ)を伴い、一座を抜ける。スタンの荷物には、ジーナから譲り受けた、ピートのノートが入っていた。
それから2年後、スタンはピートの技術を応用した読心術と、生来のカリスマ性を活かし、憧れていたとおり一流ホテルでショーを催すまでになる。モリーの補助は決して満足のいくものではなかったが、芸人としての暮らしは順調だった。
しかし、あるショーで、ひとりの奇妙な女が横槍を入れてきた。持ち前の観察力と度胸で切り抜けたスタンだったが、その女――リリス・リッター(ケイト・ブランシェット)との出会いが、スタンに更なる野望を抱かせた――
[感想]
ギレルモ・デル・トロ監督といえば、“異形”への愛ある目線が紡ぎ出すグロテスクで美しい映像と、哀愁を帯びたストーリーテリングが魅力だ。『パシフィック・リム』でロボットアニメ、怪獣映画へのリスペクトを全力で解き放ったりもしたが、アカデミー賞に輝く『シェイプ・オブ・ウォーター』を頂点として、作家性に富んだダーク・ファンタジーを好んで手懸けてきた。
そう考えると本篇は、粗筋だけで語るとやや意外に感じる。舞台は見世物小屋だが、内容はおおむねインチキ。“奇形”と呼ばれた人々の姿もあるが、描かれているのはファンタジーというより、その世界を人々に届ける娯楽の内幕だ。予言はチープなマジックの援用、特異な個性を持つパフォーマーも、書き割りや小細工を使った紛い物に過ぎない。そこにふらりと潜り込んだ男の目線から、男が狡猾に立ち回る姿を描いていく。
だが、実際にスクリーンに展開するヴィジュアルは、まさにギレルモ・デル・トロの世界観そのものだ。表の世界から弾き出された“異形”の者たちが、自らの構築した“怪奇”の空間を愉しげに跳梁するさまは、現実でありながらも極めて空想的だ。そもそもは虐げられた人びとの世界であるために、部屋も衣裳も薄汚れ、とうてい清潔には映らないが、そこには確かなロマンが滲んでいる。本邦の江戸川乱歩の物語に近い雰囲気だ。
違うようでいつものデル・トロ作品の香気を大いに纏った本篇で語られるのは、ひとりの男のピカレスクである。登場のときから過去を伏せたままの主人公は、表面こそ要領よく振る舞っているが、随所で闇を覗かせる。起用に他人に取り入り、その秘密や絡繰りに接して利用し、段階的に成功を収めていくが、そこには常に危うさがつきまとう。それが、ある人物との出会いを契機に、男を悪夢へと導いていく。
超現実的要素はほとんどないが、しかし一歩ずつ深い闇へと踏み込んでいくような描写は、デル・トロ監督のホラー、ファンタジー映画に近い幻想的な感覚をもたらす。移動サーカスの猥雑だが非現実感に富んだヴィジョン、ケイト・ブランシェット演じる女との接触が、緊迫感とともにもたらす、幻影じみた感覚は、不気味だが奇妙な魅力に満ち満ちている。主人公スタンが、まるで蜘蛛の巣に囚われるかのように嵌まっていくのも頷けるほどに、その空気は蠱惑的だ。
物語はある意味で暗澹たる結末を迎えるのだが、しかし不思議なことに、奇妙な清々しさがある。恐らくその顛末が、物語の過程で既に暗示された運命のようなものであり、観る者を魅了するその世界の中に取り込まれるにも等しい終幕は、悲惨でありながらも陶酔に似た感覚をもたらすがゆえだろう。
決してファンタジー的な要素に頼ることなく、ギレルモ・デル・トロ監督が自らの作家性を存分に発揮した、その作風の成熟を窺わせる傑作である。
関連作品:
『クロノス〈HDリマスター版〉』/『デビルズ・バックボーン』/『ブレイド2(2002)』/『ヘルボーイ』/『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』/『パンズ・ラビリンス』/『パシフィック・リム』/『クリムゾン・ピーク』/『シェイプ・オブ・ウォーター』
『運び屋』/『オーシャンズ8』/『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』/『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』/『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』/『ノマドランド』/『ドライヴ』/『キングコング:髑髏島の巨神』/『アイス・ロード』/『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』
『天井棧敷の人々』/『エレファント・マン 4K修復版』/『マーダー・ライド・ショー』
コメント