『ノマドランド』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン6入口脇に掲示された『ノマドランド』チラシ。
TOHOシネマズ新宿、スクリーン6入口脇に掲示された『ノマドランド』チラシ。

原題:“Nomadland” / 原作:ジェシカ・ブルーダー『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(春秋社・刊) / 監督、脚色&編集:クロエ・ジャオ / 製作:フランシス・マクドーマンド、ピーター・スピアーズ、ダン・ジャンヴェイ、クロエ・ジャオ、モーリー・アッシャー / 撮影監督&プロダクション・デザイナー:ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ / 衣装:ハンナ・ピーターソン / 音楽:ルドヴィコ・エイナウディ / 出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、スワンキー、ボブ・ウェルズ / 配給:Walt Disney Japan
2021年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:牧野琴子
2021年3月26日日本公開
公式サイト : https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html
TOHOシネマズ新宿にて初見(2021/3/30)


[粗筋]
 採掘所を営む企業が倒産したことで、ファーン(フランシス・マクドーマンド)が暮らしていたネバダ州のエンパイアという街は機能不全に陥った。やがて郵便番号も停止、ファーンは亡き夫と暮らした思い出の家を離れるほかなかった。
 ファーン残されたヴァンを改造、そのなかで生活出来るようにし、僅かな荷物を載せて旅立った。最初に向かったのは、Amazonの流通拠点。折しもクリスマスを間近にして激増した荷物を捌くため、Amazonは付近のオートキャンプ場に枠を設け、ファーンのように自動車で移動しながら生活するひとびとを招き雇い入れていた。
 やがてファーンはリンダ(リンダ・メイ)という女性と親しくなった。まだ車上生活を始めて間もないファーンに、リンダは《RTR》という集会を紹介する。ヴァンで各地を旅しながらのシンプルな暮らしを提唱するボブ・ウェルズ(本人)が主導し、彼らと同様に車上生活を送るひとびとが交流、互いの蓄積したノウハウや必要物資をやり取りする、というものだった。
 家を失っても、他人を頼るつもりのなかったファーンは当初、乗り気ではなかったが、Amazonのあとの仕事を掴むことが出来なかった迷いから、《RTR》の会場であるアリゾナ州クォーツサイトへと赴いた……


[感想]
 各地をRVなどの自家用車で移動し、日雇い、短期雇用の職を渡り歩いていく――という生活スタイルは、広大な駐車スペースを確保しやすいアメリカという国ならでは、だと思う。日本のように国土が狭く都市が細かな区割りになっているとか、或いは内外に紛争の発生している国では成り立つまい。
 だから、ここで描かれているような現実はアメリカ特有と推測出来るのだが、しかし、そうして《ノマド》と呼ばれるようになった経緯や、その暮らしぶりには、国境を越えるリアリティと共感がある。
 土地を転々として、主に肉体労働が中心となる短期雇用に従事する、というのは、体力のある若者のほうが多そうだが、本篇でもはっきりと示されているように、高齢者が多いらしい。奇妙に感じられるが、しかし物語を追っていくと次第に頷けてくるし、異国の人間が本篇を観ても、その成り行きには頷けるものがある。余計な説明を省いているのに、しっかりと伝わる語り口の練度が高い。
 そして、ひとくちに《ノマド》と言っても、その背景は千差万別だ。本篇の主人公のように職も住居も失ったことがきっかけの者もいれば、人生最期のときに敢えて流浪の道を積極的に選んだ者もいる。天涯孤独となった者もいれば、身内がいても何らかの理由で頼れない、頼りたくない者もいる。劇中、そんな様々な《ノマド》たちがファーンの前に現れては、また自分の旅へと去っていく。その出会いと別れの繰り返しは物悲しくも、不思議と清々しい。この異様なまでの説得力は、フランシス・マクドーマンドやデイヴを演じたデヴィッド・ストラザーンといった著名なキャストを除いた《ノマド》がすべて本物であることにも因っているのだろう。ストーリーやファーンとの関わりは虚構でも、恐らくその人生に偽りはない。
 彼らが旅をする理由はしばしば深刻だが、その一方で、行きたいところへ行き、様々な絶景に触れることの出来る生き方が羨ましく見えてしまうのも事実だ。そして本篇の映像は、その体験の素晴らしさを疑似体験させる。移動は過酷だし、道中に体調を崩せば大変だが、あの雄大な光景に接することが出来るなら、それもまた悪くない、と思えてしまう。
 客観的に言って、ファーンたちのような《ノマド》の生き方には不安がつきまとう。いつまでも旅を続けられるはずもなく、帰るあてがある者はいつか荷物を下ろすだろうし、そうでなければ、いつかどこかで野垂れ死んでも不思議はない。だが、たとえ《ノマド》でなくても、人生の先が見通せないことにさほど変わりはなく、やがて息絶えることも必定なのだ。だとすれば、彼らの生き方に不安があるとしても、間違いである、とは誰にも言えない。或いは彼らも、多様化を許容する社会を象徴する存在と言えるのかも知れない。
 本篇にも、現実を生きていく苦しみは横溢している。しかし、そんな中にある、己の過去、人生とまっすぐ向かい合い突き進んでいく力強さが、観る者をも刺激せずにおかない。忘れがたい傑作である。

 それにしても本篇、排泄のシーンがけっこう赤裸々に挿入されていることに驚く。
 確かに、自家用車に乗って旅を続けている以上、そうしたトラブルを省いて描くのは不自然ではあるが、思わず度胆を抜かれてしまう。そしてそれを堂々と演じきったフランシス・マクドーマンドには、ただただ敬服するほかない。


関連作品:
プロミスト・ランド』/『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ
アベンジャーズ』/『イントゥ・ザ・ワイルド』/『グラン・トリノ』/『ミナリ

コメント

  1. […] 『ノマドランド』 『嗤う分身』/『1917 […]

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