『沈黙のパレード』

TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口前に掲示された『沈黙のパレード』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口前に掲示された『沈黙のパレード』チラシ。

原作:東野圭吾(文春文庫・刊) / 監督:西谷弘 / 脚本:福田靖 / 撮影:山本英夫 / 照明:小野晃 / 美術:清水剛 / 装飾:田口貴久 / VFXスーパーヴァイザー:田中貴志 / 編集:山本正明 / 音楽:菅野祐悟、福山雅治 / 主題歌:KOH+『ヒトツボシ』 / 出演:福山雅治、柴咲コウ、北村一輝、飯尾和樹、戸田菜穂、川床明日香、出口夏希、田口浩正、岡山天音、酒向芳、モロ師岡、津田寛治、村上淳、吉田羊、檀れい、椎名桔平 / 制作プロダクション:geek sight Inc. / 配給:東宝
2022年日本作品 / 上映時間:2時間10分
2022年9月16日日本公開
公式サイト : https://galileo-movie3.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/9/24)


[粗筋]
 2017年、菊野という街で催されたコンテストのステージに、並木佐織(川床明日香)は立っていた。観客も審査員も魅了したその歌声は、彼女に明るい未来を用意した――はずだった。
 その5年後となる2022年、佐織の葬儀が催された。3年前に忽然として行方をくらました佐織は、菊野から遠く隔たった静岡県で、出火した一軒家から発見された。捜査陣に加わった警視庁捜査一課の刑事・内海薫(柴咲コウ)らは背景を調査し、一軒家の住人であり、火災により焼失した老婦人の息子が、11年前に発覚した事件の容疑者として告訴された蓮沼寛一(村上淳)という男であったことから、捜査はにわかに不穏な様相を呈する。11年前の事件でも極めて容疑は濃厚だったが、蓮沼は裁判まで完全黙秘を貫くことで殺人容疑での追及を免れ、公訴時効間近だった死体遺棄の容疑でのみ罰を受けた。
 警察の予想通り、今回も蓮沼は完全黙秘を通した。しかも今回は、殺害されたと思われる失踪時から3年が過ぎ、死体遺棄の公訴時効も過ぎている。前回と同じ轍を踏むことを恐れた上層部は、蓮沼を起訴保留として釈放してしまう。
 むろん、佐織の遺族やその隣人達が納得するはずもない。だが蓮沼は、近所に住んでいるから、という理由で、佐織の父・祐太郎(飯尾和樹)と母・真智子(戸田菜穂)が経営する居酒屋にのうのうと姿を現した。激昂する人びとに、蓮沼は冷笑を浮かべて立ち去っていく。
 それから間もなく、蓮沼は身を寄せていた元同僚・増村栄治(酒向芳)の生活する倉庫で死亡しているのが発見された。その日は、菊野で毎年開催されるパレードが街を埋めつくしており、街外れにある倉庫までの往来は難しい。警察は並木夫妻や、祐太郎の友人・戸島修作(田口浩正)など、佐織の事件で蓮沼に怨みを抱く人物を中心にアリバイを調べるが、犯行が可能だった人間は見つからない。そもそも、外傷も抵抗した痕跡すらもない蓮沼は、いったいどのように殺害されたのか?
 内海は、物理学者の湯川学(福山雅治)に助力を求めた。帝都大学で教授を務める湯川は草薙の古い友人であり、いまもときおり警察の求めに応じて捜査に協力している。何故そのような現象が起きるのか、に関心を抱く湯川は、専門外の内容には興味を示さないことが多いが、今回は積極的に乗りだしてきた。
 湯川の怜悧な頭脳はやがて、多くの人間の思惑が入り乱れる複雑な背景を解きほぐしていく――


[感想]
 東野圭吾のシリーズ作品を原作に、まずはテレビドラマからスタートし、ドラマシリーズは2期、劇場版も2作品公開され、その都度好評を博した《ガリレオ》シリーズの、実に9年振りとなる最新作である。
 どうしてこれほど間隔が開いたのかは知らないが、いい意味でブランクを感じさせず、だが時の経過も無視していない、バランスの取れた作り方をしている。
 これまではドラマシリーズは短篇をベースに、ミステリの醍醐味を盛り込みながらも軽快なタッチで描き、長篇を元とする劇場版はより謎解きの複雑さとドラマとしての深みを重視した表現を、という形で区別している印象があったが、本篇は謎解きとしての深さを意識しながら、一部でテレビシリーズの軽快な演出も若干採り入れている。従来はドラマシリーズの放送を経て劇場版が封切られる、という流れを作っていたが、今回はやや長い空白があったうえ、ドラマシリーズは製作されていない――劇場版の公開に先んじて、地上波で2時間スペシャル『禁断の魔術』が放送されたが、本篇含む2作の劇場版と同様《ガリレオ》シリーズの長篇小説に基づいているので、事実上、劇場版に合わせて製作されたもうひとつの劇場版と言っていいだろう。それゆえに、より多くの人に観てもらうことを志すべき本篇で、テレビシリーズのカラーを採り入れたのかも知れない。如何にも《ガリレオ》シリーズらしさの滲む、犯行のトリックを再現するシーンは、ドラマシリーズに接してきた人なら嬉しくなるはずである。
 だが全体で描かれる事件やその背景は、これまでの劇場版と同じく、否、それ以上に重い。すべてのきっかけとなる事件は女子高生・並木佐織が殺害された事件、しかし明らかに真犯人である、と目された人物、蓮沼寛一は、完全黙秘を貫くことで有罪を免れた。しかも蓮沼は釈放された後も遺族らの前に現れ、挑発的な言動に及ぶ。そんな中で蓮沼が殺害されるのだ。当然のことながら疑惑の目は遺族や親しい人々に向けられるが、しかしそこで過去の傷が掘り返されるのは警察もまた同様だ。とりわけ、佐織と近しい手口で行われた過去の殺人事件の捜査にも携わり、二度までも蓮沼を追求しきれなかった刑事・草薙にとって、遺族の言葉すべてが矢のように突き刺さる。これほどヘヴィな導入もなかなかない。
 故に、そこにテレビシリーズの“軽さ”を少しであっても持ち込んだのはかなりの果断なのだ。ここで決して不自然さを醸し出さず、絶妙な匙加減で組み込めるのは、スタッフとキャストが完成させた、作品世界を構築するノウハウが、9年を経ても失われていないことを意味する。シリーズという基盤があってこそ本篇は生まれており、それを今なお大事にしていればこそ、の作品である、と作り手が理解している証左だろう。だからこそ、いい意味での安心感がある。
 そして、物語はそこにミステリであればこそ、の過酷な真実と、あまりにも辛い選択を突きつける。極めて込み入った仕掛けに、更なる解明を組み込む精緻さはさすが東野圭吾作品という趣だが、本篇はその重量感もまた先行するふたつの劇場版以上だ。
 率直に言えば、本篇はそもそも展開に無理があることも否めない。たとえ完全黙秘を貫こうと、ある程度の証拠が固まっていれば有罪は免れ得ない。それが同時に冤罪を招きかねない温床であるのも事実だが、本篇の場合、その事実も折り込み済みで謎を構築している――如何せん、真相に抵触してしまうので、これ以上は深く語れないのがもどかしいが、連鎖していく罪と罰の悲劇が怒濤のように押し寄せてくるドラマと直結する発想は出色だ。
 これほど苦悩に満ちた物語で、結末も苦々しいが、決して余韻は悪くない。顛末はあまりにも切ないが、湯川達が最善を尽くしたがゆえに、この結末にあっても清々しさが滲んでいるのだ。物語が登場人物たちに残した傷は深いが、しかし少なくとも、幾人かは苦しみから解き放たれ、禍根は確実に減っている。
 どういう経緯で9年も経ての復活となったのか、その本当の事情は解らない。しかし、そうして久方ぶりに登場した本篇には、意外なほどはっきりと“成熟”が窺える。いちばん解り易いのは、テレビシリーズ独自のキャラクターとして登場した内海薫の刑事としての成長と、周囲の彼女に対する扱いの変化だが、全体の語り口、そして探偵役である湯川学が、本来の狷介さを留めながらも、より老成した振る舞いをしているのにも注目したい。これらが、テレビシリーズの魅力を引き継ぎながらも、本篇を作品として、映画として、より成熟したものにしている。
 シリーズとしての満足度も高く、ミステリ映画としても完成度は高い。シリーズ先行作を観なくても楽しめるし、旧作を知るひとは更なる続篇を期待したくなる仕上がりである。主演の福山雅治らが公に発しているコメントからすると、手応えも意欲もあるようなので、本気で待っていても良さそうだ。

 これまでの人気と高い評価のお陰か、ゲスト陣もこれまでになく豪華な本篇だが、もっとも健闘しているのは、被害者の父を演じた飯尾和樹だった、と言い切りたい。
 難役が多く、誰もがいい仕事をしていると思うが、善良な父親が運命に翻弄されるさまを静かに、しかし燃えたぎるような感情を滲ませて演じた彼は出色だ。本業はお笑い芸人だが、日頃そのおちゃらけた立ち居振る舞いに馴染んでいる私でさえも、面影を見失うほどの熱演は、本業に影響しまいか、と心配してしまうほどである――もちろん、本業を意識させないくらいだから、私は最大の功労者に彼を挙げるのだけれど。


関連作品:
容疑者Xの献身』/『真夏の方程式
アマルフィ 女神の報酬』/『HERO [劇場版](2007)』/『20世紀少年<第1章>終わりの始まり
レイクサイドマーダーケース』/『ナミヤ雑貨店の奇蹟 -再生-』/『マスカレード・ホテル』/『マスカレード・ナイト
新解釈・三國志』/『47RONIN』/『コンフィデンスマンJP ロマンス編』/『引っ越し大名!』/『科捜研の女-劇場版-』/『舞妓はレディ』/『検察側の罪人』/『劔岳 点の記』/『シン・ゴジラ』/『必死剣鳥刺し』/『七つの会議』/『アントキノイノチ』/『レイン・フォール/雨の牙
母なる証明』/『ゴーン・ガール』/『オリエント急行殺人事件(2017)

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