『ハスラー』

ハスラー [Blu-ray]

原題:“The Hustler” / 原作:ウォルター・テヴィス / 監督&製作:ロバート・ロッセン / 脚本:ロバート・ロッセンシドニー・キャロル / 撮影監督:ユージン・シャフタン / プロダクション・デザイナー:ハリー・ホーナー / 編集:デデ・アレン / 衣裳:ルース・モーリー / 音楽:ケニヨン・ホプキンス / 出演:ポール・ニューマン、ジャッキー・グリーソン、パイパー・ローリージョージ・C・スコット、マーレイ・ハミルトン、マイロン・マコーミック、マイケル・コンスタンティンジェイク・ラモッタ / 配給&映像ソフト発売元:20世紀フォックス

1961年アメリカ作品 / 上映時間:2時間15分 / 日本語字幕:木原たけし

1962年6月13日日本公開

2011年6月22日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/09/27)



[粗筋]

 エディ・フェルソン(ポール・ニューマン)は相棒のチャーリー・バーンズ(マイロン・マコーミック)とともに、各地のプールバーを渡り歩き、手管を使って賭け金をむしり取る“ハスラー”稼業で暮らしている。

 充分に力をつけたエディは満を持して、伝説的な名手ミネソタ・ファッツ(ジャッキー・グリーソン)に勝負を挑んだ。ふたりの対決は長時間に及び、一時は1万ドルを大きく上回る勝ち金を得ていたが、ファッツがある男を呼び寄せ、来店したときのように身なりを整えてふたたびビリヤード台に戻ったあたりから、情勢は一変する。40時間を超える戦いの末、気づけばエディは資金の一切を失っていた。

 失意のエディは、チャーリーに一筆残して、滞在していたホテルを離れる。行く宛てもなく、何気なく立ち寄った駅の食堂でエディは、ひとり読書に耽る女性――サラ(パイパー・ローリー)と出逢った。僅かな時間のうちに彼女と心を通わせたエディは、サラの家に転がり込む。

 歩行に障害があるサラは酒浸りの生活を送っており、ふたりでの暮らしに幸福を感じながらも、先の見えない毎日にエディもサラも漠然とした不安を覚える。エディは気晴らしと、あわよくば収入を得るために、カードの賭場が設けられている酒場に赴いた。そこでエディは、ミネソタ・ファッツとの対決の際に現れた男、バート・ゴードン(ジョージ・C・スコット)と再会する……

[感想]

 日本では“ハスラー”というとビリヤードのプレイヤーそのものを指す言葉のように捉えられがちだが、本来は粗筋で記したように、策を弄するギャンブラーを言った。本来の意味が霞んでしまうほどに、“ハスラー”=“ビリヤードのプレイヤー”というイメージを定着させたのが本篇と、後年に製作された続篇であった。

 その程度の知識はあったので、鑑賞する前はもっとビリヤードの超絶プレイが披露されることを期待していたのだが、そういう意味ではかなり期待外れと言うほかない。俳優がそれぞれに予め訓練をした上で臨んだ、という競技の様子は確かに下手ではないのだが、たまにテレビなどで披露されるビリヤードの超絶テクニックに見慣れてしまうと、どうにも物足りない。

 しかもこの作品、競技中の緊迫した駆け引きを、ボールの動きを見せることで表現するのではなく、俳優の表情を織りこみつつも、基本的には台詞だけで描いてしまう。ビリヤード台の周囲を歩き回っている姿が点綴されたかと思うと、突然趨勢が決したあとのやり取りが始まるので、ボールの動きを見せてくれるつもりで鑑賞しているとやたら消化不良に陥る。間接的に描かれる各人の技倆を前提とした台詞の応酬は、表面的には格好いいのだが、実態をきちんと見せていないために、そういうものを求めて鑑賞してしまうと浮ついたものに感じられてしまう。

 だが、こういう描き方を大前提として受け入れれば、本篇は確かに上質のドラマなのだ。己の実力に慢心する若者が、メンタルの管理にも長けた老獪な遣い手に敗北して味わう挫折、そこで出逢ったサラとの頽廃的な暮らしを経て、ようやく見出す境地。夜の世界に生きる者たちが纏う退嬰的なオーラを見事に描き出したあと、辿り着くクライマックスでポール・ニューマンが見せる表情には鬼気迫るものがある。

 その生き様に共感できるか否かは別として、人物がそれぞれに絵になっているのも出色だ。足に障害があるために厭世的な価値観を持ちながら、真っ当に生きる道を捜そうとしないエディに感情をぶつけるサラ。毎日同じ時刻にプールバーに赴き、若者に圧倒されながらも己を乱さないことで対峙する老獪な“ハスラーミネソタ・ファッツ。エディやファッツを掌で転がすバートや、途中でエディと袂を分かつチャーリーにしても、それぞれの“美学”を佇まいから感じさせているのは、俳優の演技もさることながら、言葉の選び方や表情の捉え方が的確だからだろう。

 序盤は名誉を手にすることに必死だったエディだが、最終的に彼の手許には何も残っていないように映る。その様を空虚と捉えるのも見方だが、しかしそれまでの経験を糧に、毅然として己の意志を示した姿は、愚かだが凛々しい。恐らく現代の作り手が手懸けたなら、勝負の過程もきちんと描き出し、よりリアリティを演出できるだろう。だが、直接勝負を描かず、間接的に見せるからこそ濃密に漂うダンディズムが、本篇の最大の魅力と捉えるなら、やはり“本物”のスターがまだ数多存在した、この時代だからこそ作り得た傑作と言えるのかも知れない。

関連作品:

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