『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』

『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』本篇映像より引用。
『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』本篇映像より引用。

原題:“My Octopus Teacher” / 監督:ピッパ・エリッシュ、ジェームズ・リード / 製作、水中撮影&ナビゲーター:クレイグ・フォスター / 製作総指揮:エレン・ウィンダーマス / 撮影監督:ロジャー・ホーロック / 編集:ピッパ・エリッシュ、ダン・シュウォーム / 音楽:ケヴィン・スマッツ / 配給:Netflix
2020年南アフリカ作品 / 上映時間:1時間25分 / 日本語字幕:村上あい
第93回アカデミー賞長篇ドキュメンタリー部門受賞作品
2020年9月7日日本配信
Netflix作品ページ : https://www.netflix.com/jp/title/81045007
Netflixにて初見(2021/4/27)


[粗筋]
 映像作家のクレイグ・フォスターは仕事に疲れ果て、故郷である南アフリカの西ケープに戻った。もはや見ることにも嫌悪感を覚える撮影機材から遠ざかり、懐かしい海へと潜る日々を繰り返す。
 無心に泳ぎ続け、いつしか海水の冷たさに慣れていった。単調に見えて日々変化を繰り返す海中の自然に魅せられ観察を続けていたクレイグは、やがて奇妙なものを見つける。
 それは、全身に貝殻をまつわらせたマダコだった。魚たちでさえ戸惑う奇妙な状態で静止していたマダコは、不意をついて逃げてしまう。
 興味を惹かれたクレイグは、マダコのあとを追い、巣穴に潜り込む姿を確かめる。その日からクレイグは、ひたすらに巣穴を訪れ、“彼女”を観察した。
 最初は強い警戒心を露わにしていた“彼女”だったが、しかし日を重ねるごとに、クレイグに対する反応は変わっていった。やがて巣穴から足を伸ばした“彼女”は、無数の吸盤でクレイグの手に触れた。
 この出来事を契機に、クレイグはこの軟体動物の友人に夢中になる。そんな彼に“彼女”は、驚くような知性を示し、生命の神秘を語りはじめた――


[感想]
 Netflixはもう少し、自社のオリジナル作品を大事に扱うべきだ、と思う。一部、前評判の高い作品を映画館にて先行上映して、大スクリーンで鑑賞する機会を用意してくれるようになったのはいいが、パンフレットやグッズなどを販売するような、特別感の演出はまったく手をつけようとしない。もともと配信をメインとする事業なのでそこまでは許容するとしても、どうにも納得できないのは、評価の定着した名作ならばいざ知らず、無名の作品、更にはこうした自社オリジナル作品でさえ、解説文が簡潔すぎて魅力を伝えられていない点だ。だから、本篇のような秀作が、利用者のチェックから漏れてしまう。
 題名や、サムネイルとして使用される映像から受ける印象は、ごく有り体の海洋ドキュメンタリーだ。どうやらタコに焦点を当てていることは解るが、どんな風に採り上げ、どのように斬り込んでいくのか、はほぼほぼ触れていない。
 だから、いざ観始めると、ナレーターが自身の体験を語りはじめることに度胆を抜かれる。プロローグで海の映像が挿入されるとはいえ、序盤は完全にナレーターであるクレイグ・フォスターという人物の物語なのだ。
 そして、全篇通して鑑賞しても、本質的に本篇がフォスターの自問自答、内省を描いた作品であることに変わりはない。そして、そんな彼の指針として現れるのが海であり、その象徴たるタコなのだ。
 導入や切り口はユニークだが、しかしドキュメンタリーに求められる真実の表現、考察や探究はしっかり行われる。奇妙な振る舞いをするタコに興味を惹かれ、長い時間を費やして接近を試みる。そうして目の当たりにするタコの生態は確かに意外性に満ち、驚きと発見が連続する。
 海洋を取り扱ったドキュメンタリーは、長い時間を捧げたからこそ撮影できた、貴重な映像の連続で飾るのが定石だが、それぞれの生物についてあまり知識を持ち合わせていなかったり、反対にまったく思い入れがなく思い込みもないような立ち位置で鑑賞すると驚きがなく、さほど惹き込まれない結果にもなりやすい。しかし本篇は、フォスターという視点人物がインタビューに近いスタイルで語っていくため、一般的な印象や思い込みをまず表現し、その上に映像が露わにする発見に触れていくから、驚きを共有しやすい。
 それにしても本篇におけるフォスターの探究心、その熱量の多さには頭が下がる想いがする。いつしか親しみを覚えてくれたとしか思えない反応を示すようになった“彼女”が行方をくらましたとき、かつて取材した先住民族の方法論を援用し、様々な論文も参照しながら、遂に新しい巣穴に辿り着いてしまった。この一連のくだりで生まれる、フォスター自身の感覚の変化、その努力が報われた瞬間の感動は実にドラマティックだ。
 だが、知的なカタルシス、という意味で言えば、終盤手前でのひと幕が特に秀逸だ。フォスターが“彼女”に注目する短所に立ち戻り、謎を解き明かす、あまりにも鮮やかなクライマックスは、“生命の神秘”などという安易な表現で括りたくない感激と興奮が待ち受ける。このシーンを味わうだけでも、本篇には一見の価値がある、と断じたい。
 しかしこの作品はそこでは終わらない。タコの寿命は僅か1年、当たり前のように訪れる“彼女”の最期まで、本篇は逃げることなく追い続ける。命を賭けた繁殖を終えたあとの無情なひと幕、それを追うことの出来る限界まで撮り続けた映像は、気の弱い人なら目を逸らしてしまうかも知れない。だが、フォスター自身がそうであるように、多くの観客も最期まで見届けてしまうだろう。フォスターの言葉に耳を傾け、彼の感覚に同調して鑑賞したひとにとって、“彼女”はもはやただのタコではなく、一個の意思であり、原題そのものの“Octopus Teacher”だ。なにせ、自然の摂理と命の儚さ、尊さまでも、その身体を以て表現しきってみせたのだから。
 そうして1年に亘り“彼女”を追う冒険のなかで、撮影機材を見ることさえ出来なくなっていたフォスターは、“彼女”のためにふたたび撮影する意欲を得た。悩んでいた我が子との関係においても、“彼女”の姿から教訓を得て、結論を導き出した。“彼女”は最後に手の届かない領域へ去っていくが、フォスターの心には確かな痕跡を残し、彼の人生を変えた。
 緻密に撮影されたドキュメンタリーであり、知的な冒険であり、出会いと別れ、そして成長まで盛り込まれている。すべてがリアルタイムで記録された映像ばかりではなく、再現も多数含まれていると考えられるが、そんなことはまったく問題にならない。むしろ、そうして丹念に語り手の体験を再現したからこそ、本篇は優れた“映画”たり得ている。
 ――だからこそ冒頭の苦言に繋がるのだ。Netflixは本篇の素晴らしさ、魅力をもっと丁寧に語り、多くの人が触れる機会を与えて欲しい。アカデミー賞受賞という出来事がなければ、私だって巡り逢えたかどうか。


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