『エレファント・マン 4K修復版』

ユナイテッド・シネマ豊洲が入っているららぽーと豊洲、入口脇のスペースに展示された『エレファント・マン 4K修復版』ポスター。
ユナイテッド・シネマ豊洲が入っているららぽーと豊洲、入口脇のスペースに展示された『エレファント・マン 4K修復版』ポスター。

原題:“The Elephant Man” / 原作:フレデリック・トリーヴズ、アシュリー・モンターギュ / 監督:デヴィッド・リンチ / 脚本:クリストファー・デ・ヴォア、エリック・バーグレン、デヴィッド・リンチ / 製作:ジョナサン・サンガー / 製作総指揮:スチュアート・コンフェルド、メル・ブルックス(※クレジットなし) / 撮影監督:フレディ・フランシス / プロダクション・デザイナー:スチュアート・クレイグ / 編集:アン・V・コーツ / 衣装:パトリシア・ノリス / 音響デザイン:アラン・スプレット、デヴィッド・リンチ / エレファント・マン メイクデザイン&製作:クリストファー・タッカー / 音楽:ジョン・モリス / 出演:アンソニー・ホプキンス、ジョン・ハート、アン・バンクロフト、ジョン・ギールグッド、ウェンディ・ヒラー、フレディ・ジョーンズ、マイケル・エルフィック、ハンナ・ゴールド、ヘレン・ライアン、ジョン・スタンディング、デクスター・フレッチャー、レスリー・ダンロップ、フィービー・ニコルズ / 配給:Unplugged
1980年アメリカ、イギリス合作 / 上映時間:2時間4分 / 日本語字幕:?
1980年5月9日オリジナル版日本公開
2020年7月10日4K修復版日本公開
公式サイト : http://elephantman4k.com/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2020/07/16)


[粗筋]
 19世紀後半、急性患者を扱うロンドン病院で外科医を務めるフレデリック・トリーヴズ(アンソニー・ホプキンス)は、見世物小屋で“エレファント・マン”と呼ばれる青年の存在を知る。
 本物の化け物を展示することは許さない、と興行主に拒絶されたため、トリーヴズはその場で対面することは適わなかったが、どうしても気にかかった彼は、興行師バイツ(フレディ・ジョーンズ)を訪ね、金を掴ませ面会を申し出る。初めて彼の姿を目の当たりにしたトリーヴズは、知らず知らずのうちに涙を流していた。
 トリーヴズはバイツに提案し、エレファント・マンことジョン・メリック(ジョン・ハート)をロンドン病院に招いた。ジョンの肉体的変性は頭部を肥大させ、右腕から背中にかけて無数の瘤が隆起、歩行にも支障を来している。唯一、左腕だけが障害を免れている状態で、トリーヴズが診察した限り、治療の手段はなかった。それでもこの極めて稀な症例を知らしめるべく、トリーヴズはジョンを連れ、学会で発表した。
 ジョンが見世物小屋に帰ってしばらくして、バイツが雇っている少年(フレッチャー・デクスター)がトリーヴズにジョンの異変を訴えてきた。トリーヴズはジョンがバイツから暴力を受けていると知り、彼を隔離病棟に収容する。
 だが、すぐにカーゴム院長(ジョン・ギールグッド)に見咎められた。ロンドン病院は寄付により運営する急性患者のための施設であるため、不治の患者の長期入院を受け入れてはいない。トリーヴズはジョンに対話を教え、院長との面談で好感を与えようと努力したが、それもあっさりと見抜かれてしまった。しかし、院長が転院を薦めようとしたそのとき、病室でジョンは聖書の詩編23編を諳んじはじめた――それは、トリーヴズが教えたことのない部分だった。
 口蓋にも変性があるため言語が不明瞭だが、ジョンには知性があり、知識欲も旺盛であることが判明する。院長はその事実に感銘を受け、隔離病室を占有することを認めるのだった。
 長年にわたって見世物小屋の化け物として扱われていたジョンは、ここで初めて人間としての生活を知る。だがそれでも、あまりに特異な容貌は、彼を翻弄し続けるのだった――


[感想]
 第1長篇『イレイザーヘッド』でカルト的な人気を博したデヴィッド・リンチが、そのセンスを見込まれ監督として抜擢、第1作とは比較にならない予算と豪華キャストで制作した、第2長篇である。

 製作からだいぶ時を経て、まだ若者だった監督は本篇の撮影で辛酸を舐めたことを告白したりしているが、しかしだからといって本篇の価値が下がることはない。私が鑑賞したのは製作40周年を記念した4K修復版で、映像的に改善が施されていることは間違いないが、しかしそれを抜きにしても、古さを感じない作品である。
 かつて、肉体が成長しないひとや、際立った特徴のあった人間は、見世物として生きるしかない時代があった。人権という概念が浸透したことで、そうした状況は問題視されていくようになったが、本篇の舞台となる19世紀末は、まだまだそうしたひとびとを奴隷も同然にこき使う見世物小屋が各地で催されていた。
 だが、“エレファント・マン”ことジョン・メリックは、そうしたいかがわしい興業に立つことすら拒絶されるほどの異形だった。劇中では明確に描かれていないが、恐らく医師のトリーヴズはなぜこのような病変が生じたのかに関心を抱き、ジョンを病院に招いたのだろう。
 残念ながらジョンの病変は、当時の医療では手のつけようがないものだった(調べてみると、現代においてもまだ難病であることに変わりはないらしい)が、その代わりにトリーヴズは、醜怪な容姿に隠されたジョンの知性を“発見”する。
 この段階から本篇は実にリアルだ。姿形が理由で侮蔑され、手足に生じた障害もあって歩行にも影響があるジョンは、見世物として生きる以外に許されなかった。化物扱いされ、真っ当に受け答えもしてもらえなかったジョンは、聖書を諳んじるほどの知性がありながら、それを表現する機会も与えられなかった。奇しくも、トリーヴズが何とか彼を保護する許可を得ようと、院長との対話の場を作ったことで、それが露見した。まともに人間扱いされなければコミュニケーションの能力を発揮することも出来ない、という描写に、思うところがあるひとも少なくあるまい。
 そうして初めて“社交”を学び、いままでと違う階級のひとびとと交流する機会も与えられたジョンだが、しかしそれでもなお、その容貌は彼を呪縛し続ける。
 ジョンの存在を知って、興味本位の輩を招き入れて晒し者にする夜警はしょせんバイツのような興行師の延長に過ぎない。むしろタチが悪いのは、理解や同情を示し、平等な立場にある、とジョンに思い込ませて接触してくる上流階級だ。
 当人は純粋な良心や慈悲心で行動しているつもりかも知れないが、彼らのなかには知らず知らず、自分よりも劣る者への優越感が潜んでいる。同情し、平等を装って振る舞いながら、そうして慈悲をかけることの出来る自身の優越性を確かめている、という側面もあるのだ。ベイツとの会話でそんな無自覚の意識を指摘され思い悩むトリーヴズなどはいい方で、無自覚な者は、そうと気づかぬうちにしばしば相手の劣等感を刺激する。なまじ、トリーヴズの助力で社会と交わり、生まれ育ちの差をまざまざと実感させられたあとであればこそ、ジョンはそうした眼差しに敏感になる。どれほど侮蔑されようと、感情を露わにしなかったのに、クライマックスであそこまで切実な叫びを迸らせたのは、ヒトとしての自覚と共に、自らの容姿や境遇についての劣等感までも悟らされてしまったが故だろう。自らの意識せざる優越感を指摘されて悩むトリーヴズが悪い人間だと思うものは観客にはいるまいが、しかし彼がジョンの苦悩を深めてしまったのも確かなのだ。そういう、抜け出すことの難しい“業”を本篇は巧みに剔出する。
 ション・メリックはその醜い姿と理知的な振る舞いで、観るもののなかにある醜さを暴いてくるのだ。構造的にはシンプルなのにまるで古びた印象を与えないのは、この主題が如何に根深いものであるか、という証でもある。
 本篇を監督した当時、デヴィッド・リンチは長篇としては『イレイザーヘッド』しか完成させていない。にも拘らず、その作品を観たプロデューサーが本篇の監督として抜擢したそうだが、その起用も作品の成功に大きく奏功しているのは間違いない。
『イレイザーヘッド』と同様にモノクロで統一された映像は、ジョンが生活してきた貧民街の薄汚さと病院から繋がっていく上流社会との区別を巧みに奪う。それにより、両者にあった違いを埋め、本質に潜む差別の感情を等しくさらけ出す。
 テロップなどで時代背景を説明することをしていないのも絶妙だ。風物で19世紀後半ぐらいであることは察しがつくし、障害を持つひとびとをここまで大っぴらに見世物にする文化はさすがに現代は消えつつある(片鱗自体は未だに痕跡を留めてはいる)が、時代を明確にしないことで、その時間軸を観客の中で固着させず、観客自身の現在と地続きの印象をもたらす。それがなおさらに、ジョンが味わう名状しがたい感情や、トリーヴズが抱く罪悪感に観客を共鳴させる。
 本篇は最後、ジョンがどうなったのかを明示せず、抽象的な描写で幕を下ろす。それもまた、ジョンが味わった悲しみや、これからも多くの人間が犯すであろう間違いを貫き続ける仕掛けとして機能している。果たしてどこまで狙っていたかは定かではないが、デヴィッド・リンチの映像作家としての資質と題材、そしてそれを実現できるキャストとスタッフが揃うことで実現した、奇跡的な傑作と言えよう。恐らくこれからも本篇は、観るものの常識や感性に疑問を投げかけ、激しく揺さぶり続けるに違いない。


関連作品:
イレイザーヘッド』/『マルホランド・ドライブ』/『それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60周年記念製作映画~
日の名残り』/『エイリアン』/『卒業(1967)』/『オリエント急行殺人事件(1974)』/『ファイヤーフォックス』/『Vフォー・ヴェンデッタ』/『ビロウ
悪魔のいけにえ(1974)』/『砂の器』/『レッド・ドラゴン』/『ジョーカー』/『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』/『シザーハンズ』/『ワンダー 君は太陽』/『グレイテスト・ショーマン』/『ボヘミアン・ラプソディ

コメント

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