『君は彼方』

TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口脇に掲示された『君は彼方』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口脇に掲示された『君は彼方』チラシ。

原作、監督、脚本、プロデューサー、ワードコンテ&音響監督:瀬名快伸 / キャラクター原案&キーヴィジュアル背景:はぁおん / キャラクターデザイン&総作画監督:阿部智之 / 絵コンテ:はぁおん、瀬名快伸 / 撮影監督&ヴィジュアルエフェクト:長牛豊 / 美術監督:片平真司 / 色彩検査&色彩設定:山田瑞穂 / 編集:後藤正浩 / 音楽:斎木達彦 / 主題歌:saji『瞬間ドラマチック』 / 声の出演:松本穂香、瀬戸利樹、小倉唯、早見沙織、山寺宏一、大谷育江、土屋アンナ、仙道敦子、木本武宏(TKO)、瀬名快伸、二色真鈴、桃崎あやか、田中沙英、小倉光、竹中直人、夏木マリ / アニメーション制作:デジタルネットワークアニメーション / 配給:Elephant House、Rabbit House
2020年日本作品 / 上映時間:1時間35分
2020年11月27日日本公開
公式サイト : https://www.kimikana.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/12/3)


[粗筋]
 宮益澪(松本穂香)は努力が苦手な性分がたたり、3教科も追試を受ける羽目になった。幼馴染みの同級生・鬼司如新(瀬戸利樹)からはお守りとともに励まされたが、それでも全力を出せない自分に不甲斐なさを感じている。自分に自信が持てないゆえに、新に対して本当の気持ちを伝えることさえ出来ずにいた。
 ある日、澪は親友の円佳(小倉唯)から、新のことが気になっている、と告げられる。3人の関係が壊れることを恐れ、自分と新は腐れ縁に過ぎないから、と円佳を後押しするが、実際に新と円佳がふたりでいるところを目撃して、平静でいられない。
 前からの約束で、新と共に池袋の映画館を訪ねたあと、澪は占いの館を見つけ、好奇心から立ち寄る。織夏(土屋アンナ)という占い師を前にしたときから、新の様子はおかしかったが、澪が宣託を受けているとき、新は突如叫び、澪の手を取って飛び出してしまう。
 その帰り道、感情的になったふたりは喧嘩別れした。家に帰ってから激しく後悔した澪は、雨の降りしきる中、自転車を漕いで新のもとに向かうが、その途中、事故に遭ってしまう。
 気づくと澪は、奇妙な場所にいた。見た目は池袋駅だったが、道行く人は何故かシルエットだけ、空はマーブル状に輝いている。そこに、澪がお気に入りのキャラクター・ギーモン(山寺宏一、大谷育江)が現れた。何故かおじさんの声と可愛い声を使い分けて動くギーモンは、自分は《世の境》に迷う魂を導く案内人だ、と語る。
 いったい澪の身になにが起きたのか? 果たして彼女はここからどこへ向かうのか……?


[感想]
 気持ちは解る、解るが、あまりに手際が悪くツッコミどころが多すぎる。
 恐らく作り手には、こんなシチュエーションを入れたい、という感情が常に先行していたのだろう。明らかに過去の著名作から影響された、と思しいモチーフや場面が無数にある。ファンタジックな状況に突入するくだりの描写やすれ違いの表現は『君の名は。』を意識していることが窺えるし、水の中を走る電車や浮島のような駅、更に終盤に登場する怪物の意匠は『千と千尋の神隠し』から拝借しているのがありありとしているし、あえて詳述はしないが、全篇を支える趣向に至っては手垢が付きすぎている。
 そうしたものを差して“パクり”と断じる意見もネット上に散見するが、個人的にそこは大した問題ではない、と考える。ストーリー全体をまるまる引き写したり、ひと繋がりのシーンがほぼ似たり寄ったりになっている、ということでもない限り、影響された要素をちりばめたり、旧作の名場面を意識したひと幕を盛り込むのは、作品に奥行きをつける役割も果たす。
 本篇が問題なのは、そこに強い意志を籠めるわけでも、物語の中で外しがたく結びつけるわけでもなく、ただ漫然と組み込んでいることだ。『千と千尋~』に登場するカオナシは、終盤での変貌に伏線もあれば明確な裏付けがあるが、これを意識したデザインである本篇の怪物は、なぜあのようなかたちを取らなければいけないのか、どうしてそんな行動を取るのか、がまったく説明出来ない状況で唐突に現れる。そこからアニメーションらしいスペクタクルが展開するが、きっかけも背景も察することが出来ないので、観ていてほとんど乗ることが出来ない。『アナと雪の女王』を彷彿とさせる主題の劇中歌など、なぜこのタイミングでわざわざミュージカル風に採り入れたのかが解らない。筋道立てず唐突に挿入するので、本来なら観客を昂揚させるテーマ、シチュエーションにも拘わらず、失笑のほうが優ってしまう。
 引用したと思しいこうした部分に限らず、本篇は設定にも見せ方にもほとんど芯が通っていない。澪が迷い込む《世の境》という空間は、どういうルールに則って運用されているか終始伝わらず、あちこちで登場する“扉”が何を意味するのか、も不明だ。場面を大きく転換したいとき、恣意的に用いているようにしか映らないので、終盤で大きな役割を果たすときも、それがどんな流れをもたらすのか不明瞭なので、カタルシスを生んでいない。
《世の境》に限らず、本篇はそもそも中心で動く澪も新も、行動にはっきりとした軸がない。日常的なやり取りがいちいち不自然だし、物語のなかでふたりの“想い出”が重要な役割を果たすことになっているのに、その“想い出”に重みを持たせる工夫が皆無なので、折角のクライマックスも説得力に欠く。
 過去の体験からものごとを諦めがちになった、という澪の設定はまだいいとしても、特に問題なのは新の設定である。明確になるのが中盤以降なので詳しくは書かないが、はっきり言ってしまえば、彼の設定はほぼ蛇足だ。こういうモチーフに頼るくらいなら、何らかのかたちで彼が己の意志によって澪に辿り着くプロセスを用意するほうがよっぽどドラマチックだった。新の設定からすると、もっと早くにそれを行使する場面があっても然るべきだし、それであってこそ作品の芯の1つになり得たはずだ。そればかりか、全篇を通して眺めると、新の設定と実際の描写に矛盾や不整合が多く、違和感にしか繋がっていないのである。
 そもそも本篇は、観客を引っ張っていく牽引力があまりにも弱い。きちんとアイディアを整頓し、なにをフックに引っ張っていくか、を明確にするべきだった。澪を巡って起きる終盤の大きな出来事を軸に、あそこをどうドラマチックに見せるか、という一点に絞って構成するとか、本篇の描写では見え見え過ぎる“忘れもの”を、あとから描写を振り返って気がつくような伏線としてちりばめて回収するかたちにまとめるなど、プロットの段階からの試行錯誤が必要だったのではないか。
 せっかく現地の協力まで取り付けて池袋を舞台に設定しているのに、その魅力がほとんど感じられないのも残念なところだ。いけふくろうの像やサンシャイン水族館、TOHOシネマズ池袋など、スポットを採り上げてはいるが、劇中で描かれる位置関係がぐちゃぐちゃなので、ただただ出しただけ、という印象が強いし、何よりここまで池袋を推しているのに、肝心のクライマックスはどこだか解らない岬、というのは不自然極まりない。終盤、乗用車で海を渡って訪れるような場所にあるこの岬を、高校生の澪と新が思いつきで急に赴く、というあまりにも御都合主義の展開を挟むくらいなら、それこそ池袋かその周辺の都内で、相応しいロケーションを探すべきではなかったか。わざわざ池袋の協力を取り付けた割には、どう考えてもロケハン不足というほかない。
 決して予算が潤沢ではない、と思われるなかで、きちんとピンポイントで力の入った絵を組み込んでいることや、存在感のある劇伴や主題歌、松本穂香が劇中歌で示した歌唱力など、評価したいポイントもあるにはある。だが、それをすべて掻き消すほどに本篇は欠点や不備が多すぎる。
 本篇は監督である瀬名快伸が自ら企画し、脚本から音響監督、果ては声優としても携わっている。だが恐らく、そのワンマン体制がこんなとっちらかった仕上がりになってしまった最大の原因だろう。思うにこの方は、自身が監督するのではなく、アイディアの提供に徹したほうが良かったのではなかろうか。せめて、脚本の段階でスクリプトドクターに入ってもらって、テーマや構成をじっくりと練り直すべきだった。


関連作品:
カイジ ファイナルゲーム』/『HUGっと!プリキュア・ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』/『はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~』/『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』/『メアリと魔女の花』/『ヘブンズ・ドア』/『ペンギン・ハイウェイ』/『犬ヶ島
アリス・イン・ワンダーランド』/『パンズ・ラビリンス』/『千と千尋の神隠し』/『猫の恩返し』/『アナと雪の女王』/『君の名は。
劇場版SHIROBAKO』/『HELLO WORLD』/『泣きたい私は猫をかぶる

コメント

  1. […] 関連作品: 『フラグタイム』/『劇場版SHIROBAKO』/『メアリと魔女の花』/『若おかみは小学生!』/ […]

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