『インストーラー』

『インストーラー』

原題:“Chrysalis” / 監督:ジュリアン・ルクレール / 脚本:ジュリアン・ルクレール、フランク・フィリッポン、ニコラ・プファイイ、アウディ・ピイ / 製作:フランク・ショロ / 撮影監督:トマ・ハードマイアー / 美術:ジャン=フィリップ・モロー / 編集:ティエリー・オス / 衣装:ファビエンヌ・カタニー / 音楽:ジャン=ジャック・ヘルツ / 出演:アルベール・デュポンテル、マリー・ギラール、マルト・ケラーメラニー・ティエリー、エステル・ルフェビュール、アラン・フィグラルツ、クロード・ペロン、スマーディ・ウォルフマン / 配給:KLOCKWORX

2007年フランス作品 / 上映時間:1時間30分 / 日本語字幕:高部義之

2009年3月7日日本公開

シネクイントにて初見(2009/03/13)



[粗筋]

 ユーロポール=欧州警察機構の刑事ダヴィド(アルベール・デュポンテル)は、凶悪な連続殺人犯ニコロフ(アラン・フィグラルツ)を追跡しているさなか逆襲に遭い、相棒であり愛する妻であるサラ(スマーディ・ウォルフマン)を殺されてしまう。

 失意から休職していたダヴィドだが、上司ミラー(クロード・ペロン)から新たに発見された屍体に、ニコロフの殺した人物たちと共通する痕跡――瞼の上下に幾筋かの傷痕があったことを告げられると、ようやく重い腰を上げた。妻に替わって相棒としてあてがわれた新人刑事マリー(マリー・ギラール)を伴って、ダヴィドはふたたびニコロフを追い始める――深い怨みを胸に抱いて。

 同じ頃、マノン(メラニー・ティエリー)は奇妙な違和感を覚えていた。母親であるブルーゲン教授(マルト・ケラー)の運転する車に乗っているとき事故に遭い、顔に大怪我を負ったが、教授の同僚であり優れた執刀医のお陰で本来の姿を取り戻したはずなのに、何故か落ち着かない。眠るたびに悪夢に魘され、更には教授が自分の母親のように感じられないときさえあった。

 妻を殺した殺人犯への復讐を心に誓った刑事と、己の境遇に違和感を覚える少女。ふたりを巡る物語は、やがて思わぬ形で結びついていく……

[感想]

 配給元のWebサイトで公開されている予告編を観たときの印象は『ザ・セル』のような、SF的な設定を活かしヴィジュアルに拘りを持ったサイコ・サスペンス、という感じだったのだが――そして粗筋を抜き出していくと実際そんな雰囲気になるのだが、実物は思っていたより若干素直な内容であり、しかも思いの外アクションが多く、動きに富んだ映像であった。

 穿った見方かも知れないが、アクションが多めになっている背景には、バジェットが制約されていた、という事情があったと思われる。物語の核をなす要素の都合もあって、本篇は近未来の出来事として描かれているのだが、大道具を大量に用いることなく、無機質なデザインのビルを撮影現場に選んだり、工夫を凝らして近未来的な街並を描き出しているようだ。宣伝で語られている“記憶のデジタル化”というモチーフにしても、それをVFXによって強調するのではなく、状況やニュアンスから表現しようとしている印象があるので、そちらを期待すると物足りなく感じるかも知れない。そして、映像的な外連味の弱さを、アクションで補っている、という印象がある。

 とはいえ、決して取って付けた、というものではなく、ちゃんと必然性があって組み込まれているので、観ていて不自然さは感じない。むしろ、変に作り込んでいない分、現実味があるのだ。

 生活様式はほとんど変わっていないが、インターフォンのシステムがやけに先進的だったり、医療機器の一部だけがずば抜けて未来的になっていたりと、捻れているのが却って本物っぽく感じられる。ホログラムを用いた遠隔手術の場面では、一部を拡大して処理するところも見受けられ、さすがにそれは難しいんじゃないかと思えるのだが、程よく大袈裟な部分もあるのが、近未来というイメージのバランスをうまく保っている。

 アクションについても、非現実的な動きはなく攻撃の重みをちゃんと感じられる表現となっており、その扱いにも無理はない。それどころか、主人公の感情の変化に合わせて、アクションの展開も微妙に変わっているあたり、繊細さを感じる。

 近未来的なガジェットに、“記憶のデジタル化”という如何にも癖のありそうな題材を用いているわりには、終盤の展開は素直で、目覚ましい逆転劇があるわけでもなく、肝心の対決自体もいささか肩透かしに近い形で処理している。だが、なまじ大きなアイディアに頼っていないからこそ、本篇のストーリー展開は終始意表をつき、飽きさせない。そして締め括りでは少し思いがけない、しかし納得のいく結論を提示して、単純なハッピーエンドではあり得ない、快い余韻を留める。

 鏤められた仕掛けやガジェットは独創的ではないし、設定の見た目や売り口上ほどに派手さがないので不満を覚える向きもあるだろうが、気配りの巧みさとセンスの良さで個性を作りだしたSFサスペンスの佳編と評していいと思う。

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