『新宿インシデント』

『新宿インシデント』

原題:“新宿事件” / 監督:イー・トンシン / 脚本:イー・トンシン、チュン・ティンナム / 製作:ウィリー・チャン、ソロン・ソー / 製作総指揮:アルバート・ヤン、ジャッキー・チェン / 撮影監督:北信康 / 美術:オリヴァー・ウォン / 編集:コン・チーリョン、チュン・カーフェイ / 衣装:カスティーリョ・アンジェロ・バーナード、荒木里江 / アクション監督:チン・ガーロウ / 音楽:ピーター・カム / 出演:ジャッキー・チェン竹中直人ダニエル・ウー、シュー・ジンレイ、加藤雅也ファン・ビンビン峰岸徹、拳也、長門裕之、ジャック・カオ、ポール・チョン、ラム・シュ、倉田保昭、チン・ガーロウ、渡部嘉 / 配給:Showgate

2009年香港作品 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:荒木慎也 / R-15

2009年5月1日日本公開

公式サイト : http://www.s-incident.com/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/05/01)



[粗筋]

 若狭湾に漂着した難破船と、無数の難民。その中に、鉄頭(ジャッキー・チェン)という男も混ざっていた。鉄頭はずいぶん前に日本に稼ぎに行ったまま連絡の取れなくなっている恋人シュシュ(シュー・ジンレイ)を捜すため、危険を顧みず不法入国を試みたのである。

 同時に日本に上陸した仲間たちが次々と捕まるなか、鉄頭は2日かけて東京まで辿り着いた。シュシュと共に密入国していた阿傑(ダニエル・ウー)と再会を果たすが、やはり未だシュシュの行方は杳として知れない。鉄頭は阿傑の紹介で日雇いの仕事に就き、生計を立てることにした。

 しかし、不法入国の外国人が出来るのは、ゴミの処理や皿洗い、下水道の清掃といった、日本人を雇うには高く付く汚れ仕事ばかりで、与えられる賃金も水準を大幅に下回っている。シュシュを捜す暇などなく、ただいたずらに時間を浪費するばかりだった。

 それでも遂に、そのときは訪れる。ナイトクラブの厨房で働いていた鉄頭は、客の中にシュシュの姿を見つけたのだ。それも、新宿を取り仕切る暴力団・三和会の幹部である江口(加藤雅也)の妻として、和服に身を包み寄り添っている姿を。遠目に様子を窺いながら、けっきょく鉄頭は声をかけることも出来なかった。

 ここに至り、鉄頭は運命を受け入れる覚悟を固める。もはや祖国には戻れなかった。ならばこの地に根を下ろし、生きていくしかない。そのためには、もっと上手く稼ぐ必要があった。

 鉄頭はねぐらの仲間たちも動員し、少しずつ違法行為に手を染めていく。改造したテレカを捌き、偽造したクレジットカードで買ったものを転売し、パチンコのROMをいじって出玉を増やし、確実に収穫を上げた。そのあいだに、鉄頭はスナックのママであるリリー(ファン・ビンビン)と親しくなり、傍目には夫婦同然の仲となる。危険と背中合わせだが、鉄頭は着実に日本に根付いていった。

 一方で阿傑は、根が善良なせいか、いつまで経っても仕事に慣れる様子がない。そこで鉄頭は仲間と金を出し合って屋台を購入、阿傑が夢見ていた天津甘栗の店を営ませることにした。仲間たちと共に喜び合った鉄頭だが、この頃から彼の人生は、ふたたび少しずつきしみ始めていく……

[感想]

 誰も見たことのないジャッキー・チェンがここにいる、という謳い文句で公開された作品である。確かに、その通りだった。

香港国際警察 NEW POLICE STORY』は少し趣を違えているが、基本的にジャッキー・チェンの出演する映画はアクションの激しさ、鋭さを売りにし、物語も大団円となるエンタテインメント作品と言っていい。こと、ハリウッド進出以降のオーウェン・ウィルソンクリス・タッカーとのバディものに顕著な、こうしたライトな面白さについているファンというのも多いのではなかろうか。

 本篇でジャッキー・チェンは、意識的にそのイメージを覆している。日本への密入国者として登場し、日雇い仕事で食いつなぎ、やがて犯罪にも手を染めていく、というあまりにダーティな展開に加え、お馴染みの華麗なアクション・シーンは一切盛り込まれていない。報復のために刀を携え敵地に潜入する場面はあるが、やり口は不意打ちだし、最後まで決して超人的な強さなど示さない。

 そもそも本篇で描かれる戦いは、アクション、というよりはヴァイオレンス、と呼ぶべきだろう。棒きれを握りしめての逃亡に、刀を振り回しての乱闘。誰かが飛び抜けて強いわけではなく、クライマックスでは次から次へと群衆に叩きのめされ、主人公である鉄頭も満身創痍だ。アクション監督も存在しているようだが、恐らく格好良さや見栄えの良さなどではなく、本当の乱闘を表現するために力を注いだのだろう。鮮烈な技が悪党を懲らしめるのではなく、石礫が頭を割り、喉から血を噴き出しながらすぐに死ねずのたうつ様まで描く本篇は、従来のジャッキー映画を期待して観ていたら確実に火傷をするレベルだ。

 物語の流れも、ハリウッド流アクションのように洗練はされていない。不法入国してきた多くの人種が入り乱れる都会の様相そのままに、話が進むほど混沌としてくる。それでいて、視点が鉄頭にほぼ統一され、彼の立場と感情に添って描いているから、観ていて混乱することはないが、様々な思惑が交錯して取り返しのつかない、どう決着をつけていいのか想像の出来ない状況へと発展していく様には慄然とする。

 不法入国者の姿のリアリティ、ジャッキー自身ですらもみすぼらしく描き出した拘りは著しいが、一方で日本の暴力団の姿はいささかステレオタイプに感じられる。但し、それはそれで日本でも未だオリジナル・ビデオなどで無数に製作されている任侠ものの様式をなぞっているが故だろう。また、意図したのかどうかは解らないが、日本の暴力団側が同じスタイルを貫いていることで、外国人たちのコミュニティが変質していく様子がいっそう浮き彫りになっている。冒頭から典型的な“悪役”ぶりを示していた暴力団側は、底辺でもがき苦しみながら懸命に生きようとしていた人々と好対照に映るが、暴力団十年一日の如く同じスタイルで内部抗争を繰り返しているから、そこに食い込むほど肥大した外国人勢力の醜悪さ、本来指導者であったはずの鉄頭の困惑と悲しみとが強調されているのだ。

 従来のジャッキー映画を期待していなかったとしても、この物語の救いのなさは衝撃的だ。戻らない恋人を捜しに来日し、彼女が日本人の妻になっていたことを受け入れ、ただ懸命に生きようとしていただけだったのに、いつの間にか退っ引きならない立場に追い込まれている。自分でも気づかないうちに、あらゆることが望んでいた姿から遠くかけ離れたことを悟るくだりは、哀しいくらいに痛々しい。残酷なラストシーンが、いっそ救いのように感じられるほどだ。

 ジャッキーもそうだが、ことに象徴的なのはダニエル・ウー演じる阿傑だろう。粗筋で記したあとから彼は、日本の暴力団と外国人組織との軋轢に巻き込まれて傷つき、心身共に荒んでいく。はじめは生真面目で消極的だった彼の中盤における立ち居振る舞いこそ、この物語の悲劇性を最も印象づけている。

 本篇のように容赦なく、アジアの経済状況や日本の姿を、誇張しつつもリアルに描き出した作品は、ジャッキーのネームバリューなくして作り得なかっただろう。ジャッキー・チェンの映画にアクションの迫力と爽快感とを欲する観客には気の毒だが、彼がもはやアクションだけで戦うつもりがなく、それでも力強い作品を世に問うことが出来ると明示した、記念すべき1本である。

関連作品:

香港国際警察 NEW POLICE STORY

ドラゴン・キングダム

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