『やがて復讐という名の雨』

やがて復讐という名の雨 [DVD]

原題:“Mr 73” / 監督・脚本:オリヴィエ・マルシャル / 製作:シリル・コルボー=ジュスタン、ジャン=バティスト・デュポン / 製作総指揮:フランク・ショロ / 撮影監督:ドゥニ・ルーダン / 美術:アンブレ・フェルナンデス / 編集:ラファエル・アルタン / 衣装:マリ=ロール・ラッソン / 音楽:ブリュノ・クレ / 出演:ダニエル・オートゥイユ、オリヴィア・ボナミー、カトリーヌ・マルシャル、フランシス・ルノー、ジェラール・ラロシュ、フィリップ・ナオン、ムーサ・マースクリ / 映像ソフト発売元:At Entertainment

2007年フランス作品 / 上映時間:2時間5分 / 日本語字幕:?

2009年5月8日DVD日本盤発売 [bk1amazon]

DVDにて初見(2009/08/24)



[粗筋]

 刑事のルイ(ダニエル・オートゥイユ)は、泥酔の果てにバスジャック騒動を起こし、犯罪捜査課から夜警班に転属を命じられる。本来懲戒免職ものの失態であったが、かつて多くの功績を挙げていたことと、親しい女性上司マリー(カトリーヌ・マルシャル)の口添えもあって、事件自体は揉み消され、この程度の処分で済んだのだった。

 だがルイにはひとつ、心残りがあった。年齢を問わず女性達に性的暴行を犯した挙句、首を絞めて殺す、という事件が相次いでいる。かつて扱った事件の経緯から、女性を虐げる犯罪に憎悪を抱くルイは、夜警班に移ってもなお、親友ジョルジュ(ジェラール・ラロシュ)の手を借りて捜査を続けた。

 酒に溺れ、連続暴行殺人犯の捜査に没頭するルイは知るよしもなかったが、彼がかつて検挙した殺人犯シャルル・スブラ(フィリップ・ナオン)が、20年の刑期を経て仮釈放の申請をしていた。模範囚を通してきたスブラにはその権利があり、重い病を得て更に犯罪を重ねる恐れがないと判断されると、申請が通る可能性が高い。

 その話を聞いて、ジュスティーヌ(オリヴィア・ボナミー)は言葉を失う。スブラは彼女が幼い頃、彼女の父の喉を裂き、母を犯したうえで殺害していた。終身刑を受けるほどの重罪犯が、出所してくるかも知れない――物陰から犯行の一部始終を目撃し、未だにトラウマを抱えたジュスティーヌは激しく狼狽する……

[感想]

 好評を博した『あるいは裏切りという名の犬』もそうだったが、本篇もまた警察官たちの姿をリアルに描き、ハードボイルドの香気を濃厚に感じさせる映画である。

 陰影を明確にし、無精髭の生え方もはっきりと見えるような、近年のフランス映画に多い映像で、ひとりの刑事の姿を最小限の説明だけで追っていく。あまりに極端に説明を排しているので、実のところ1回観ただけでは関係性を把握できない箇所もあった。特に女上司マリーとの関係性が象徴的で、ルイと彼女との距離は最後までいまいち測りきれない。

 しかし、そうして詳細を伏せているからこそ、台詞や表情のひとつひとつが奇妙に響いてくる。説明するのではなく、背景を仄めかしているだけだからこそ、表現に重みが備わっている。単純明快さを売りにした大作とは違った味わいが確かにここにはある。

 とは言い条、引っ掛かる部分もある。いちばん大きいのは、終盤における主人公の行動を正当化するため、としか思えない余分な描写が途中に含まれていることだ。この物語は決して善意や正当性のために行動していない、どちらかと言えば信念、昏い情熱を強調している節があり、そうした本質と、動機を正当化するような表現はいまいちしっくり重ならない。こと本篇は、『あるいは裏切りという名の犬』と同じく実話を題材にしている旨が冒頭で示されるのだが、この正当化のために組み込んだと見られる出来事がもし実際にあったとしても、本当にこういう成り行きであったのかは判断できないはずだ。それを、当事者の目線で、動機を明確に描いてしまったせいで、不自然さを齎すと同時に、わざわざ“実話を基にしている”と銘打ったことまでに疑惑を生じさせている。

 だがストーリーの意外性と、それ故の重量感は絶品だ。本篇は当初、破滅に赴いている刑事の姿を描きつつ、彼が追っている連続殺人犯に関する謎が主軸となり、そこに彼が過去に検挙した重罪犯の仮釈放にまつわるドラマが絡んでくる、という風に見せているのだが、これが中盤を過ぎると意外な展開をしていく。ちゃんと冒頭からの描写が伏線となっているのだが、謎解き主体のハードボイルド、と期待していると意表をつかれる。人によっては期待外れと感じるかも知れないが、しかしそこから終盤にかけての描写に呑まれてしまう人も多いはずだ。

 言ってみれば本篇は、矜持を保つために滅びを選ぶ物語であり、ある意味とても愚かで哀しい作品だ。だが、そこに至る過程を丹念に描き、共感を誘う一方で、ある出来事を挿入することで仄かな救いを添えてもいる。翻って、その救いこそが、物語の孕む悲劇性をより確固たるものにしている。だから最後まで強度が損なわれていない。

 多少考えながら鑑賞しないと読み解けないうえ、そこから生じるカタルシスに乏しいため、最後に衝撃や涙を誘う種類の感動を求めている観客には不満だろうが、反対にそういう滋味のある作品をこそ求めている人にはお薦めしたい。

関連作品:

あるいは裏切りという名の犬

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