『4匹の蝿』

『4匹の蝿』

原題:“Quattro Mosche di Velluto Grigio” / 監督・脚本・原案:ダリオ・アルジェント / 原案:ルイジ・コッツィ、マリオ・フォリエッティ / 製作:サルヴァトーレ・アルジェント / 撮影監督:フランコ・ディ・ジャコモ / プロダクション・デザイナー:エンリコ・サバチーニ / 編集:フランソワ・ボノ / 音楽:エンニオ・モリコーネ / 出演:マイケル・ブランドン、ミムジー・ファーマー、ジャン=ピエール・マリエール、フランシーヌ・ラセット、バッド・スペンサー、アルド・バフィ・ランディ、カリスト・カリスチ、マリーサ・ファブリ、オレステ・ライオネッロ、ファブリッツィオ・モロニ、コラド・オルミ / 配給:KING RECORDS + iae

1971年イタリア作品 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:?

1973年04月日本公開

2010年6月19日リマスター版日本公開

2010年11月10日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

公式サイト : http://www.kingrecords.co.jp/4flies/

シアターN渋谷にて初見(2010/06/19)



[粗筋]

 ロックバンドのドラマーとして活躍するロベルト(マイケル・ブランドン)の日常は、ある日を境に一変した。この数日来、ずっと自分を追う視線に悩まされていたロベルトは、レコーディングの帰り、とうとう怒りに任せて追跡者を尾行し、入っていった廃墟の劇場で問い詰める。しらを切る相手と揉み合いになり、気づいたときには相手は倒れ、ロベルトの手には血まみれのナイフがあった。愕然としながら、二階席で光がまたたく気配にロベルトが目を上げると、そこにはカメラを構えた、覆面姿の人物がいた。

 その日から、ロベルトの家には無言電話がかかり、彼の“犯行現場”を押さえた写真が舞い込むなど、不気味な出来事が相次ぐ。どういうわけか直接的な要求はしてこないことが、ロベルトの恐怖をいっそう煽った。

 そして遂に、惨劇が起きる。ロベルトの家で家政婦を務めていたアメリア(マリーサ・ファブリ)が公園で何者かによって殺されたのだ。

 窮したロベルトは、河原で自由気ままに暮らす知恵者の友人ディオ――通称“神”(バッド・スペンサー)に事情を打ち明け、助言を請うた。“神”はプロに任せるべきだと言い、ひとりの私立探偵を紹介する。

 一方その頃、ロベルトの周辺を蠢いていた“影”もまた、ある転機を迎えていた……

[感想]

“幻”と言われていた本篇だが、表現に何らかの社会的問題が生じていたとか、大きな争いがあったわけではない。権利関係がなかなかクリアに出来なかった、というだけのようなので、内容的には問題ない。ほぼいつも通りのダリオ・アルジェント流スリラーである。

 プロローグがいきなりロックの演奏であることに若干驚かされるが、そこから先は実に正統的なサスペンスが展開される。謎の追跡者、思わぬ災厄、意図の定かでない脅迫者……と矢継ぎ早に不可解な出来事が並び、惨劇へと至る。それぞれのモチーフの異様さ、奇怪な味わいはアルジェントの匂いを濃密に放っている。

 趣向は魅力的ながら、何処か支離滅裂であるのもアルジェントらしいところだ。ロベルトの身近で最初の死者が出るくだりまではさながら正統派スリラーの趣だが、河原に暮らす“神”に頼るあたりから急に雰囲気が変わってくる。“神”の暮らしぶりからして異様だが、その“神”が紹介するプロは何と一度も事件を解決したことがない、だから「今度こそ解決出来る気がする」と根拠のない自信をちらつかせるゲイの私立探偵。ロベルトの身辺に危険な匂いが漂いはじめたことから妻のニーナ(ミムジー・ファーマー)が家を一時的に離れるのは解るのだが、代わりに従姉妹のダリア(フランシーヌ・ラセット)がロベルトの面倒を見るために家に入る、となるともう意味が解らない。危険で離れたのなら、新たに女性を入れるのも問題ではないのか? 妻じゃなきゃ狙われないとどうして確信が持てたのか?

 大胆さ、という意味でトドメを刺すのは、題名にも用いられている“4匹の蝿”のモチーフである。確かにこのネタ、聞いたことはあるし、絶対的に不可能とは言い切れないらしいのだが、そもそも理論が確立されていない。それを敢えてやってしまうのはフィクションならではの強みだが、結果として導き出したヒントがあれ、というのもさすがに恣意的すぎるだろう。クライマックスで犯人像と結びついた瞬間、驚きよりも軽い失笑のほうが勝ってしまう恐れがある。

 と、否定的な見解ばかりを並べてしまったが、しかし個人的には決して悪い印象を持っていない。色々と破天荒なことをやっているが、少なくとも様々な怪事に対して、犯人の立ち位置がしっくりくる。他の作品ではしばしば無理や強引さを感じるが、本篇については納得がいくのだ。細かな行為はいささか行きすぎと思えなくもないが、ある程度は説明も出来る。

 何より、大げさや行きすぎを怖れることなく注ぎ込んだ見せ場がいずれも鮮烈なのだ。家政婦が殺されるシーンは、公園の壁の外にいるカップルの視点で描かれており、壁の向こうで殺戮が行われている、という気配は戦慄を招く。終盤のある人物の殺害シーンも、撮影手法が稚拙なので充分な効果は上げていないが、アルジェントらしい遊び心を感じる。そして圧巻はやはりラストシーンだ。スローモーションで描かれる“運命の報復”は、酸鼻を極めながらも酩酊感を齎すような美しさを孕んでいる。

 間違っても傑作とは呼べない。しかし、ダリオ・アルジェントという監督の作風に魅せられているような人ならば、一見の価値はある。特にスリラーでの近作『デス・サイト』の、アルジェントらしからぬ洗練ぶりに食い足りないものを感じていたような人には、間もなく日本上陸するはずの『ジャーロ』公開までのあいだ、渇を癒す好材料になるはずである。

関連作品:

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コメント

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