『恐怖のメロディ』

恐怖のメロディ 【ザ・ベスト・ライブラリー1500円:2009第1弾】 [DVD]

原題:“Play Misty for Me” / 原作:ジョー・ヘイムズ / 監督:クリント・イーストウッド / 脚本:ディーン・リーズナージョー・ヘイムズ / 製作:ロバート・デイリー / 共同製作:ジェニングス・ラング / 撮影監督:ブルース・サーティース / 音楽:ディー・バートン / 出演:クリント・イーストウッドジェシカ・ウォルター、ドナ・ミルズ、ジョン・ラーチ、ドン・シーゲル、ジャック・ギン、アイリーン・ハーヴェイ、ジェームズ・マクイーチン、クラリス・テイラー / マルパソ・カンパニー製作 / 配給:Uni×CIC / 映像ソフト発売元:GENEON UNIVERSAL ENTERTAINMENT(鑑賞したものはSony Pictures Entertainment発売盤)

1971年アメリカ作品 / 上映時間:1時間42分 / 日本語字幕:?

1972年4月22日日本公開

2009年8月5日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

DVDにて初見(2010/11/25)



[粗筋]

 地方のラジオ局KRMLでDJを務めるデイヴ(クリント・イーストウッド)は行きつけのバーでイヴリン(ジェシカ・ウォルター)という女と出逢う。彼女はデイヴの番組に、頻繁に『ミスティ』をリクエストしているリスナーでもあった。自分の元を去ったかつての恋人トビー(ドナ・ミルズ)に未だ想いを残していたデイヴは決して関係を深めるつもりはなかったが、「一夜限り」というイヴリンの囁きに屈して、ベッドを共にする。

 だが、自らの提案に反して、その日以来イヴリンは盛んにデイヴにつきまとうようになった。彼の自宅に現れて再び関係を結び、いきなり訪問すると、毛皮の下の一糸まとわぬ裸体を晒し……明らかにイヴリンの行動は常軌を逸していた。

 時を同じくして、トビーが街に戻ってきた。改めて彼女に対する愛情を自覚したデイヴは、関係の修復を請うと共に、イヴリンをきっぱりと拒絶する意志を固める。だが、トビーとの約束が控えていた夜、またしてもデイヴの家に現れたイヴリンは、彼からの冷たい言葉に逆上し、バスルームで自殺を図った。

 目を離せばふたたび自殺を図るかも知れない、という想いから、デイヴはイヴリンに優しく接するが、商談の場に乗り込んできたことで、遂に激昂する。トビーに事情を話し、理解を求めるが、その直後にイヴリンは更に激烈な行動に及んだ――

[感想]

 実はクリント・イーストウッド出世作となったテレビドラマシリーズ『ローハイド』のなかで、何本かを監督する計画があったという。だが、同じ頃に別の俳優が同じように出演作の監督を手懸け、製作費を食い潰した、という経緯があったことから立ち消えとなり、第二班の撮影を手伝う程度に留まった。しかし、この時点からイーストウッドの中には、監督業に対する憧れがはっきりと刻まれ、自らの経営する製作会社を経由して映画製作に関わるようになると、明らかにその目標に向かって着実に観客の意識を変える作品を選ぶようになった。

 前作『白い肌の異常な夜』が興行的に失敗したことを思うと、決して時期的には“満を持して”と言えなかったはずだが、同作のドン・シーゲル監督の影響下で本格的に監督業への意欲を膨らませていたイーストウッドは、本作で遂に悲願を果たすに至った。

 1990年代以降の監督作を観たあとに遡る形で、こういう知識を踏まえた上で鑑賞すると、むしろ当然の結果としか思えないが、公開当時の人々――とりわけイーストウッドに西部劇の俳優というイメージしかまだ持っていなかった人々にとって、本篇は相当な驚きを以て迎えられたことだろう。俳優の名前が監督名にクレジットされていることに抵抗を覚える向きも無論多かっただろうが、純粋な眼を持っているか、或いは多少なりとも肥えた眼のある人であれば、その“新人監督”らしからぬ堂々とした、そして見事な監督ぶりに感嘆を禁じ得なかったはずだ。

 続けて観るとなおさら感じるが、演出のスタイルはドン・シーゲル監督に似ている。ロングショットを随所に盛り込みつつ、表情や気配を巧みに伝えながらもテンポはいい。要点を押さえて平明だが味わいのあるタッチは、後年の傑作群とも共通項が多く、既に監督としての資質が開花していることが窺える。

 音楽にジャズを用いている点は、シーゲルの影響というより、自ら作曲も手懸けるほどジャズに没頭している彼自身の嗜好によるところが大きいようだが、しかしもつと特徴的なのは、ジャズをBGMとしてではなくあくまで小道具として利用し、むしろBGM自体は極力廃していることだ。

 この手法が本篇を、奥行きのあるサスペンス映画として信念の備わった作品にしている、と言ってもいい。序盤ではイヴリンという女性のどこか不安定な魅力を、極めて節度を保ったエロティックさで表現することに貢献し、中盤以降は彼女の先読みの難しい行動ゆえに醸成される緊張感をいっそう強める役割を果たしている。よくサスペンスやホラー映画では音楽の流れで戦慄する瞬間を予感させて観客に身構えさせるが、本篇はそうしないことで恐怖を盛りあげているのだ。簡単なようでいて、これは決して御しやすい趣向ではない。音楽だけでなく、映像の組み立てや、丁寧な伏線の用意がなければ奏功しないのだ。終盤にさしかかって描かれる幻想的なラヴシーンに、しかし色香と同じくらいに張り詰めた空気が漂うのも、こうした映像の工夫が活きているからである。

 何より、まだ“ストーカー”という表現が世間一般に広まる遙か以前に、“つきまとい”の恐怖を、しかも女性を敵役として題材に取り込んでしまった点が出色だ。最初は少し風変わり、という程度の印象だった女性が不意に凶暴な一面を顕わにし、性的魅力と自信に溢れていた男をいいように翻弄するさまは鬼気迫るものがある。クライマックスで見せる凶悪さはやや有り体のイメージになってしまったものの、その見せ方、ギリギリまで緊迫感を保ち、きちんとカタルシスに導く手管は見事なものだ。

 ちょうど『裏窓』や『北北西に進路を取れ』を観た直後だけに、さすがに過褒という印象は否めないが、当時“ヒッチコック監督作、と記していないのが唯一の欠点だ”と評されるのも確かに、と頷けるほど、地味ながらも堂々たる完成度を示した、サスペンスの秀作である。実験的な出演作が相次ぎ、イーストウッドに対するイメージが変化しつつある時期に手懸けて成功したことも、本篇の直後に『ダーティハリー』という大ヒット作を輩出したことも、いまの時点から考えると、今日の監督としての精巧に結びついており、大いなるターニング・ポイントのひとつとしても、意味のある1本と言えよう。

関連作品:

荒野の用心棒

夕陽のガンマン

続・夕陽のガンマン

奴らを高く吊るせ!

マンハッタン無宿

荒鷲の要塞

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白い肌の異常な夜

真夜中のサバナ

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