『メフィストの誘い』

メフィストの誘い [DVD]

原題:“O Convento” / 監督、脚本&台詞:マノエル・ド・オリヴェイラ / 原案:アグシティナ・ベッサ・ルイーシュ / 製作:パオロ・ブランコ / 撮影監督:マリオ・バロッソ / 録音:ジャン・ポール・ミュゲル / 編集:マノエル・ド・オリヴェイラヴァレリー・ロワズルー / 出演:カトリーヌ・ドヌーヴジョン・マルコヴィッチ、ルイス・ミゲル・シントラ、レオノール・シルヴェイラ、ドゥアルテ・ダルメイダ、エロイサ・ミランダ、ジルベルト・コンヴァクル / 配給:KUZUIエンタープライズ / 映像ソフト発売元:WArner Home Video(※鑑賞したものはUPLINKでリリース)

1995年ポルトガル、フランス合作 / 上映時間:1時間30分 / 日本語字幕:古田由紀子

1996年1月20日日本公開

2013年10月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

DVD Videoにて初見(2014/03/28)



[粗筋]

 マイケル・パドヴィク教授(ジョン・マルコヴィッチ)は妻のヘレン(カトリーヌ・ドヌーヴ)を伴い、ポルトガルにある修道院を訪ねる。表面的には、シェイクスピアの知られざる正体の手懸かりとなる古文書を探すのが目的だったが、マイケルは長年、不死を得ることを研究の主題としており、今回の訪問もその一環だった。

 修道院の管理人バルタール(ルイス・ミゲル・シントラ)の案内を受け、修道院の内部や、洞窟に設けられた祭壇を見学したあと、マイケルは文書庫で、ピエダーデ(レオノール・シルヴェイラ)という女性と引き合わされる。助手を引き置ける、という彼女の無垢な魅力に、マイケルは惹かれるのを禁じ得なかった。

 夫の浮気心を察したかのように苛立ちを覗かせるヘレンに、バルタールがすり寄っていく。ピエダーデから英訳版の『ファウスト』を贈られ、マイケルが歓びに胸を躍らせる同じ頃、森の中でバルタールはヘレンに誘惑の囁きを吹きかけていた……

[感想]

 本篇の真意を深く読み解くためには、『ファウスト』やシェイクスピア、ひいてはポルトガルの歴史にもある程度通じている必要があるのかも知れない。あいにく私はそのどれも、かなり乏しい知識しか持ち合わせていないので、本篇の狙いの深さを充分に理解できていないのではないか、という不甲斐なさを感じている。

 ただ、豊潤な表現、というものは、受け手の知識の有無を問わず、そこに何らかの意図を感じさせ、様々な解釈を許す幅がある。本篇もまた、前述したような文学、歴史の知識を充分に持たずとも、解釈のための切り口を見出すことは出来る。

 この物語のなかで、解りやすく“悪魔的な存在感”を示しているのは、修道院の管理人という立ち位置で登場するバルタールだ。彼はマイケルに対し恭順の意志を示しつつも、ヘレンの前にひざまずき愛を囁く。どんな意志、目的があるのかまでは窺い知れないが――単純に、ヘレンに魅せられ、マイケルを欺きながらヘレンの心に忍び入ろうとしているだけにも映る――彼の言動は、終始“悪魔の囁き”じみている。

 それに対して、ピエダーデの振る舞い、存在感は“天使”さながらだ。序盤でバルタール本人が“無垢”と評する彼女の言動はまさに邪気がなく、ほぼ誠実と言っていい。途中の振る舞いが無自覚にマイケルを誘惑するかのようで、翻って小悪魔めいた印象もあるのだが、しかしそこまで超然としているからこそ、邪心のみに突き動かされているかのようなバルタールとの対比は揺るぎない。

 しかし本篇の巧さは、そうした象徴的な存在では語りきれない立ち位置に、ヘレンが存在していることだ。彼女の反応、立ち居振る舞いの方が、バルタールやピエダーデよりも遥かに謎めいている。一見したところ、若い女に気を取られる夫に嫉妬し、バルタールの誘惑に心を揺さぶられる、有り体の妻のように映るのだが、しかしその態度は不思議なほど泰然としていて、どんな状況にあっても本気で動揺しているようには映らない。途中、助手に浮気心を誘われた夫に対して、遠回しに責めるような振る舞いを見せるが、それさえ本心は窺えない。終盤の成り行きを思うと、むしろ彼女こそが別の思惑で事態をコントロールしていたかのようにも映る。

 そして、そんな彼らの様子を、使用人のふたりがひどく冷淡に批評するひと幕が、本篇にはいくどか挿入される。やたらと人間味のある彼らの論評は、なまじ思索的で抽象に流れがちな主要登場人物たちよりも、血が通っている分だけ痛烈だ。それ故に、悪意だとすれば目的の明白なバルタールよりも遥かに生々しく、質が悪い。

 本篇はだから、思索的なモチーフを採り入れながらも、しかしそれでは操りきれない人間の営みや業の深さを、控えめにさり気なく、じわじわと迫るように描き出した作品だ――と私は読んだ。恐らく製作者の意図とは違うだろうし、正解とも言えないだろうが、そういう珍妙な解釈を許すだけの余裕と奥行きが本篇には確かにある。

関連作品:

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