『秋刀魚の味』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン3前に掲示された案内ポスター。 「秋刀魚の味」 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター [Blu-ray]

監督:小津安二郎 / 脚本:野田高梧小津安二郎 / 製作:山内静夫 / 撮影:厚田雄春 / 美術:浜田辰雄 / 照明:石渡健蔵 / 編集:浜村義康 / 録音:妹尾芳三郎 / 音楽:斎藤高順 / 出演:笠智衆岩下志麻三上真一郎佐田啓二岡田茉莉子中村伸郎三宅邦子、北龍二、環三千世、東野英治郎杉村春子吉田輝雄加東大介岸田今日子、高橋とよ、菅原道済、織田政雄、浅茅しのぶ、牧紀子、須賀不二男 / 配給&映像ソフト発売元:松竹

1962年日本作品 / 上映時間:1時間53分

1962年11月18日日本公開

第三回新・午前十時の映画祭(2015/04/〜2016/03/開催)上映作品

2013年11月27日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray DiscamazonBlu-ray Disc Amazon.co.jp限定版:amazon]

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2016/02/24)



[粗筋]

 平山(笠智衆)の人生は平穏だった。会社で安定した収入を得、長男の幸一(佐田啓二)は団地暮らしだが秋子(岡田茉莉子)と所帯を持ち独立している。長女の路子(岩下志麻)はそろそろ結婚適齢期だが、平山自身はさほど気にしていなかった。

 ある日、平山は同窓会に参加した。久々に会う恩師の“ひょうたん”こと佐久間先生(東野英治郎)はやたらと物言いが卑屈だった。したたか酔っ払った恩師を送っていくと、佐久間は現在中華蕎麦屋をひとり娘の伴子(杉村春子)と共に営んでいる。そのあまりに落ちぶれた様子に、平山たち教え子は金を集め、理由をこじつけて佐久間先生に渡すことにした。

 預かった金を渡すために日中、ふたたび佐久間の店を訪ねた平山は、改めて佐久間の卑屈な態度と、かつては愛らしかった伴子の憔悴ぶりを目の当たりにして動揺する。

 それでも、焦る必要はない、と思っていた平山だが、最近若い妻をもらった堀江(北龍二)や、既に娘を嫁に出している河合(中村伸郎)からも諭されると次第に、路子の幸せのために行動を起こさねばならないような気分になるのだった……

[感想]

 小津安二郎監督作品を鑑賞するのはこれが初めてである。世界的な評価の高さ、人気の強さを聞くにつけ、やたらと期待を膨らませていたのだが、確かに、これは素晴らしかった。

“派手さ”とはまるで縁のない、市井のひとびとと、決して特異でない出来事のみで綴られている。作り手に確かな手腕と構想がなければ容易に破綻し、何の取り柄もない作品になりそうだが、本篇は穏やかな中に緊張感さえ漂わせ、気を逸らさない。

 この緊張感は、安易にカメラアングルをひねったりせず、人物の表情はカメラとほぼ1対1で切り取り、オフィスや飲み屋の店内などは基本、決まったアングルで捉える、といった具合にルールを決めながら、その枠の中に情感を収める、計画性の高い作りに由来しているように思う。これほど人間の情感を巧みに織り込みながらも、その構築は高度な計算に基づいているのが窺えるのだ。それ故に、描かれるシチュエーションの自然さ、穏やかさにも拘わらず、不思議な緊張感が漲っているのだろう。

 ただ、この緊張が快い。居心地の良ささえ感じる。描かれていることの何一つとして不自然さがなく、時代の隔たりにも拘わらず実感が共有できる。いま自分が映画の中に入り込んで、物語に寄り添っていてもおかしくないような心地がする。日本人だからこそ、の印象とも言えるが、しかし本篇に漂う“近しさ”は、映画という表現が定着しているくらいの文化圏に暮らす人なら等しく味わえるのではなかろうか。

 その親近感に満ち、居心地のいい空間のなかで繰り広げられる、ささやかな悩みや試行錯誤。本篇の焦点がどこにあるのか、明確に指し示すような台詞、事件といったものは決して強調されていないのだが、その自然な語り口に共鳴するあまり、視点人物である平山の心情が理解できる。発表から半世紀を隔てた今となっては、24歳を結婚適齢期と言っているのが不思議にも思えるのだが、周囲の状況、価値観を織り込むことで自然と受け入れさせてしまう。こういう価値観であれば、娘の現状に漠とした不安を抱き、それとなく力添えしようとしてしまうのも無理はない。

 誰もが一般的な価値観との比較で悩み、ささやかな幸せのために努力を試みる。思い違いが招く失意もあるが、そこに振りまかれる心配りが快い。決してすべての人物を善意の塊のように描いていない――随所に盛り込まれたユーモアには、幾許か意地悪な感情も込められている――が、嫌悪感を催すほどではなく、程よい匙加減を保っているから、それもまた絶妙な味付けとなっている。

 だがこの作品を傑作たらしめているのは、あまりにも情感の豊かな終幕だろう。得がたい幸福感、充足感と引きかえに襲う、言い知れぬ空しさ。そこに漂う余韻はとても苦く、しかし不思議と甘美でさえある。ただ「良かった良かった」で終わってしまえばただの絵空事だが、味わう喪失感をも残酷なほど明確に描くことで、作中の描写をより強く印象づける。

 とても日本的、といえば確かにそうだが、本篇を観る限り、それを描く上での思慮深さと慎重さが半端ではない。時代の空気を濃密に留めつつも、いつまでも普遍性と親しみを感じさせてくれそうな構造は恐らく、驚異的なまでに研ぎ澄まされた作りが齎したものだ。何ひとつ軽んじていないからこそ作り出せた傑作なのだろう。

関連作品:

砂の器』/『この子の七つのお祝いに』/『仁義なき戦い』/『悪魔の手毬唄』/『七人の侍』/『死者との結婚』/『三本指の男』/『陸軍中野学校』/『黒い十人の女

ニッポン無責任時代』/『アメリカン・グラフィティ』/『ALWAYS 三丁目の夕日’64』/『家族の灯り

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