原題:“The Countess” / 監督・脚本・製作・音楽:ジュリー・デルピー / 製作:マシュー・E・シュッセ、アンドロ・スタンボン、クリストフ・ティファン / 撮影監督:マルタン・ルーエ / 美術:ヒューベ・ポーリー / 編集:アンドリュー・バード / 衣装:ピエール・イヴ・ゲイロード / 出演:ジュリー・デルピー、ウィリアム・ハート、ダニエル・ブリュール、アナマリア・マリンカ / 日本配給未定
2009年フランス、ドイツ合作 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:LVTパリ
2009年3月13日フランス映画祭2009にて日本初公開
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2009/03/13)
[粗筋]
17世紀のハンガリー。エリザベート・バートリ伯爵夫人(ジュリー・デルピー)の運命を一変させたのは、ある若者との出会いであった。
政略結婚によってフランツ・ナーダジュディII世を配偶者としたものの、決して夫婦仲は悪くなく、6人の子を成している。戦争で留守がちの夫に代わって領地を切り盛りし、時の国王に大金を貸すことでその地位を盤石のものともしていた。
しかし夫フランツは、遠征先で得た病気がもとで呆気なく他界してしまう。夫がなくとも、経営手腕の際立ったエリザベートの将来に不安はなかった。
だがある舞踏会にてエリザベートは、ジョルジ・トゥルーゾ伯爵(ウィリアム・ハート)の後継者であるイシュトヴァン(ダニエル・ブリュール)と邂逅する。彼は初対面のときからエリザベートに積極的にアプローチし、彼女はほだされるように一夜をともにした。
明けて翌日、急かされるように領地に戻ったエリザベートだったが、頭の中はすっかりイシュトヴァンのことで埋め尽くされている。それは、エリザベートにとって初めての、本気の恋であった。
あんな若い男が、年の離れたエリザベートに本気になるわけがない、と長年彼女の側に仕えてきたダルヴリア(アナマリア・マリンカ)は警告するが、すっかりイシュトヴァンに夢中になったエリザベートは聞く耳を持たない。
だがしかし、ダルヴリアの危惧は、違った形で現実となった。エリザベートの胸に初めて宿った愛の炎が、やがて彼女を狂気に陥れていく……
[感想]
エリザベート・バートリと彼女の物語は、ブラム・ストーカー描く『吸血鬼ドラキュラ』に影響を及ぼしたと言われている。極論すれば、現代の怪奇小説の源泉のひとつとさえ言える存在であるわけだ。
と、そういう前提のもとで鑑賞すると、思いの外普通のドラマのように映る。粗筋のあと、“流血の伯爵夫人”と呼ばれる理由となった残虐な行為に及ぶとさすがに猟奇色が強まるが、直接描写はしていないので、全体的に大人しい印象だ――とはいえ、普通のドラマだという認識で観れば充分に衝撃的ではあると思うが。
本篇で語られている、エリザベートがのちに裁かれることとなった行為のそもそもの動機は、実際にある説に基づいているようだ。ただ、そこに若い青年との恋愛話を絡めたあたりや、細かな駆け引き、心情については脚色があるように思われる。こうした歴史ドラマを、出来るだけ史実通りに描くことを望む向きは不満を覚えそうだが、材料を巧みに咀嚼して、そこから想像の翼をうまく羽ばたかせ、残酷で悽愴な、許されざる愛のドラマに仕立て上げた手腕は秀逸だ。
主演のジュリー・デルピーは『パリ、恋人たちの2日間』に続いて監督・脚本・音楽まで兼任、現代的なセンスに満たされたあちらとはがらっと趣を変えた本篇でもその才能を発揮しているが、たださすがに制約が多いせいもあるのだろう、台詞にいまいちウイットがないのが残念に感じられる。細かな会話に含蓄を滲ませる手管はあるが、歴史という大仰な枠の中に収まると、どうもインパクトに乏しい。
しかし、その行為からすれば歴史上類を見ない悪女であるエリザベートを、ある意味では同情でき、終盤の言動からすると多少なりとも敬意に値する人物に感じられるよう描いたのはなかなかの発想だし、ほぼ実現できているのは見事だ。自らの老いに怯え、じわじわと常軌を逸していく様の丁寧さと、ことが発覚し自身の異常性を自覚したあとのいっそ毅然とした佇まい。この題材だからこそ表現できる、唯一無二の人物像は非常に興味深い。
最終的に浮かび上がってくる主題は“報われないロマンス”であるため、犯罪者を美化し賞賛しすぎているとして嫌悪する向きもおそらくあるだろう。だがそれは、美や愛情に囚われた人間の極地を明確に捉え、徹底的に掘り下げているという点で徹底しているが故である。
素材の残酷さを和らげる努力のために、コスチューム・ドラマとしては地味な印象を与える結果となっていたり、貴族社会の描写がやや浅く感じられるなど疵も認められるが、それでも存分に見応えのあるドラマに仕上がっている。怪奇小説の分野に親しみのある人間からすると、エリザベートの狂気をもっとおぞましく克明に描き出して欲しかった、という嫌味を抱くかも知れないが、同じ題材でもこんな解釈が出来る、という点を味わっていただきたい。
コメント
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