『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』

八甲田山 <4Kリマスターブルーレイ> [Blu-ray]

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原作:新田次郎『八甲田山死の彷徨』 / 監督:森谷司郎 / 脚本:橋本忍 / 企画:吉成孝昌、佐藤正之、馬場和夫、川崎兼男 / 製作:橋本忍、野村芳太郎、田中友幸 / 撮影:木村大作 / 照明(ロケーション):大澤暉男 / 照明(セット):高島利雄 / 美術:阿久根厳 / 編集:池田美千子、竹村重吾 / 録音:吉田庄太郎 / 音楽:芥川也寸志 / 助監督:神山征二郎 / 出演:島田正吾、大滝秀治、高倉健、丹波哲郎、藤岡琢也、浜田晃、加藤謙一、江幡連、高山浩平、安永憲司、久保田欣也、樋浦勉、広瀬昌助、早田文次、吉村道夫、渡会洋幸、前田吟、北大路欣也、三國連太郎、加山雄三、小林桂樹、神山繁、森田健作、東野英心、金尾鉄夫、古川義範、荒木貞一、芦沢洋三、山西道宏、蔵一彦、新克利、海原俊介、堀礼文、下絛アトム、森川利一、浜田宏昭、玉川伊佐男、竜崎勝、江角英明、井上博一、佐久間宏則、伊藤敏孝、緒形拳、栗原小巻、加賀まりこ、石井明人、秋吉久美子、船橋三郎、加藤嘉、花澤徳衛、山谷初男、丹古母鬼馬二、青木卓、永妻旭、菅井きん、田崎潤  / 配給:東宝 / 映像ソフト発売元:東宝、Happinetなど
1977年日本作品 / 上映時間:2時間49分
1977年6月18日日本公開
午前十時の映画祭10-FINAL(2019/04/05~2020/03/26開催)上映作品
2019年4月17日映像ソフト日本最新盤発売 [Blu-ray Disc:amazon]
TOHOシネマズ新宿にて初見(2019/7/02)

[粗筋]
 明治三十四年十月、露西亜との開戦が現実味を帯びるなか、日本軍は雪山訓練の必要を感じていた。
 第四旅団の参謀長・中林大佐(大滝秀治)と団長・友田少将(島田正吾)は非常時の移動経路の研究のため、八甲田山での雪中行軍演習を提案する。友田はそれぞれに冬山に関する知識と経験を有していた青森歩兵第五連隊の神田大尉(北大路欣也)と、弘前歩兵第三十一連隊の徳島大尉(高倉健)に「冬の八甲田山を登ってみたくないか?」と訊ね、ふたりに詳細な計画の作成と指揮を命じた。しかも、八甲田山を挟んで反対に位置する双方の駐屯地から出発し、八甲田山ですれ違うことも計画に含められてしまう。
 しかし、必要性を認めて命令を受けたふたりだが、共に登山の知識があるからこそ、これが容易ならざる訓練であることを痛感していた。調査に先駆け、勉強会と称して徳島を訪ねた神田は、「次は八甲田山で会おう」と約束を交わす。
 先に計画書を提出したのは徳島であった。最終的に第五連隊の行路と交わるためには東側まで大きく迂回する必要があるため、都合十泊十一日という長期間を設定した。極めて危険な道のりであるため、目的意識と強い意欲が求められるとし、見習いを含め、志願者のみの二十七名、という精鋭で実施する、という概要であった。
 先を越される格好となった第五連隊の山田少佐(三國連太郎)はにわかに対抗心を起こし、神田に立案を急がせる一方、行軍を第三十一連隊よりも大規模なものにするよう命じる。当初は徳島と同様、小隊編成での行軍を画策していたが、躍起になる上官たちに押され、中隊編成、しかも山田を含む大隊本部も同道する大仰な編成にせざるを得なかった。
 そして明治三十五年一月二十日、弘前歩兵第三十一連隊は27名の少数精鋭で、遅れること三日の二十三日に青森歩兵第五連隊が合計210の大所帯で、それぞれの本部から出発した。
 徳島大尉が地元の住民を案内役として堅調に進む一方、第五連隊は田茂木野村の人々が案内する、という提案を山田が拒否してしまう。それが、近代登山史最悪と呼ばれる遭難事件のはじまりだった――

TOHOシネマズ新宿、スクリーン11入口脇に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭10-FINAL』当時)

[感想]
 本篇は実際の出来事に基づいている。その被害の大きさ、当事者らの立場ゆえにあまり知られていなかったが、現地では語り継がれ、『劔岳 点の記』などを手懸けた作家・新田次郎が資料や、遭難しながらも辛うじて生き延びた人物の証言も得て、小説の形で再現した。本篇はその映画化である。
 これ自体が現実であることに驚かされるが、この物語の絶妙な点は、ほぼ同時に理想的な計画と、準備段階からも危うい最悪の計画が実施されていることだ。一方の徳島大尉率いる弘前歩兵第三十一連隊は少数精鋭、目的意識のあるもののみに人員を絞り、常に案内人をつけ日程にも充分な余裕を設けている。上官は提示された期間の長さに驚き、青森側は対抗意識を燃やすが、その実、地元の人間でさえ恐れをなす八甲田山に対しては極めて堅実だ。それに引き換え、青森歩兵第五連隊は計画書を提示した直後から危い。日数が少なく見劣りがする、という理由で当初の小隊編成から中隊規模に変更し、指揮官に任命したはずの神田大尉よりも上位の山田少佐を含む大隊本部が同行する、という事態に発展する。食糧のために橇を用意せざるを得ない編成となり、しかもその指揮体系に破綻を来しかねない人員配置は、始まる前からその道程の嵐が目に浮かぶようだ。そして、その予感通りに悲劇は起きる。
 実際の出来事をもとにしているのだから当然ではあるが、本篇の遭難の描写は真に迫っている。たとえば、第五連隊の隊員たちは、せっかく持ち運んだ握り飯が寒さで凍り、喰べられずに苛立つ場面がある。実際、気温の低い雪山では起こりうる出来事で、慣れている者は体温で温められる状態にしておくとか、あらかじめ火にかけておくことで、周りは凍っても食べられる部分が残るよう対策を施したりする。対する第三十一連隊の準備中のひと幕で、水筒の中身に余裕を持たせることで凍結を防げる、と助言するくだりがあり、ここで既に両者の意識の違いが窺える。
 だがやはり、より強烈な印象を残すのは、本格的に遭難してからの、隊員たちに起きる異変の数々だ。危険な傾斜を無理に登ろうとして滑落する、というのは誰しも想像できる類いの惨劇だが、吹雪の中で叫びながら服を脱ぎ、肌を晒して凍死する、という情景は、知識なしでは描き得ないだろう。現実であんな風に親切に解説した者がいたか定かではないが、劇中でも説明のあるとおり、激しく動いたが故に分泌した汗が衣服を凍らせ、耐え難い冷たさや痒さを生み、極度の寒さの中で服を脱ぐ、という行為を促すことは遭難ではままある。歩けども歩けども道の拓けない状況でうっかり神田大尉が漏らした弱音ひとつで、バタバタとひとが倒れていく衝撃的な光景も、この事件の貴重な証言で語られている通りだ。
 そうした、取材に裏打ちされた描写のインパクトもさることながら、そこに説得力をもたらす雪山の表現こそこの映画の真骨頂だろう。八甲田山の広大で雄壮な姿を捉えた遠景、白い雪に覆われたそのなかを行く隊列。横殴りに降りしきり、わずか数メートル先の同輩すら霞んでしまう吹雪。美しさは言うまでもなく、観るだけでそのきょういが実感できる映像は圧巻だ。2019年現在も現役で、細部にまで神経を行き渡らせた映像をスクリーンに届け続けている撮影監督・木村大作の凄みがもっとも解り易い作品である――ただ、翻って、どうしても白ばかりの似たような風景が続くため、視覚的に倦んでしまう傾向があるのも否めない。眠気を催す可能性があるのも、そのリアリティゆえ、と言えるかも知れない。
 そこで効いてくるのが、随所で起きる惨劇であり、恐らくは脚色として施された幾つかのドラマだ。そもそもこの二つの連隊による雪中行軍は劇中語られているような上意下達の計画ではなく、別個に立案されたものが偶然同じような日程になった、と見られているようだ。従って、神田大尉と徳島大尉のモデルとなった人物は、共に勉強会を開くどころか、交流があった、という記録もない。しかし、志を共にする好敵手として彼らを描き、約束を加えたことで、行軍にロマンが醸成された。恐らく、両隊に血の繋がった兄弟が配属された、というエピソードもまた脚色の一部だろうが、神田・徳島大尉の購入と共に、ふたつの計画に顕れた無情な差をより際立たせ、そのドラマを巧みに膨らませている。
 現実自体がそうであったように、これは極めて象徴的な物語だ。己の分を弁え、適切に計画を組んだ一方は苦難に見舞われつつも行軍を完遂し、雪山を侮り安易な計画で統率を乱した一方はこれ以上ないほどの惨劇に見舞われた。この事件は明治、日露戦争よりも前の出来事だが、そののちの第二次世界大戦における破綻を予見していたかのようにも映る。また、見栄や功名に走った上司が絡むことで指揮体系に影響を来してしまう、というのも当時に限らず起きうることだ。雪山そのものの危険に警鐘を鳴らすばかりでなく、状況や身の丈に見合った計画の必要性を教訓として織り込んでいる、とも読み解ける。単純な事件の再現に留まらず、ふたつの行軍を巧みに対比させる趣向を盛り込んだからこそ、そのメッセージ性が明確になった。本篇を観たあとで、雪山を侮る人間はまずいないだろう。
 ……それにしても、映像からも、撮影そのものが極めて過酷なものだったことが想像できる作品である。考えようによっては、第五連隊が試みた大規模な雪山行軍に、撮影という難事業も加えて挑んだ、とも捉えられるかも知れない。ならば、それが作品として成功し、事件から1世紀以上を経てなお顧みられるのは、最善の弔いなのだろう。ドラマ性を深めたが故に、事情が判然としない部分であるにも拘わらず愚鈍に描かれてしまった人物もあるのだが、たぶん許してもらえている、と信じたい。

関連作品:

日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『私は貝になりたい(2008)』/『劔岳 点の記
天国と地獄』/『幸福の黄色いハンカチ』/『砂の器』/『七つの会議』/『死の十字路』/『真夏の方程式
アイガー・サンクション』/『雪女(2016)

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