『鑑定士と顔のない依頼人』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、劇場入口の階段脇に掲示されたポスター。

原題:“La Migliore Offerta” / 監督&脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ / 製作:イサベラ・コカッツァ、アルトゥーロ・パグリア / 製作総指揮:エンツォ・システィ / 撮影監督:ファビオ・ツァマリオン / プロダクション・デザイナー:マウリツィオ・サバティーニ / 編集:マッシモ・クアッリア / 衣装:マウリツィオ・マイレノッティ / 音楽:エンニオ・モリコーネ / 出演:ジェフリー・ラッシュ、シルヴィア・ホークス、ジム・スタージェスドナルド・サザーランド、フィリップ・ジャクソン、ダーモット・クロウリー / 配給:GAGA

2013年イタリア作品 / 上映時間:2時間11分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12

第26回東京国際映画祭特別招待作品

2013年12月13日日本公開

公式サイト : http://kanteishi.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2013/10/22)



[粗筋]

 ヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は自身の名前を冠したオークションが催されるほど名うての鑑定士である。仕事に心血を注ぐ彼は、家庭を持たず、美術品以外の趣味もないストイックな日々を過ごしていた。

 そんな彼に、先日から執拗に連絡を取ろうとする人間がいた。クレア(シルヴィア・ホークス)と名乗るその女は、自宅にある骨董品や美術品を売却するため、ヴァージル自身に来訪して品物を鑑定、カタログを作成して欲しい、という。出向くこともなく電話でのみ依頼しようとする彼女の態度に、ヴァージルは不快感を覚えていたが、しかし度重なる要請にとうとう根負けし、自ら指定する屋敷に赴いた――が、古びたその邸宅の門扉には、固く錠がかけてあった。

 待ちぼうけを食わされ憤るヴァージルのもとに、ふたたびクレアが電話をかけてきた。事故で入院していた、と釈明し、改めて訪問を求める彼女に、ヴァージルは腹を立てながらも、再訪を約束してしまう。

 次に訪れたとき、門扉は開いていた。現れた男に招かれ入った邸内はどこか閑散としているが、確かに見るべき美術品が揃っている。しかし、ヴァージルの関心を惹きつけたのは、地下室に落ちていた小さな部品だった。閃くものがあったヴァージルは、それを懐にしまい込む。

 最近、懇意にしている若き美術修復人のロバート(ジム・スタージェス)にその部品を託したところ、ヴァージルが予想したとおりの答が返ってきた。それはかつて見世物として用いられていたオートマタ=自動人形の部品の可能性がある、という。他の部品が見つかれば、オリジナルを復元できるかも知れない……

[感想]

 ジュゼッペ・トルナトーレ監督といえば、長篇第2作にして日本初紹介の『ニュー・シネマ・パラダイス』でいきなり現代の古典とも言うべき名作を発表し、未だに同作品のイメージが色濃い。だがその実、私は未見だが、長篇第1作は過激な描写を伴うサスペンスであり、近年にも『題名のない子守唄』という佳作があったように、ミステリ系統の作品にも強い思い入れがあるようだ。オーストラリア出身の名優ジェフリー・ラッシュを招いた本篇も、『題名のない子守唄』同様のミステリ路線に属する――という程度のことは語ってもバチは当たらないだろう。

 ただ、率直に言えば、多少目端の利く人なら、本篇の大きな目的は察しがつくはずである。私自身、予め狙いをつけていたら、その通りのところに話が流れてきたので、そのこと自体にむしろ驚いた。

 しかし本篇の秀逸なところは、大きな目的は明かしても、細部の真実を完全には明かしていないことだ――それではミステリとして成立していないのでは、と首を傾げるかも知れないが、しかしこういう描き方をしたことで、本篇の後味は間違いなく、本来のプロットが持つ以上の豊潤さを身に宿すようになった。

 見抜いたうえで鑑賞していても、本篇には不思議な点、説明しきれない箇所が無数にある。そして、説明しきれない箇所には、幾つも説明に用いることの出来そうな描写がちりばめられているのだ。たとえば――と具体的に挙げていくと却って大元の仕掛けを割ってしまうことになりかねないので避けるが、もし観終わったあとで「大したネタではなかった」と思うなら、同じく本篇を鑑賞したひとと意見のすり合わせをしてみていただきたい。恐らく、考えている以上に意見の食い違いが生じ、明かされていない部分が多く、解釈の幅が多いことに気づくはずだ。

 そして、謎に直接関わらない箇所にさえ、本篇は企みが少なくない。これもあげつらうのを控えねばならないのが口惜しいが、ひとつだけ、主人公たるヴァージルの人物像そのものが極めて秀逸であり、ある意味で愛情さえ感じさせるその表情の汲み取り方には是非とも注目していただきたい、と申し上げておく。序盤で見せる天の邪鬼な行動に、事態が進展していくにつれて少しずつ顕れる変化。特に終盤が近くなってからの、オークションの場面で見せる振る舞いは、序盤の言動と重ねて考えると非常に感慨深い。ある意味哀れであり、そしてひどく人間くさく愛嬌さえ滲み出ている。監督であるジュゼッペ・トルナトーレは本篇のシナリオ執筆時点でジェフリー・ラッシュを候補に含め、完声と共に彼に打診したというが、それも宜なるかな。『クイルズ』のサド侯爵から『パイレーツ・オブ・カリビアン』のバルボッサ船長に至るまで、多彩な人物に見事な存在感を与えてきた名優であるが、私の観た範囲では本篇こそ最高のはまり役だった。

 出世作ニュー・シネマ・パラダイス』の時点で既に証明していたトルナトーレ監督の美的センスは、更にレベルを上げつつあることも本篇からは感じ取れる。その構図の美しさは、鑑賞後幾つもの場面が繰り返し脳裏に蘇る。とりわけあのラストシーンが漂わせる虚しさと切なさに、見事に調和する美術の佇まいと構図の呼吸は逸品だ。

 観終わったあとで、これは果たしてハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、という点もまた、ひとによって捉え方が異なる。それもまた本篇の振り幅の大きさを示している点だが、監督が東京国際映画祭の舞台挨拶で語っていたように、幸福な結末であった、という捉え方を私は選びたい――一面的でない解釈が、より世界の奥深さと美しさとを描き出す、という本質と完璧なほどに共鳴しているのだから。

 映画の素晴らしさを謳歌するかのような作品で世界にその名を轟かせたトルナトーレ監督は、更にその手腕を熟練させ、美の歓びをスクリーンに凝縮させてしまった。脱帽するほかない。

関連作品:

題名のない子守唄

ニュー・シネマ・パラダイス

英国王のスピーチ

パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉

決闘の大地で

クラウド アトラス

メカニック

トランス

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