大島不動産総務課として採用され、前社長の子息で、病気により寝たきりとなった雅弘の介護に従事する若宮恵美子は、突然クレーム対策として用意された《販売特別室》に異動を命じられた。前社長の弟で、現社長の高丸が、役員となっている雅弘を放逐するため、雅弘を《販売特別室》の室長に据え、厄介な不動産トラブルの調査を押しつけ、失敗を犯させて地位を奪おうと画策したのだ。経験したことのない業務に戸惑う恵美子だが、異様な洞察力と奇妙な特殊能力を持つ謎の男・犬頭光太郎の協力で、無理難題を攻略していく――《居座られた部屋》、《借りると必ず死ぬ部屋》など5篇を収録。
私が本書を手に取ったのは、2025年1月から3月までフジテレビ系列で放送された、このシリーズのドラマ版を鑑賞したからである。ミステリとしてかなり凝った作りになっているが、ユーモアの部分がかなり楽しかったのだ。とりわけ、犬頭光太郎を演じた上川隆也の振り切れっぷりが素晴らしく、気づけばネットの先行配信で放送を先取りするほどにハマってしまった。
ドラマ終了後も熱が冷めやらず、とうとう原作第1巻を購入、私としてはかなり早々と読み終えてしまったのだが、驚いたのは、ドラマ版のブッ飛んだ設定が、想像以上に原作を尊重していた点だ。
まったく同じではない。まず主人公である美枝子は、ドラマ版では営業職で失敗を重ね、左遷同然に《販売特別室》に送りこまれるのだが、前述のように前社長子息・雅弘の介護が元々の業務となっている。雅弘も、ドラマ版では事故により足が不自由になっただけで、車椅子を使えば外出出来るが引きこもりになっている、という設定にされていたのに対し、原作では寝たきり、エピソードによっては治療のため長期入院も余儀なくされている。そして、犬頭光太郎の“正体”に至っては――さすがに詳細は伏せるが、けっこう大きな違いがある、という点は明言してもいいだろう。
しかしそのいずれも、原作よりドラマとして動きや味付けを加えるため、という意図が明白に窺えるもので、むしろ原作に対するリスペクトを感じる。なんなら、ドラマの犬頭のほうがまだちょっとだけ常識的だ――あのイメージで原作に接すると、こちらの犬頭はさすがにやり過ぎだし、人智を逸脱している。
しかし本篇の面白さは、この様々な面で破天荒な犬頭が、常識や礼儀などお構いなしにトラブルの現場に突入し、普通ならば危険な相手を文字通りになぎ倒しつつ、物件を巡る謎は極めて論理的に解き明かしてしまう、その鮮やかさにこそある。主人公である恵美子はもともと調査に携わっていたわけではなく、不特定多数と接する業務を担当していたわけですらない。本篇のトラブルに関わる人物のなかには明らかに堅気ではない者も多数混ざっていて、間違いなく恵美子ひとりでは解決の目処さえ立たなかっただろうが、常識を一切合切無視する犬頭のお陰で、一気に事態が好転してしまう。思わず笑っちゃうし、やたらと爽快だ。
なおかつ各篇の、謎解きとしての質も高い。占有屋やいわゆる“呪われた物件”、ゴミ屋敷にポルターガイスト現象と、不動産で生じるトラブルをオカルト的なものまで網羅して採り上げ、その表面的な事象からはすぐに想像出来ない、しかし納得のいく真相を用意している。全体にいささか手が込みすぎている気もするが、それだけに驚きも大きいし、解決のインパクトもある。というか、犬頭のような横紙破りがいなければ、各篇もっと長い尺を使ってもいい仕掛けなので、ある意味贅沢なシリーズと言えるかも知れない。
どれも面白く、なおかつミステリとして整った作品ばかりだが、個人的にお気に入りを挙げるとすれば《ゴミだらけの部屋》だろうか。複数の思惑が絡みあって作り出された謎の構造と、その結末にちらつく希望が印象深い。この作品はドラマ版も出色だった。細かに設定は変更されているが、骨子はほぼそのまま、ユーモアとサスペンスを映像的に演出し、なおかつラストをより情緒豊かなものに昇華している。原作の提示したものが優れていればこそだが、本篇と並べることで、ドラマ版が原作に捧げたリスペクトも実感出来る。
このシリーズは2016年に第2巻『天使の棲む部屋』が発売されて以降、続篇は刊行されていない。ただ、不動産を軸に据えつつ、無理難題を強引に解決する犬頭、という組み合わせが恐ろしく楽しく、唯一無二の魅力を備えているので、出来ればもっと読ませていただきたいところである。そして、原作を読んでもはまり役としか思えなかった上川隆也主演のドラマ版がふたたび製作される芽を残しておいていただきたい。
とりあえず私は、まだ購入していない『天使が棲む部屋』を探してきます。
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