『ティファニーで朝食を』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン4前に掲示された『ティファニーで朝食を』上映時の『午前十時の映画祭7』案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン4前に掲示された『ティファニーで朝食を』上映時の『午前十時の映画祭7』案内ポスター。

原題:“Breakfast at Tiffany’s” / 原作:トルーマン・カポーティ / 監督:ブレイク・エドワーズ / 脚本:ジョージ・アクセルロッド / 製作:マーティン・ジュロー、リチャード・シェファード / 撮影監督:フランツ・プラナー / 美術監督:ロナルド・アンダーソン、ハル・ペレイラ / 編集:ハワード・A・スミス / キャスティング:マーヴィン・ペイジ / 音楽:ヘンリー・マンシーニ / 出演:オードリー・ヘップバーン、ジョージ・ペパード、パトリシア・ニール、バディ・エブセン、マーティン・バルサム、ホセ・ルイ・デ・ヴィラロンガ、ジョン・マクギヴァー、アラン・リード、ドロシー・ウィットニー、ミッキー・ルーニー / 初公開時配給:パラマウント映画 / 映像ソフト発売元:Paramount Japan
1961年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:高瀬鎮夫
1961年11月4日日本公開
午前十時の映画祭7(2016/04/02~2017/03/24開催)上映作品
午前十時の映画祭11(2021/04/02~2022/03/31開催)上映作品
2019年4月24日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc]
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2016/04/20)
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2021/09/20)


[粗筋]
 初めての短篇集を出版して以来、ろくに新作を発表していない作家のポール・バージャック(ジョージ・ペバード)は、2E(パトリシア・ニール)という裕福な夫人の愛人として生活していた。
 2Eの世話により、引っ越したマンハッタンのアパルトマンで、ポールはホリー・ゴライトリー(オードリー・ヘップバーン)という女性と知り合う。彼女は裕福な男たちと代わる代わる一夜を過ごし、その帰りにもらう現金で生活している。他に、弁護士から是非に、と頼まれ、現在脱税で収監中のマフィアのボス、サリー・トマト(アラン・リード)に週1回面会に行き、その都度小遣いをもらうこともしていた。
 年がら年中騒音を出し、しばしば鍵を忘れるため、上階のフラットに住む日本人カメラマンのユニヨシ(ミッキー・ルーニー)を煩わせるホリーは、ユニヨシの抗議から逃れるため、非常階段からポールの部屋に侵入してきた。寛容で背の高いポールの姿に兄の面影を見たホリーは、そのときから彼を兄の《フレッド》という名で呼び始める。ポールも、自由気ままな彼女の振る舞いに困惑しながら、次第に心惹かれていった。
 ある日、突然に訪ねてきた2Eが、何者かにあとを尾けられている、と言い出す。ポールが出方を窺うために外出したふりをすると、その探偵らしき男は公園で彼に接近してきた。そこでポールが聞かされたのは、2Eについての話ではなく、ホリーのもう一つの顔だった――


TOHOシネマズ日本橋、スクリーン5入口に掲示された『ティファニーで朝食を』解説記事。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン5入口に掲示された『ティファニーで朝食を』解説記事。


[感想]
 題名だけは知っている、というひとは相当多いのではなかろうか。なにせティファニーは貴金属のブランドであって、食事を摂る場所ではなかった――原作、そして本篇の人気に後押しされるかたちで、のちにダイニングスペースが設けられる、という展開に至ったそうだが、少なくとも映画撮影当時には食べるところは存在せず、原作にすらなかったそのシーンを、オードリー・ヘップバーン演じるホリーが、まだオープンしていない店の前で、ショーウィンドウを眺めながらクロワッサンをかじる、という格好で織り込んでいる。劇中でその行為の意味について言及はしていないので、タイトルにあやかっただけの場面とも受け取れるが、しかしその実、本篇中で描かれるホリーの空虚な華やかさを象徴するようでもある。たぶん、だからこそ印象が強いのだろう。
 表面だけなぞれば、本篇で描かれるのは多くのひとが憧れる、華やかなるニューヨークの生活そのものだ。華美な衣装で街を練り歩き、ときどき大勢の人間を招いてホーム・パーティを催す。知り合いの知り合いまで寄ってくるパーティは初対面の人間も多いが、そこにショウ・ビジネスや政財界の大物が現れれば人脈になっていく。劇中の視点人物であるポールもまた、裕福なマダムの若い愛人として、作家としての収入を得ずとも生活できる立場だ。上階の芸術家との揉め事、といった構図も華やかな生活の一側面として、羨ましく見てしまうひともいるはずだ。
 だがその実、ホリーもポールも、はじめからその印象はやけに空虚だ。ポールは、もともと作家として世に出ながらも、新作を書くことが出来ない。愛人として不自由のない暮らしはしているが、自分で獲得したものではない、という自覚故なのか、居心地の悪さが滲んでいる。一方のホリーは、どうやら望んでいまの生活に飛び込んでいったのは中盤で明らかになる事実からも窺えるが、表面的な振る舞いには“実”が感じられない。必死に華やかさを装い、そうすることでしか得られないニューヨーク・ライフに縋り付いている。
 まがりなりにも“作家”としての能力があったポールは、ホリーと巡り逢うことでいまの生活の空疎に気づき、本来あるべき姿を取り戻していくが、ホリーの場合、具体的な技術があったわけでもなく、そしてニューヨークでの暮らしに明確な目標を設定していたわけでもない。もともとそれがあるべき姿だった、と信じる彼女は、ポールと距離が出来てもその姿を繕い続ける。
 こんな風に記すと少々高尚に感じるかも知れないが、本篇のトーンはあくまでロマンチック・コメディで、ホリーとポールの交流、パーティの乱痴気騒ぎや上階に暮らすユニヨシとのいざこざ、そしてホリーの運命を変える終盤の出来事さえもコミカルに描かれる。クライマックスこそ湿っぽいが、映像の雰囲気、演出のテンポは雰囲気はあくまでもファッショナブルだ。
 しかし、そうして華麗に装えば装うほどに、本質の虚ろさは明瞭になっていく。ホリーの心情に寄り添って鑑賞すると、そこに滲む悲愴感や焦りが垣間見えるはずだ。だからこそ、突如としてよすがを失うクライマックスがあまりにも切なく、そしてすべてが昇華されるラストが美しい。
 ただこの作品、いま鑑賞すると、随所で危うさを感じずにいられない。まず目につくのは、あまりにも当時のステレオタイプで滑稽に描かれた日本人像だ。《ユニヨシ》という、日本人でもどんな字を当てるのか解らない名前や、あり得ないところに吊された提灯などからも、作り手が日本人や日本文化に精通していないことは明白なので、腹を立てる気にもならない日本人もたぶん多いだろうが、差別や偏見に敏感となった昨今の眼で眺めるとやはり引っかかる。日本で言う百円ショップのような店で万引きする様子も、ティファニーでかなり乱暴な頼み事をするくだりも少々目に余る――後者については、ティファニーがどんな購買層の要求にも応えることをポリシーとして掲げていることから、必ずしも矛盾していないようだが、前者についてはたとえいくらの商品だろうと窃盗なので、如何にスリルを味わうため、とはいえ身勝手に感じる。個人的にいちばん心がざわついたのはクライマックスでの猫の扱いだ。その後のドラマにも繋がっているとは言い条、そこまでの無神経な振る舞いとも相俟って、観ていて必要以上の苛立ちを覚えてしまう。もはや、当時の作品についての知識、「そういう時代の作品だったのだ」という割り切りがなければ、冷静に鑑賞するのはもう難しい。
 ただ、往年のニューヨークの華やかさを意識的に、丁寧に紡ぎあげているからこそ、その殻が剥けた向こうに覗く本当の姿が感動を呼ぶ、その構造自体は色褪せていない。絵になりすぎるほどに完成されたオードリーのヴィジュアル、彼女が一貫して放つ浮世離れした雰囲気も、本篇が求めるホリー像を完璧に体現していて、だからこそ愛おしく、クライマックスの儚さ、可憐さが際立つ。絶妙な配役と完璧な衣裳に舞台、そして丁寧に紡ぎあげられたコミカルさがあればこそ、本篇はラストで忘れがたいロマンスに結実しているのだ。
 原作者のトルーマン・カポーティはこの映画にそうとう不満があった、と言われる。映画としての脚色もさりながら、ホリー役にマリリン・モンローを提案していた、というなら、イメージのまるで異なるオードリーの起用に納得がいかないのも当然だろう――もっとも、本篇が製作された時点でマリリン・モンローはセックスシンボルからの脱却を志して演技の勉強を済ませ、既に『お熱いのがお好き』で実績を残しているのだから、イメージのみで提案したのだとしたら軽率だったように思う。マリリンが演じたホリー、というのも、ちょっと観てみたかった気はするが、原作者本人や原作に思い入れの乏しい者なら、本篇を観たあとで別の配役は想像出来ないはずだ。
 時代に対する理解が必要ではあるものの、そこでかたちにしようとした主題自体は決して古くなっていない――むしろ、コミュニケーションが希薄になり、都市というもののヴィジョンが均一になりがちないまだからこそ、尚更に響くものがあるのではなかろうか。


関連作品:
シティヒート
昼下りの情事』/『オズの魔法使』/『サイコ(1960)
カポーティ』/『ローマの休日』/『ザ・エージェント』/『オーシャンズ11』/『マイノリティ・リポート』/『バッド・エデュケーション』/『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』/『ラブリーボーン』/『シモーヌ』/『お熱いのがお好き

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